不当に9年6カ月の重刑 付ショウ翠さんが刑務所に拘禁
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 【明慧日本2023年9月17日】黒竜江省海林市の法輪功学習者・付ショウ翠さん(54歳女性)は2022年、不当に懲役9年6カ月の重刑を受けた。健康の問題により居住監視となっていたが、付さんは先日、黒竜江省女子刑務所に送り込まれた。

 付さんは海林市中医病院の看護師長だった。中国共産党当局が法輪功への迫害を開始して24年間、付さんは「真・善・忍」の信念を堅持し続けたため、2度も不当判決を下された。

 以下、付さんと家族が受けた迫害事実の一部である。

 一家4人が不当判決を受ける

 付さんと父親・付英鐸、母親・湯玉華さん、弟・付鵬翀さんの一家4人は法輪功を学んでいる。幸せに暮らしていた一家は1999年7月以後、当局に迫害を加えられた。

 1999年7.20、中共は法輪功への残酷な迫害を開始した。そのため、付さんは北京へ行き、法輪功の素晴らしさを政府部門に訴えたが、看護師長を解任された。

 同年9月、付さん一家4人は地元の第二派出所の警官に連行された。派出所の所長は付さんの母親の髪の毛を掴んで頭を壁にぶつけた。付さんはそれを見て、阻止したが、所長に髪の毛を掴まれて、ドアに投げ飛ばされた。一家4人はともに留置場に拘禁された。

 2002年1月25日、付さん一家の4人が海林市公安局の国内安全保衛部門(以下、国保)の警官に連行され、付さんと弟は「上縄」という残忍な拷問を受けた(以下イメージ図参照)。留置場で付さんと他の法輪功学習者は迫害に抗議するため断食を行ったが、刑務官は受刑者に命じて付さんたちに暴力的に灌食をさせた。付さんは従わなかったため、2人の受刑者に無理やり椅子に押し付けられ、器具を使って口を開けられ、大量の塩を加えた半熟のコーンミールペーストを無理やり口に流し込まれた。そのため、付さんの全身はコーンミールペーストだらけになった。その全過程は国保の警官の監視の下で行われ、警官が写真を撮っていた。

中共酷刑示意图:“上绳”

拷問のイメージ図:「上縄」

 付さんは留置場に拘禁されている間、公務員を解雇された。

 2002年9月、付さんの父親と弟は、裁判所からそれぞれ3年と5年の実刑を言い渡され、牡丹江刑務所に送られた。2003年9月、付さんと母親はともに、裁判所から懲役3年の判決を宣告され、ハルビン女子刑務所に収容された。

 刑務所に送る前に、留置場側は親子に刑務所の入所費用を徴収するという前代未聞の要求をした。付さんに拒否されたため、留置場の副所長は報復として親子の荷物や衣類をすべて車外に放り出した。親子は着替えや日用品すらないままハルビン女子刑務所に送られた。

 刑務所で付さんはさまざまな体罰を受けた。ある日、付さんは迫害に抗議するために囚人服の着用をh拒否したが、大隊長の指示を受けた刑務官らにトイレに連れられ、トイレの手すりに手錠をかけられた。そして、受刑者らに殴打され、胸を叩かれ、膝を踏みつけられ、髪の毛を掴んでヒーターにぶつけられるなどの暴行を受けた。

 繰り返し迫害を受け父親が他界

 2005年1月、付さんと両親は刑期を終え、刑務所から帰宅した。

 2005年12月25日、付さんは再び牡丹江鉄道派出所の警官に連行された。5日後、牡丹江公安処は付さんの健康状態が悪かったため、5000元を強請り取って、付さんを帰宅させた。牡丹江公安処の警官はその後、何度も付さんの家に行き、嫌がらせをした。2006年のある日、買い物をしていたところ、付さんは再び牡丹江公安処の警官に連行され、公安病院に連れて行かれ、身体検査を受けた後、何の説明もなく家に帰された。

 2007年、付さんの弟が刑務所から釈放された。

 父親は刑務所で迫害を受けた末、帰宅しても健康状態が好転せず、それに娘も警官から連行・嫌がらせを受け続けていることに対して心配し、2007年5月22日にこの世を去った。

 父親が亡くなって3日目、付さんは海林市第二派出所の警官に連行され、牡丹江市鉄道留置場に送られた。その後、2年の労働教養処分を科された付さんは入所の身体検査が基準に満たないとして、牡丹江市鉄道留置場に戻された。2007年7月、刑務所外での執行を受け、帰宅した付さんは警官からの嫌がらせが絶えなかった。

 付さんと弟は再び判決を受ける

 2014年6月19日、付さんの弟は、海林市国保の警官に連行された後、海林市「610弁公室」の命令により、海林市裁判所から懲役3年6カ月の判決を言い渡され、黒竜江省の泰来刑務所に拘禁された。

 2021年6月10日、付さんは海林市国保の警官に連行された後、「保釈」により帰宅した。 2021年12月末、付さんは海林市裁判所から懲役9年6カ月の重刑と、罰金1万元を言い渡された。付さんは牡丹江中級裁判所に控訴した。

 今年6月5日、付さんは海林市国保の警官と裁判官によって牡丹江医科大学付属第二病院(公安病院。牡丹江留置場の看板あり)に連行された。7月1日、警官は付さんを牡丹江留置場に移送した。その後、また付さんを黒竜江省女子刑務所に送ったという。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2023/8/31/464770.html)
 
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