中国法会|危難の中で衆生を多く救う
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文/中国の大法弟子(本人が口述し同修が整理)

 【明慧日本2023年11月26日】

 慈悲深く偉大なる師父、こんにちは!

 同修のみなさん、こんにちは!

 私は1996年に法輪大法の修煉を始め、今年で63歳です。困難と苦難の中で、私はすでに27年を過ごしました。1999年、私は北京に行き、法輪大法のために正義の声を上げたことで、不当に15日間拘束されました。2008年、私は真相資料を配布したとして、3年間不当に投獄され迫害を受けました。出所後、私はさらに厳しい修煉環境に直面しました。

 一、困難と苦難の中での選択

 私たち家族は、かつて6人が法輪大法を修煉していました。姉が迫害で亡くなった後、4人の親戚が相次いで修煉を放棄しました。夫も私に暴力を振るい、ビール瓶で頭を殴り、家庭と法輪大法の修煉のどちらかを私に選ばせました。

 私は、嫌がらせを受け続けました。私の大法書籍と資料はどこにも置く場所がありませんでした。私の最も親しい親戚も、私の持ち物を受け入れてくれませんでした。娘と私は、2つの大きなリュックを背負って家を出ても、どこにも行く場所がありません。私は無一文で、放浪生活を送りたくても、誰もお金を貸してくれませんでした。外に出ても、涙が溢れ、周りに知人は誰もいませんでした。どうにもできないという感覚が、とてもはっきりと伝わってきました。しかし、当時の私は心の中に、ある種の力、ある種の声を感じていました。どんな人やどんなことでも、私の大法修煉の決意を揺るがすことは絶対にできません! 永遠に不可能です!

 私は毅然として家に戻り、心は穏やかでした。私は、当時の夫との会話の情景をだいたい覚えています。

 私は「それはあなた次第です。修煉を続けるために家にいるか、それとも、私が自分で部屋を借りて出ていくか、どちらかです」と言いました。夫は私を見つめて、ゆっくりと「誰もあなたに修煉させることはできないですね。あなたの両親はそれを許すことができますが、結局は私がやらないといけないので、残らなければならない!」と言いました。

 二、法を学んで謎を解く

 法輪大法を学び始めたばかりの頃、私は法を学ぶことにとても熱心でした。なぜなら、私の天目がしばしば師父によって開かれていたからでした。『轉法輪』のすべてのページが佛像に見えることがあり、その後、師父の法身が各次元で現れ、三層の現れをはっきりと見ることができました。また、天国の梯も見えました。そして『轉法輪』の「憑き物」の一節を読んだ時、別の空間で爆発が起こったのを見ました。当時は、私は一日で少なくとも『轉法輪』を3講学び、毎日さまざまなすばらしい光景の現れがありました。当時は、執着はありませんでしたが、とても幸せで、学法する時も幸せでした。後でわかったことですが、すばらしい光景が現れたのは師父が私を押し上げてくださったのでした。

 冤罪による迫害から解放されて戻ってきた後、長い間法を学んでいなかったため、法理が明らかに理解できなくなっていました。私は学法への渇望がますます強くなり、ほとんどすべての精力を学法に費やしました。私は『轉法輪』を繰り返し学んだだけでなく、師父の各地での説法もたくさん学びました。

 師父は「修煉の中で魔難に遭ったら、自分自身を修め、自分自身を見るべきです。これは旧勢力が按排した魔難を認め、それらが按排した魔難の中でいかに良く行うかのことではなく、こういうことではありません。私たちは旧勢力そのものが現れたこと、それらが按排した全てまで否定しており、旧勢力の存在自体を認めていないのです。私たちは根本から旧勢力の全てを否定しています。旧勢力を否定し排除する中で皆さんが行った全てこそ、威徳あるものです。それらが作った魔難の中で修煉するのではなく、それらを認めない中で自らの道を正しく歩むのであって、旧勢力そのものを取り除くことで生じた魔難の現れさえ認めないのです。この角度から見れば、私たちが直面しているのは旧勢力を全般的に否定するということです。旧勢力の瀕死のあがきを私と大法弟子はまったく認めないのです」(『各地での説法四』「二〇〇四年シカゴ法会での説法」)と説かれました。

 迫害は旧勢力の按排であり、旧勢力は自滅しながら、大法弟子と衆生を滅ぼそうとしていることが私にはわかりました。法を正す時期の大法弟子は、世の中で師が法を正すことを手伝い、大法を守り、大法を実証しています。私たちはただ、宇宙の正の生命のために責任を負い、衆生を救い済度します。私の使命は、師父が要求されている事に円融することであり、旧勢力とはまったく関係がありません。

 大量に法を勉強するに伴い、大法は私を新しい境地に導いてくださいました。私の身心は劇的な変化を遂げ、修煉に対する認識も次第に明確になってきました。個人修煉から法を正す時期の大法弟子の修煉へと変化し、誓約を果たし、使命を果たし、天国の衆生を連れて帰らなければなりません。

 三、真相を伝え人を救うことを怠らない

 極めて特殊な状況を除いて、一年中、私はほぼ毎日出かけて真相を伝え、人を救っています。厳寒酷暑、風雨にかかわらず、年末年始も怠らず、家族と少し集まった後、引き続き人を救うために出かけています。3年間の中共ウイルス(武漢肺炎)の封鎖期間中も、私は1日も影響を受けず、毎日出かけました。PCR検査やワクチン接種の時も、誰も私を訪ねて来ませんでした。

 私は毎日、印刷した真相資料を持って、電動自転車に乗って出かけました。人とすれ違うと、まず祝福の言葉(訳注:相手の祝福を願う言葉)をかけ、資料を渡して、真相を伝えます。その後「法輪大法はすばらしい、真・善・忍はすばらしい」という心からの九文字を忘れないようにと、伝えています。

 ある日、私は60代くらいの男性に出会いました。私は近づいて「こんにちは! あなたに、真相資料の「幸福を天から賜る」をお送りします。真相を知れば、福報が得られます!」と言って、真相資料を手渡しました。男性は「あなたは私が何をしているのか知っていますか? これが私の仕事です! あなたは法輪功ですか? 私はあなたたちを捕まえためにここにいます。マスクと帽子を取って、あなたを認識します。この辺の人は、大体知っているから、それと、何歳か教えてくれ」と言いました。私は「お兄さん、今は天災や人災が絶えませんが、淘汰されるのはどんな人だと思いますか? それは真相を知らない人です! 中国共産党(以下、中共)による法輪功への迫害は、さまざまな災難を招いています。真相を理解することが必要です。それによってこそ、はじめて生き残ることができます!」と言いました。

 そこで、私はその男性に「天安門焼身自殺」のでっち上げ事件の真相を説明し、無神論の中共が人を破壊していること、法輪大法が人を救っていることについて話しました。私はその男性に「災難に直面したときは、さほど問題ではありませんが、命を救うことが最も重要なのです!」と言いました。私はもう一度「あなたは共産党員ですか? 早く脱退してください。私が仮名で脱退の手続きをします。それが最も重要です」と言いました。その男性がどんなに怒っても、私は笑顔で話しました。最終的にその男性は私の話を聞いて、中共の組織から脱退することに同意しました。

 ある日、1人の老人に出会ったので、私はその老人に「おじいさん、世の中に人は星の数ほどいるのに、私たちが出会えたのは偶然ではありません。この資料に書かれている『幸福を天から賜る』は、誰にでも与えられるものではありません。これは、神様からの恩恵なのです。あなたは幸運です」と声をかけました。私は「明慧週報」の第938号と「幸福を天から賜る」の真相定期刊行物を渡し、師父が衆生に向けて書かれた経文『なぜ人類が存在するのか』について簡単に紹介しました。老人は、私の話を聞いた後、とても感動し、私に何度も合掌し「昔は、人々は神を信じ、神に祈り、さらにお寺に行ってお香をあげ、頭を下げました。今、あなたは私に会って、これらのことを伝えてくれました。ありがとう、ありがとう! あなたは本当に神だ!」と言いました。

 時々、中国共産党の邪悪な文化に深く害された人に出会いますが、彼らは、気が短く、言葉が荒く、口を開けば「出て行け」「遠くに行け」と言いました。私は怒ることなく、笑顔で真相をはっきりと伝えました。最後にはお礼を言いながら立ち去りました。

 以前真相を聞いたことがある人が私に「中共はいつ終わるのだろうか? 庶民の暮らしはますます困難になっている!」と尋ねました。私は「まさに、あなたのような善良な人が最後まで残れるように、私たちは急いで真相を伝えているのです!」と言いました。

 真相を伝える時、私は複雑な言葉をあまり使いません。しかし、私の言葉はすべて、心からの言葉です。私のよく使う言葉は「天の大きな祝福をあなたに送ります。善い人は劫難と関係ありません」です。真相を伝える過程で、私の慈悲心と心の容量も拡大し、考え方はますます純粋になってきました。私は心の中で思ったのですが、衆生は皆、生死の危機に瀕しており、大法弟子は、師父の教えに従い、真相を伝えて衆生を救わなければなりません。そして、一日も怠ってはなりません。

 同修が私に「真相を伝える中で、感動的なことや、忘れられないこと、または特別な経験はありますか?」と言われ、私は、数年前はありましたが、今ほとんどないことに気づきました。今では、基本的に誰にでも真相を伝え、伝えれば相手は三退します。時には、ほんの少し話しただけで、相手は三退してくれました。また、多くの人が自ら真相資料を求めてきます。毎回の真相を伝える過程は、とても貴重なものでしたが、振り返ると、とても平凡なものに感じられます。

 小さなノートに記された三退の人数を見ると、私はいつも心が焦りました。三退する機会が、あとどれだけ残っているのか、わからなかったからです。同時に、ノートに記された三退の人数はすべて師父の法を正す進展がこの段階に至ったということであり、すべて師父の按排であり、大法の力であることを私は深く理解しています。衆生が救われることは福であり、大法弟子が人を救うことも福であり、すべては師父が衆生に恩恵を与えてくださっているということです。私は毎日、帰宅したら必ず、師父が弟子に与えてくださったご加護に、心から感謝申し上げています。

 真相を伝え、三退を勧める活動を始めてから今まで、私は人数を数えたことはありません。以前は、自分に執着があるのではないかと恐れていましたが、後になって、私がどれだけ多くの人を救ったとしても、それは少なすぎて、師父の希望や衆生の期待に大きく及ばないと感じました。私にできることは、自分自身がしっかり修煉することと、より多くの衆生を救うことであり、それ以外のことは考えていません。

 四、師と法を信じて難関を突破する

 今年4月のある日、私は同修と一緒に真相を伝えに行きました。電動自転車で横断歩道を渡っていた時、車を避けようとして、慌ててしまい転倒しました。私は地面に激しく叩きつけられ、電動自転車が私にのしかかりました。その時、腰に激しい痛みを感じ、少しためらいました。数年前に足をひどく捻挫した経験を思い出したのです。しかし、私はすぐに「私は大法弟子です。私は大丈夫!」と考えました。その時、私は地面に座って動けなくなってしまっていたので、同修が私をタクシーに乗せて家に送ってくれました。私はベッドに寝かせられると、もう起き上がれなくなり、一切動くこともできず、息をするのも苦しく、少しでも動く度に涙と汗が出てきました。私は丸2日間寝たきりで、排泄も自分でできませんでした。娘と娘の夫が私のことをとても心配し「病院に行って診てもらおう、レントゲンも撮ってもらいましょう」と言いました。同修も、心配そうに「紙おむつをしてあげたらどうですか? そうすれば動くとき痛みがかなり軽減されますよ」と言いました。

 その時、私は頭の中にまったくマイナス思考はありませんでした。本当に、まったくありませんでした。ただ、痛みに対する忍耐力が限界に達していると感じていました。娘と娘の夫が何を言っても、私はまったく動揺しませんでした。ただ、心の中で師父に助けを求め、正念を加持していただくことだけを考えていました。

 3日目、私の正念は強くなりました。私は「何をしているんだろう? 衆生は救われたいと切望しているのに、どうしてここに横たわっていられるのか? 私は使命があるので全うしなけれなりません、立ち上がりなさい」と自分に言いかけました。私はベッドから起き上がろうとしましたが、起き上がっては倒れ、起き上がっては倒れ、衣服は汗でびしょ濡れになりました。同修が私の汗を拭いてくれ、娘が私に「できる?」と尋ねたので、私は「はい、私は常人ではありません。私は大法弟子です」と言いました。誰にも助けを借りず、自分で這い上がり、這い上がるのに1時間以上かかりました。三度目の正直で、私はついに起き上がりました。娘は親指を立てて「大法は本当に不思議です! お母さん、すごい!」と言いました。4日目、私は真相資料を持って人を救いに行きました。

 この出来事から2週間が経ったある日、私が電動自転車で走っていると、後ろから来た同修の大型の電動スクーターにぶつけられました。この衝撃はかなり強く、私は吹き飛ばされました。当時、道端に立っていたおじいさんは、びっくりして動けなくなっていました。今回、私の念は非常に正しく、その時に思ったことは「私は同修を責めません。人を救うことを遅らせるわけにはいきません」でした。すると、私は体全体がふわふわとして、まるで綿の塊であるかのように地面に落ちました。私はとても軽々と立ち上がり、そのおじいさんの前に行き、真相を伝え、真相資料を渡しました。その後、私はまた人を救いに行きました。

 この二つの経験から、私は「修煉の中で起こるさまざまな状況は、内に向けて探すだけでなく、重要なのは、私たちの修煉の成熟した一面が、どう対処し、どう考え、どうすれば良いのかを自然に分かる」ということを悟りました。どんな問題に直面しても、前向きに考えさえすれば、それはすべてよいことです。私たちが師と法を100%信頼し、少しも疑わなければ、師父は私たちのそばにおられ、弟子はどのような関門も乗り越えることができます。

 五、法に溶け込んだ素晴らしい状態

 現在、私は学法をしていると、しばしば法に溶け込み、法に同化したすばらしい状態に置かれます。まるで自分の全生命が法に溶け込んだかのようであり、師父の法を正す進展が絶えず推進されているのを感じることができます。私は自分が何をすべきかが分かっており、一層一層の法理が絶えず明らかになります。

 私の生活はとてもシンプルです。住まいも、食事もシンプルで、服装もシンプルです。家事の時間も大幅に節約しています。私は一人暮らしで、子供たちの修煉を支持してくれるので、基本的には自分の時間を管理できます。私の現在の時間の使い方は、以下の通りです。午前3時に起床し、2時間30分かけて五式の功法煉功し、家事をしながら『洪吟』を暗唱します。午前8時に同修が来ると、小グループで学法を行います。午後は真相を伝えに出かけます。夕方に帰宅し、食事をします。その後、明慧ネットにアクセスして交流文章を読み、真相資料を印刷し、続いて法を暗唱し、師父の各地での説法を学び、夜10時以降に就寝します。

 私は毎日、学法に少なくとも8時間以上を費やし、少なくとも6回の正念を発します。常に自分の大脳を大法で満たすようにし、トラブルが起きた時には常に前向きな考を持つように心がけます。徐々に、私はどのような執着をもっているのか、どのような執着を毎日取り除くべきかを発見するという状態に限定されなくなったと感じ、修煉は選択であり、法の基準をもって選択するものだと感じました。どんな状況でも、法の中ではどのように説かれていたかということがすぐに脳裏に浮かび上がり、法に符合しない念はすぐに消し去り、大法に同化するようにしました。

 私は毎日、心性の向上を感じることができます。修煉は以前よりも簡単で、軽やかになり、これまでにないほどの美しさと喜びを体験しました! 私は自分の幸運と幸福を、言葉で表すことができません! 偉大な師父への感謝の気持ちを、言葉で表すことはできません! 師父の慈悲なる済度に感謝申し上げます!

 私の交流に適当でないところがあれば、訂正をお願いします。

 (編集責任者:斉昕宇)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2023/11/11/467800.html)
 
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