5,000人以上の法輪功学習者が中共に迫害され死亡(二)
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 【明慧日本2023年12月7日】(前文に続く)

 2、致死された学習者の一部の実例

 ◎甘粛省蘭州市の趙旭東さん 留置場で迫害され死亡

 趙旭東さん(34歳男性)は蘭州化学工業会社の職員。2003年12月7日、趙さんは母親の白金玉さんや、他の学習者と一緒に法輪功の勉強会をしていた時、蘭州市国家安全局の裴懐偉ら十数人の警官により不当に連行された。警官らは趙さんの両手を暖房設備のパイプに手錠をかけ、脅迫などの残酷な手段を用いて、高圧電気棒で電気ショックを与えて自白を強いた。拷問を受けた趙さんは胸が張り裂けるような叫び声を上げた。隣の部屋に拘束されていた母親は、近かったのに息子を助けることもできず、警官による息子への拷問は一昼夜続いた。8日早朝、精神に異常をきたした白さんはビルから飛び降り、右足と足首の骨が砕け、腰椎二カ所を骨折した。

 2003年12月10日、趙さんは蘭州市第二留置場に送られた。警官は受刑者らにほぼ毎日、趙さんを殴る指示を出していた。受刑者らはレンガにセーターを巻き、趙さんの頭に袋をかぶせて趙さんの身体に乗って殴った。殴る音と趙さんの悲鳴が響き渡り、皆に聞こえた。趙さんは警官の指示に従わないため、死ぬまで残酷な拷問を受けた。

 その夜の7時頃、警官らが拷問で死亡した趙さんの遺体を労働教養所の病院に運んだが、心電図には何も示されなかった。当直の医師は死亡診断書に次のように書いた。「頭部には損傷がなく、外耳道、鼻腔、胃腸内に血液や異常な分泌物はなし。口、手足は無傷で、皮膚は打撲傷や斑状出血もなく無傷。死因:悪循環による呼吸不全」

 2004年2月8日、遺体安置所で趙さんの友人、職場の上司、同僚、家族、警官、医療スタッフが目にしたのは、趙さんが七つの穴から出血し、耳と鼻は綿球で詰められ、口には血の塊があった。手、首、足首には非常に深い手錠の傷跡があり、背中全体は青紫色で、こめかみには明らかな傷跡があった。つやつやの黒髪も50日で輝きを失い、三分の二の髪が白くなり、80キロの体重は骨と皮ばかりになった。

 蘭州市公安局の高圧の下で、趙さんの遺体は強制的に火葬された。

 ◎湖南省湘潭県の劉立炎さん 留置場で拷問を受けて死亡

 劉立炎さん(63歳男性)は2013年9月2日、学習者の魯孟君さんと一緒に法輪功の資料を配布していた際に、警官に連行されて湘潭県拘置所に15日間拘束された後、相前後して湘潭県留置場と湘潭市留置場に移送された。劉さんの家族が情報を知った時、劉さんはすでに懲役3年6カ月の実刑判決を受けていた。

 2014年6月13日の早朝、劉さんの家族は地元の派出所から通知を受け取った。劉さんは朝(午前6時20分)に亡くなり、遺体は長沙市の第二付属病院に置かれているという内容だった。劉さんはガーゼに包まれ、頭だけが露出し、口にはガーゼが詰められていた。家族が解剖を強く要求したところ、法医学者は遺体のあちこちに打撲傷があり、脳にはうっ血があり、内臓にも損傷があったと言った。

 ◎江蘇省淮安市の張正剛さん 生きたまま火葬された

 江蘇省淮安市の学習者・張正剛さん(36歳男性)は2000年3月2日、連行され意識を失うまで殴られ、緊急治療のために病院に送られた。30日、まだ息のある張さんは警察に強制的に火葬場に送られた。

 2000年3月2日から25日まで、張さんは淮安留置場に拘束されていた。3月25日の朝、ひどい暴行を受けた張さんは、頭部に重傷を負ったため、淮安第一人民医院に運ばれ緊急措置を受けたが、それ以来昏睡状態が続いていた。

 2000年3月25日、情報を知った張さんの妻と母親は病院に駆けつけたが、親族は医療計画、医療記録、薬の使用状況の全容を知ることを許されず、病棟全体が公安職員によって監視されていた。3月30日の夕方6時半頃、医師が心電図検査を行ったところ、張さんの心拍は弱く呼吸していることが判明した。その時、突然40~50人の公安人員が到着し、病院の廊下と病棟を封鎖し、張さんの妻と母親をだまして別室に入れ、隔離監視を行った。そして群がっている他の親族や病棟の人々を押しのけ、まだ心拍と呼吸のある張さんを連れ去り、火葬場に送った。警察はまた、張さんの親族や友人が哀悼の意を表したり、花を贈ったり、訴えたりすることを禁止した。

 ◎楊桂真さん 山東省諸城市留置場で拷問を受けて死亡

 山東省諸城市城関鎮の楊桂真さん(40歳女性)は2000年9月、法輪功の資料を配布したとして諸城留置場に拘束された。9月14日、楊さんは邪教信者(訳注:中国の法律では法輪功を邪教とは言っておらず、江沢民による誹謗中傷である)で、書類への署名を拒否したとして尋問を受けた際、激しく殴られた。暴行の後、楊さんは鉄の椅子に手錠で4日間縛り付けられ、その間、飲食やトイレは許されなかった。楊さんは17日、トイレに行く際に歩くことができない瀕死状態となり、意識を失った。留置場の職員が楊さんのツボをつまんで蘇生させたため、楊さんは意識を取り戻したが、再び鉄の椅子に縛り付けられ、間もなく楊さんは死亡した。

 悲劇発生後、公安局は直ちに情報を遮断し、楊さんが住んでいた村と楊さんの親族を厳重に監視し、楊さんの事件について調べようとする学習者を拘束した。

 ◎北京市密雲区の文木蘭さん  留置場で迫害され死亡

 北京市密雲区の文木蘭さん(70歳女性)は、法輪功を学んでいるとの理由で2回の労働教養処分を科され、計4年6カ月間拘禁された。

 2017年10月14日、文さんは大城子鎮で法輪功の文言が書かれているカレンダーを配布した時、地元派出所の警官に連行され、区の留置場に拘禁された。文さんは断食をして迫害に抗議した。その後、全身が腫れて黒くなり重体に陥った。文さんの症状から推察すれば、中毒だと思われる。

 留置場側は責任逃れのため、文さんを家に送ろうとしたが、文さんの夫は、当局に脅迫されて受け入れを拒否した。ほかの学習者が文さんを自分の家に迎え入れたが、文さんは2018年2月27日午前10時30分に死亡した。 

 (2) 洗脳班で迫害され死亡

 1、洗脳班で迫害された死亡状況の分類

洗脳班で迫害され死亡した学習者の状況分類
省、直轄市、自治区 洗脳班 総計
拷問 毒針、毒薬
分類 刑務所  
安徽 7 0 1 8
北京 11 3 1 15
甘粛 3 1 0 4
広東 12 5 2 19
広西 3 0 0 3
貴州 3 1 0 4
海南 1 0 0 1
河北 31 8 2 41
河南 5 0 0 5
湖北 27 4 7 38
湖南 6 3 3 12
黒龍江 12 1 0 13
江蘇 9 2 0 11
江西 3 0 0 3
吉林 10 0 3 13
遼寧 14 4 0 18
内モンゴル 1 0 0 1
青海 1 0 0 1
山東 35 8 0 43
山西 3 2 0 5
陝西 5 1 0 6
上海 1 1 0 2
四川 22 3 4 29
天津 0 1 0 1
新疆 0 1 0 1
雲南 1 0 1 2
浙江 2 0 0 2
重慶 4 4 0 8
  232 53 24 309
総計 309  

 2、致死された学習者の一部の実例

 ◎河北省唐山市の周玉芹さん 開平洗脳班で迫害され死亡

 唐山市の周玉芹さん(59歳女性)は2001年6月9日、警官に連行されて開平洗脳班に送られた。毎日饅頭3個と半分しか与えられず、おかずは一切なかった。肉体的にも精神的にも過酷な拷問を受けた周さんはますます衰弱し、7月20日には死の危機に瀕した。洗脳班は責任を取ることを恐れ、家族に周さんを家に連れ帰らせた。帰宅してからの40日間、家族はさまざまな治療を試したが、周さんは回復せず、2001年9月1日に死亡。

 ◎黒竜江省密山市の張紅さん 洗脳班の迫害により死亡

 張紅さん(26歳女性)は2000年6月28日、法輪功を学び続けたとして黒友派出所に連行され、その後密山市第一留置場に送られた。そこで50日以上拘禁されている間、張さんは女性医師に棒で頭を殴られ、何度も吐血した。家族が保釈金3000元を強要された後、張さんは帰宅したが、警官による嫌がらせは絶えなかった。

 2002年12月、警官らは再び張さんを連行し、密山転向センターの洗脳班に送り込んだ。張さんは拷問を受け、大量吐血をした。洗脳班は責任を取ることを恐れ、家族から3000元を強要し、4日後に張さんを解放した。張さんは帰宅後に容態が悪化し、2004年2月2日に死亡。

 ◎遼寧省満族自治県の蓋春林さん 洗脳班で拷問を受けて死亡

 遼寧省撫順市清原県の蓋春林さん(53歳男性)は2005年4月17日、撫順市公安一処、清原県公安局、南口前鎮派出所などの警官数人が自宅に押し入り、南口前派出所に連行した。その後、撫順公安一処に送られた蓋さんは、5日後に撫順羅台山荘洗脳班のいわゆる「関愛教育学校」 に移送された。そして5月6日、蓋さんが心臓病で死亡したと家族は知らされた。

 家族が駆けつけた時、蓋さんの遺体はすでに服を着ていた。蓋さんの弟は、「うちの兄は心臓病を患っていなかったのに、どうして突然心臓病で死亡したのですか」と聞いた。そのとき、蓋さんの顔にはやけどの痕がある上、歪んでいて変形しているのがはっきりと見え、家族の強い要求のもとで検死することが決まった。

 検死によると、蓋さんは食道以下がすべてやけどでただれていて、手でこすると内臓がはがれ落ち、心臓の下部が白っぽくなっていたという。この結果は、灌食で管を挿入され、湯を入れた時のやけどの痕だと思われる。

 ◎山東省安丘市の宿宝蘭さん 610弁公室洗脳班の迫害により死亡

 山東省安丘市の宿宝蘭さん(37歳女性)は、1999年に中共が法輪功への迫害を開始して以来、安丘市の警官と610弁公室の関係者により頻繁に脅迫され、金銭を要求され、不当に連行された。宿さんの夫は中共の巻き添え政策によって迫害され、当初は妻を支持していたが、次第に妻を恨んで激しく殴るようになった。

 2001年の春、宿さんは他の学習者と交流しているところを夫に通報され、やむを得ず家を離れて、半年ほど放浪生活を送った。10月中旬に宿さんが帰宅すると、夫は宿さんを安丘市610弁公室洗脳班に強制連行し、安丘市610弁公室洗脳班は洗脳費用として家族から1000元を強要した。

 十数日後(10月下旬)、宿さんの遺体は金家子郷三合村(安丘市から6キロ離れたところ)の川で地元住民に発見された。当時、遺体は川底から引き上げられ、村民はすぐに通報した。公安局の人員が写真を撮り、遺体を調べてから立ち去った。 宿さんの遺体は川辺に3日間放置されていたので、三合村の村民は見ていられず、身元不明死体として埋葬した。その後、情報を知った宿さんの家族が三合村に赴き、遺体を掘り出し、最終的に死者が宿さんであることを確認した。

 宿さんの遺体が発見されたとき、宿さんの父親と2番目の妹は労働教養所に不当に拘禁され、母親と末の妹は迫害を避けるために放浪生活をしていたため、実家の身内はみな知らなかった。

 ◎河南歌劇団の演奏者・劉植芳さん 龔家湾洗脳班で迫害され死亡

 甘粛省河南歌劇団の演奏者・劉植芳さん(48歳女性)は2000年7月31日、法輪功の無実を訴えるために北京に行ったが、連行され天津拘置所と蘭州拘置所に移送され、極度の重労働を強いられた。2001年、劉さんは蘭州市の龔家湾洗脳班に送られた後、洗脳班から脱出して、3カ月半かけて故郷の安徽まで歩いた。

 劉さんは2005年7月、再び連行され蘭州市の龔家湾洗脳班に送られた。劉さんは法輪功を放棄しないとして、独房に監禁され、後ろ手に手錠をかけられ、7月末に拷問により死亡した。

 (3) 刑務所で迫害され死亡

 1、刑務所で迫害された死亡状況の分類

刑務所で迫害され死亡した学習者の状況分類
省、直轄市、自治区 刑務所(刑務所に関連する病院) 総計
拷問 毒針、毒薬
刑務所  刑務所 
安徽 12 4 1 0 17
北京 10 6 0 0 16
福建 2 2 1 0 5
甘粛 14 6 0 0 20
広東 13 3 0 0 16
広西 2 3 0 0 5
貴州 9 5 2 0 16
河北 41 11 1 0 53
河南 32 9 2 0 43
湖北 21 8 1 0 30
湖南 19 13 2 0 34
黒龍江 81 57 0 0 138
江蘇 17 3 0 0 20
江西 4 4 1 0 9
吉林 38 44 1 0 83
遼寧 95 70 9 0 174
内モンゴル 7 9 0 0 16
寧夏 4 1 1 0 6
青海 1 2 0 0 3
山東 28 17 2 0 47
山西 5 11 0 0 16
陝西 5 6 0 0 11
上海 2 1 0 1 4
四川 39 30 5 1 75
天津 7 5 0 0 12
チベット 1 0 0 0 1
新疆 5 6 0 0 11
雲南 10 6 0 0 16
浙江 4 4 0 1 9
重慶 11 9 0 0 20
 小計 539 355 29 3 926
総計 926  

 刑務所での迫害による死亡者数が最も多い地域は、遼寧省174人、黒竜江省138人、吉林省83人、四川省75人、河北省53人、山東省47人、河南省43人、湖南省34人、湖北省30人、甘粛省20人、江蘇省20人である。

 (続く

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2023/11/30/468757.html)
 
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