【明彗日本2025年1月21日】(前文に続く)
6. ハルビン市の杜秀艶さんが不当に懲役9年を言い渡され拘禁
黒竜江省ハルビン市在住の法輪功学習者杜秀艶さん(59歳)は、2024年4月1日、自宅にいた。ハルビン市阿城区国内安全保衛部門(法輪功迫害の実行機関。以下、国保)の大隊長・石微、副大隊長・楊自横、孫伝鵬、および数人の警官によって住居に侵入され、連行された。同時にプリンター、コンピューターなどの私物を不当に押収された。その後、2024年6月中旬に阿城区裁判所によって不当に裁判をかけられ、懲役9年の判決を言い渡された。現在、黒竜江省女子刑務所に拘禁されている。
7. 真・善・忍を堅持し、善人を目指す天津市の60代・斉志銀さんは不当に懲役9年の判決を受ける
2024年2月4日、天津市の学習者である斉志銀さんは北京で警官に連行され、天津市武清区の留置所に不当に拘束された。その後、2024年7月に地元裁判所によって不当に懲役9年を言い渡されたことが確認された。
斉志銀さんは今年62歳で、天津市武清区上馬台鎮に在住しており法輪大法を修煉し始めたことで、真・善・忍の教えに従い善良な人間を目指し、心身ともに恩恵を受けてきた。しかし、迫害を避けるため5年以上も家を離れて生活をしていた。2024年2月4日、北京にある娘の家に滞在中、再び警官に連行された。8月上旬、彼が7月に不当に懲役9年の判決を受けたことが判明した。
8. 瀋陽市の84歳・趙鴻芝さんが拘禁される
趙鴻芝さん(女性)は、2024年1月6日、真相資料を配布するため外出したが、午後10時に息子が帰宅しても戻らなかった。その後、息子が調べた結果、彼女が和平区南湖派出所に不当に拘束されていることがわかった。息子が面会を求めたが、「現在は面会を許可しない」と拒否された。
1月10日の夜、検察庁から息子に電話があり、「趙鴻芝を造化刑務所に送致した」と通知された。その理由は、2021年に不当に懲役4年の判決を言い渡されたが、コロナ禍で刑務所送りが遅れたため、今回その判決を執行したというものだった。
9. 9年以上の冤罪を受けた北京市の趙秀環さんが再び連行される
2024年12月9日、北京市石景山区の法輪功修煉者である趙秀環さんは、法輪功迫害についての資料を配布している際、地元の警官に不当に連行された。
趙秀環さん |
趙秀環さんは69歳で、北京市石景山区香山南路に在宅で、中共が法輪功の迫害を開始して以降、彼女は9年以上も冤罪で拘禁され、長期間にわたり迫害を受けてきた。2002年9月20日、法輪功迫害の実態についての資料を作成し、真相を伝えたことで再び警官に連行され、2003年に北京市順義区裁判所によって不当に7年の判決を言い渡された。
北京女子刑務所では、暴行、体罰、睡眠剥奪などの酷い拷問を受けた。2004年1月11日の夜、彼女は刑務官の指揮の下、数人の受刑者によって拷問を受け、脚を強制的に「180度開脚」され、身体を左右に折り曲げられた。この拷問の結果、脚が青紫色に腫れ上がり、血尿や脚の障害が残った。
拷問実演 学習者の両足を強制的に180度に開く |
さらに、2020年11月21日には海淀区で再び不当に連行され、2023年2月21日にようやく釈放された。しかし、69歳の彼女は今回再び石景山区で連行され、現在の詳細は不明である。
2024年5月11日、遼寧省朝阳市の公安局は大規模な警官力を動員し、数十人の学習者とその家族を連行した。その中で、賀洪軍さん、付文輝さん、陳陡林さん、蘭清中さん、田鵬飛さんの5人が不当に双塔区裁判所に起訴された。迫害に関わった主な人物は、朝阳市公安局の副局長戴良芳、国保の史樹林、前進区公安分局の捜査の副隊長姜宗林、双塔区検察庁の公訴人白艶消麗、そして双塔区裁判所の主審判事耿紅岩などである。
田鵬飛さんは学習者の家族で、彼が営むパソコン修理の店は通常通り開店し、誰にでもサービスを提供していた。しかし、田鵬飛さんの両親の田国友さんと孫孝梅さんが法輪功を修煉しているため、警官は頻繁に家族に嫌がらせ、警告を繰り返していた。孫孝梅さんはそのため家を離れ、長年家族と別れて過ごしていた。
2024年5月11日朝、田鵬飛さんは5歳の息子を幼稚園に送ろうとしていた時、家を出た瞬間、数人の警官に囲まれ、手錠をかけられた。息子は非常に驚き、泣き叫びながら「お父さんを連れて行かないで!」と警官に頼んだ。その場面は非常に痛ましく、5歳の息子はそのまま警官にひざまずいて、警官に懇願した。田鵬飛さんも必死に頼み、警官はやっと彼に手錠をつけたまま息子を幼稚園に送ることを許可した。その時、幼稚園の先生や他の保護者たちが見ている前での出来事だった。息子は非常に怖がり、他の人々に「お父さんが警官に連れて行かれた」と言って回っていた。小さな彼は誰かが自分のお父さんを助けてくれることを切望していた。その日一日中5歳の子どもの心に深く刻まれることとなり、夜になるとその怖さが再び表れ、お父さんを探しては泣きながら叫んでいた。
その日、田鵬飛さんは前進公安分局に連行された。しばらくすると、彼の父親田国友も前進分局に連行されていることを知り、妻や妻の弟も同様に連行されていたことがわかった。息子は幼稚園で誰にも迎えに来てもらえず、心配していた。結局、警官は夜遅くになってから田鵬飛さんの父親、妻、そして妻の弟を家に帰した。しかし、外で暮らしている母親の孫孝梅さんの家は警官によって不法に家宅捜索しようとしたが、孫孝梅さんは外出していたため、捜索できなかった。
前進公安分局の捜査大隊副隊長姜宗林などは、学習者の賀洪军さん、付文輝さん、蘭青中さん、胡秀麗さんらと共に田鵬飛さんを双塔区裁判所に不正に起訴した。双塔区裁判所は2024年12月2日、18日、23日の3回にわたり、彼らに対して不当な裁判を行なった。
二、2024年中共による2864人の学習者への嫌がらせ
明慧ネットの報道によると、2024年に中共が2864人の学習者に対して嫌がらせを行ったことが確認されている。そのうち、河北省648人、山東省384人、四川省296人、遼寧省266人、黒竜江省213人、吉林省201人、湖北省140人となっている。河北省が最も迫害が激しく、嫌がらせを受けた人数は総数の22.6%を占めている。
迫害事例
1. 中共、上海で監視と顔認識システムを用いて学習者を迫害
毎年、上海で開催される「進博会」の期間中、中共は上海市内の学習者に対して迫害を強化した。2024年の進博会期間中、その迫害はさらに悪化した。2024年10月29日から、多くの学習者の住居が24時間監視され、外出すれば追跡され、リアルタイムで携帯電話で写真を撮り、ウィーチャットを使って街道や所轄の派出所の警官に報告された。
進博会期間中、普陀区長寿街道談家渡路の地域で、学習者の唐宝芝さん(70歳代)とその娘の陳瑶さん(50歳前後)は、24時間監視され、追跡された。その間、普陀区国保、公安、東新路派出所、談家渡路の警官が、唐宝芝と陳瑶の顔写真を上海市公安局に報告し、顔認識システムを使って監視した。監視システムが唐宝芝さんや陳瑶さんを認識すると、巡回警官の携帯電話に指令が送られ、連行するよう指示される。彼女たちは外出できず、監視カメラに映るとすぐに取り調べを受ける可能性があった。
陳瑶さんはもともと安定した高収入の仕事を持っていたが、中共の迫害によりその職を失った。進博会期間中、陳瑶さんは仕事の面接のために外出したが、監視されている中では何も起こらず、だが、突然静安区江寧路派出所の警官とすれ違い、連行された。
進博会終了後、唐宝芝さんが家の向かいで買い物をしていたところ、普陀区白玉路警官に道で停められ、身元確認のため派出所に連行された。唐宝芝さんと陳瑶さんは何度も拘禁され、現在は互留置所での迫害により大きなダメージを受けている。唐宝芝さんは進博会中の多くの恐怖と嫌がらせで、心拍数が異常に速くなり、体力が落ちる症状が起き、家族は心配している。
その他にも、多くの学習者が監視され、追跡されている。例えば、宝山区の徐妮霞さんん、閔行区馬橋鎮の劉順明さん、尤秀雲さんなどである。
2. 吉林省前郭県の劉影さん、冤罪の服役後に頻繁に嫌がらせと経済的迫害を受ける
吉林省前郭県の学習者劉影さんと彼女の姉、劉彦さんは5年前、自宅で地元警官に連行された。その後、2人はそれぞれ3年半、3年の不当な判決を受け、吉林省女子刑務所で迫害された。劉影さんは冤罪から解放された後も、警官からの嫌がらせを頻繁に受けている。
劉影さんは当時52歳の医師で、離婚しており、息子が1人いる。彼女は当時、真相を伝えるために命をかけて行動した学習者の劉海波さんの妹だ。2019年9月10日、劉影さんと彼女の三姉妹の劉彦さんは地元警官に連行され、劉影さんは不当に懲役3年半の実刑判決を受け、10,000元の罰金を科された。劉彦さんは不当に3年の刑を受け、同じく10,000元の罰金を課された。2人は2020年1月初めに吉林省女子刑務所に強制送致され、劉影さんは不正に公職から解雇された。
1995年法輪功が伝えられて5周年、長春南嶺体育館で開催した書画展に参加した劉さん |
2002年3月5日、学習者が真実を知らせようとして、長春テレビで法輪功迫害の実態を放送した後、劉影さんの兄である長春市の学習者劉海波医師は、3月11日夜に警官に連行され、数時間後に拷問で死亡した。警官は遺体を秘密裏に火葬し、その行為を何年も認めなかった。
3. 河北省邢台市学習者陳星伯さん、家を離れた後行方不明に
2024年11月28日の明慧ネットの報道によると、河北省邢台市の放送局退職後の編集主任である学習者の陳星伯さんは、年金を不正に奪われたことを訴えたため、邢台市の裁判所、社会保険センター、元の職場、派出所、信訪などから嫌がらせや脅迫を受け、家を離れたまま行方不明になっている。
2019年11月24日、陳星伯さんは家の前で邢台市信都区公安の国保警官に連行され、2020年9月10日には邢台市襄都区裁判所に不当に懲役3年の判決を言い渡された。冀東刑務所に送致され、その間に迫害を受け、視力をほとんど失った。2022年11月23日に冤罪から解放された後、彼は自分の年金や医療保険がすでに不正に剥奪されていたことを知った。元の職場も不当解雇された。
その後、陳星伯さんは(社会保険法)、(立法法)、(公務員法)、(労働法)、(憲法)などの法律を持参して元の職場や社会保険センターに説明に行ったが、邢台市社会保険事業サービスセンターの副主任である陳江旗は「あなたが言っていることは全て正しいが、それは無理です。どうしようもないです」と言い、「裁判所から言ってくれば、そのようにします」と言った。
陳星伯さんは邢台市経済開発区裁判所に行政訴訟を提起したが、裁判所は彼を故意に困難にし、さらに「法輪功の問題は重大な敏感な問題だから言うべきではない」と言って脅した。訴訟提起から1年以上経っても裁判所は起訴もせず、起訴しないことに関する決定も行わず、法律に明らかに違反している。その上、裁判所、社会保険センター、元の職場、派出所、陳情局などの部門は継続的に陳星伯さんに嫌がらせを行い、脅迫し続けた。これにより、陳星伯さんは家を離れることを余儀なくされ、現在も行方不明だ。
陳星伯さんは現在72歳で、退職後に法輪功を学び始めた。以前、彼は河北邢台人民テレビ放送局の主任編集者を務め、長年にわたり「河北省優秀報道員」の称号を受賞していた。多くの番組は全国的な優秀放送番組評価で一位、二位、三位を獲得し、1997年5月には邢台市の突出した貢献をした専門技術者として表彰された。
(続く)