【明慧日本2025年4月24日】黒龍江省宜春市在住の法輪功学習者・馮国清さん(59歳前後男性)は、法輪功を実践したため、2024年12月4日に不当連行されて以来、拘禁されている。馮さんは断食で迫害に抗議した。その後、強制的に灌食された。現在、馮さんは宜春市留置場に拘禁されている。法輪功(ファールンゴン)は世界の人々に親しまれる精神修養法であるが、1999年以来、中国共産党によって迫害されている。
事件の詳細
2024年12月4日に、馮さんは美溪警察の警官に不当に連行された。後に、警官らは馮さんの自宅を数回にわたって家宅捜索し、20万元を超える現金を押収した。
金林区警察と金林区610弁公室の責任者は、警官らに対し、馮さんを拷問によって尋問するよう命じた。馮さんは尋問に応じず、40日間以上にわたり断食を続けた。警官は馮さんを裸にし、ベッドに大の字に拘束し、強制的に灌食した。また、馮さんはベッドの上で排泄を強制された。馮さんは腎不全に陥った。拷問が現在も続いているかどうかは不明である。
過去に受けた迫害
1回目:2000年2月6日、馮さんは法輪功の実践の権利を求めて北京へ向かった時、所持していた現金345元(約6774円)は、警察官に押収された。馮さんは北京で2日間拘留された後、宜春に連行され、そこで15日間の拘留が3回連続で科され、合計45日間連続で拘留された。馮さんは3月中旬に釈放されたが、家族は警察から1,000元(約2万円)を脅し取られた。
2回目:同年の4月下旬に、馮さんは再び連行され、54日間拘禁された。毎日2食、非常に薄い餃子スープしか与えられず、無給で畑仕事をさせられていたにもかかわらず、拘置所は食費として500元(1日あたり約10元)の支払いを要求した。当時の馮さんの月給はわずか173.9元(約3414円)だった。
3回目: 2000年末、馮さんは洗脳班に27日間拘禁され、旧正月前夜に釈放された。
4回目: 2002年4月10日、3人の警官が派出所で馮さんを殴打した。彼らは馮さんに手錠をかけ、床を這わせた後、椅子を彼の上に置いた。警官が椅子に座っている間、他の警官たちは交代で何時間も塩ビのパイプで馮さんを殴打した。
拷問のイメージ図:殴打 |
夕方、警官がようやく拷問を止めた時、馮さんは呼吸困難に陥り、歩くこともできなくなっていた。警官らは馮さんをパトカーに引きずり込み、地元の留置場に連行した。3日後、警官たちは再び馮さんを部屋に引きずり込んだが、馮さんは依然として歩くことができなかった。警官らは馮さんの全身をつねり、耐え難いほどの激痛を与えた。その後、馮さんの両足を縛り、両腕を伸ばしたまま、12日間木製の十字架に拘束した。馮さんの両手は徐々に感覚を失い、警官は内容不明の薬物を注射した。
6月10日、警官が再び現場に到着した。彼らは馮さんをきつく縛り、そして縄を緩めた。彼らは縛る拷問を何度も繰り返し、そのたびに馮さんをさらにきつく縛り上げた。馮さんはその後1年間、手で何も掴むことができなかった。
馮さんは後に不当に懲役4年の判決を受け、2002年12月6日に香蘭刑務所に移送され、その後2003年1月14日に佳木斯刑務所に移送された。馮さんの母親は面会のたびに刑務官に脅迫され、精神的苦痛に耐えかねて1年後に亡くなった。馮さんは刑務所内で、強制摂食、電気ショック、殴打、睡眠剥奪、暴言などの拷問を継続的に受けた。
2006年に釈放されたとき、馮さんの妻は離婚を余儀なくされ、会社も馮さんを解雇した。