修煉できるか できないか
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2024年6月16日】私の現在の境地の中で、大法弟子は常人社会の中で修煉し、修めることができるかどうかは、私たちが日常生活の中で一つ一つの出来事にどのように対処するかという形で現れてきます。毎回の心性の摩擦、毎回の思考の触発、毎回の体の状況、それが自分自身に起こったか、周りの人々に起こったかに関係なく、それは私たちの修煉の機会で、正法の中で、私たちが真実を話して衆生を救う機会だと思います。

 毎日三つのことを積極的にやっていて、学法煉功発正念真相を伝えることをすべてやっていますが、自分はまだ修めることができないと感じている同修がいます、何かに遭うと、やはりどのように法の上で悟り、正念を持って対処すればいいのかまだ分かりません。

 同修の甲さんの夫(常人)は最近、顔色が悪く、いつも身体が冷たくて気分が悪いと言い、甲さんは夫のことで多くのエネルギーを費やしていました。ある日、甲さんはベッドに横になっている夫のために、牛乳をキッチンで温めながら、「大法弟子の家族も大法の実証に協力するために来たものですが、旧勢力は自身の按排で、正法や大法弟子の法の実証を妨害したいのではないか?」と考えました。「私たち大法弟子の出自は旧勢力よりも高く、生命構造はよりミクロであり、また師父は「7.20」以前に私たちを次元に進めてくださいました。本来なら私たちはより能力を持っているはずです、私は表面的な仮相に惑わされてはいけない」と考えました。

 この同修は牛乳をかき混ぜながら、「私の善念、正念をすべてこの牛乳に注ぎ、夫の生命のミクロにまで届け、衆生を目覚めさせ、救われるようにしたい」と思いました。この同修は鍋で温めた牛乳を夫に飲ませました。夫は飲んだ後、体がかなり楽になり、しばらくして、半袖と短パンでベッドルームから出てきました。翌朝、夫は病気の兆候がすべて消え去り、全快しました。

 甲さんはこの経験から、大法弟子は本当に能力を持っていると確信しました! それ以来、どんなことをしても、どんな小さなことでも、法とのつながりを忘れませんでした。しばらくすると、その正念はますます強くなり、法理もますますはっきり分かり、真実を語る力もますます大きくなり、効果もますます良くなりました。

 ある同修は迫害されて刑務所にいるとき、ある日、警察が皆に掃除をさせました。彼は静かに床を拭きながら、とても落ち着いて「普段は来られないが、ここに来たら、邪悪を根絶するチャンスだ」と思いました。この同修は床を拭きながら師父の法「法を乱す爛鬼を一掃するに、慈悲の心、淡きと説くなかれ」『洪吟二』「天又清し」)と思っていました。他の人は機械的に作業しているだけですが、この同修は見た目は作業をしていますが、心の中で法を思い、拭くたびに邪悪を滅していました。結局、他の空間の邪悪は耐えられず、この同修はすぐに刑務所から出ました。

 もし私たちが常に正念の状態を保つことができたら、誰が私たちを動かすことができるでしょうか。

 個人の少しの悟りですが、足りないところがあれば、同修からの慈悲なる指摘をお願いします。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2024/6/4/475718.html)
 
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