【明慧日本2024年10月4日】カナダ・ケベック州の一部の法輪功学習者(以下、学習者)は9月28日、モントリオールでパレードと集会を行い、4.3億以上の中国人が中国共産党(以下、中共)の組織から脱退したことを声援するとともに、中共の迫害を阻止するよう呼びかけた。パレードが伝えるメッセージは沿道の人々の心に響いた。喜んで中国人と一緒に祝いたいと言う人がいて、この平和的なアプローチは暴政に対する抗議の模範であり、「このような努力が続くことを願っています」と語った。
「三退」とも呼ばれる中国共産党、共産主義青年団、少年先鋒隊などの中共組織からの脱退声明を、全世界脱党支援センターのウェブサイトで出した中国人は、今日までに4億3650万人を超えた。
学習者は、今回の活動の目的は、「三退」の流れの勢いがもう阻むことのできないものだと人々に知ってもらい、より多くの中国人が中共の本質をはっきりと認識し、勇気を持って「三退」し、危険から遠ざかり、明るい未来を手に入れることだと述べた。
パレードはモントリオール市内のキャボット・スクエアからスタートし、賑やかなビジネス街のサン=カトリーヌ通り、有名な観光スポットである旧市街を通り、最終的にはプラスダルム広場に着いた。その後、集会と集団煉功が行われた。
彼女は、中共が権力を奪って以来、強権と嘘をもって国を支配し、中国人にその組織に加入させ、党のために死ぬまで奮闘し命まで捧げるよう要求してきたと述べ、2004年に発表された『共産党についての九つの論評』は、中共の邪悪な本質を明らかにし、中国人が中共を脱退する「三退」を引き起こしたという。
「天が中共を滅ぼすのは歴史の必然です。4億以上の中国人が賢明な選択をしたことを祝うと同時に、より多くの中国人が歴史の流れを読み取り、中共の崩壊が目の前にさしかかっているこの肝心な時期に、一刻も早く中共の組織から脱退し、自らのために明るい未来を選択することを切に願います。すべての善良な人々が『三退』し、身の安全を手に入れることができますように」
中国本土からの新移民:共産党は滅びる時期が来た
彼によると、1950年代の「公私共営 」の際、祖父の事業が奪われて国のものとなり、文化大革命のとき、父は家宅捜索を受け、一家の貴重な紫檀の家具や私財すべてが持ち去られ、その後、2,000元の補償金しかもらえなかったという。そして彼自身は、一生分の貯金をはたいて100万ほどのマイホームを購入したところ、開発前に市・区政府の認定を受けたプロジェクトが「違法建築」となってしまい、苦情申し立てが通らず、一生の貯蓄が水の泡のようになくなってしまった。
フランス人観光客:生体臓器収奪の罪悪を存在させてはならない
パレードがモントリオール市内のメインストリートであるヘネ・レビック通りを通過するとき、フランス人観光客のイーダさんと彼女の姪は、横断幕の一つ一つをじっくり見た。歩道で学習者と話した後、イーダさんは中共による生体臓器収奪の罪悪に直面して闘わなければならず、この罪悪を存在させてはならないと話した。
「強制的な生体臓器摘出を見て、とてもショックを受けました。臓器を盗むために人を殺すなんて、聞くだけでも苦痛を感じ、心が重くなります。フランスでもこのようなパレードがあればいいですね。すべての都市で(迫害の実態を)伝え、人々に説明してあげてほしいです。(中共によって)未だにお金で隠蔽されているこの犯罪は、公にされるべきであり、誰もがこの罪悪を制止すべきです。このような罪悪を前にして闘わなければならず、この罪悪を存在させてはなりません」
フランス人観光客のニコラスさんはプラスダルム広場でパレードを見たとき、「勇敢な中国人たちです!」と言い、「驚きです。これほど多くの中国人が中共に反対しパレードを行うとは思いもしませんでした。我々は遠く離れた西洋にいるものの、中共政府のやることなすことを知っています。この中国人たちが立ち上がって抗議し、中共の悪事を公にすることはとても勇敢な行為だと思います」と付け加えた。
モントリオールに住むジェイミーさんはパレードの平和的な雰囲気に魅了され、「他の団体と違って、彼らの(暴政に対抗する)アプローチは穏やかで礼儀正しく、私に畏敬の念を抱かせました」と語った。
4億以上の中国人が中共の組織から脱退したことを知った彼は、「共産主義は誰もがほしがらないものです。共産主義社会を経験した数多くの人、特に中国の人々は、共産主義が一体どのようなものなのかを知っています。共産主義は、殺戮をもたらすものです」と述べた。
アルジェリア出身のポール・アクチェさんはスタート地点からパレードを追いかけ、写真を撮っていた。彼は、中国の人々が中共から脱退し、(精神面の)自由を得たことを祝っているのを見て嬉しく思い、アルジェリア人としても一緒に祝いたいと述べた。彼はまた、この平和的なアプローチは暴政に対する抗議の模範であり、「このような努力が続くことを願っています」と語った。