シンガポール法会|幸運にも修煉の道に進む
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文/シンガポールの大法弟子

 【明慧日本2025年1月11日】

 尊敬する師父、こんにちは!

 同修の皆さん、こんにちは!

 数年前、偶然の機会に、一人の中国本土の大法弟子が私に法輪功のことを話してくれました。彼女は法輪功が「真・善・忍」に従って良い人になるよう教える大法であり、病気を治し健康を促進する驚くべき効果があることを、穏やかな語り口で説明してくれました。彼女の話しぶりはとても落ち着いており、表情も優しさに満ちていました。その顔からは、彼女がこれまで幾度も冤罪で投獄され、残虐な迫害を受けてきたことなど、とても想像できませんでした。

 この会話の内容は私に非常な衝撃を与えました。法輪功に対する誤った認識を完全に覆しました。そして、私は法輪功を学びたいという考えを持つようになり、彼女に功法を教えてほしいと頼みました。

 しかし、中国のあのような環境下で、それは非常に危険なことでした。その後の数年間、同修と接触することのない環境において、大法に対する理解が限られていたため、私は真剣に修煉することはありませんでした。ただ、健康な身体を追求するための最善の方法として捉えていただけでした。

 私は1960年代に生まれ、中国では「大躍進」や「人民公社」によって引き起こされた3年間の大飢饉が起きたばかりの時でした。母親によると、その頃はご飯も満足に食べられず、栄養補助食品はもちろん、肉や卵、牛乳は全くありませんでした。私は生まれた時、体重が1.9キロしかなく、それ以来、子どもの頃からずっと病気がちで、風邪をひくとすぐに寝込んでいました。3日おきに病院に入院し、注射や薬が日常になっていました。2019年には交通事故に遭い、左足の2カ所が骨折し、手術を受けた後、足の中に2本の金属板が入れられました。そのため、歩くのが不便になりました。

 シンガポールに来た後、私は「シンガポールにはきっと法輪功を修煉している人たちがいるはずだ。絶対に彼らを見つけて、一緒に煉功したい」と思っていました。

 しかし、彼らがどこで煉功しているのか分かりませんでした。ある日、街を歩いていると、一人の中年の男性に出会いました。彼が手渡してくれたのは、なんと法輪大法を紹介する小冊子でした。私は喜んで彼に「私も法輪功を修煉しているのです。ぜひ、あなたたちがどこで煉功しているのか教えてください。一緒に煉功したいのです」と伝えました。彼は親切に「インターネットで調べてみてください」と教えてくれ、さらに私のために明慧ネットをダウンロードしてくれました。家に帰ってから、すぐに自宅近くの煉功場所を調べました。

  しかし、記載されていた時間と場所に従って探し回ったものの、長い間見つけることができませんでした。そのとき、私はすっかり落胆し、「これが最後の試みだ」と思ってもう一度だけ行ってみることにしました。インターネットで調べた時間では、早朝6時に公園で煉功をしていると書かれていました。私は朝5時半には現地に到着し、早朝の運動をしている人たちに交じって、公園を何周も歩きながら探しましたが、結局見つけることができませんでした。

 最後の一周を歩きながら、「これで見つからなければ諦めて帰ろう。それからはもう探すのをやめて、代わりにヨガスタジオで体を鍛えよう」と思いました。ところが、その最後の一周が終わりに近づいたとき、突然耳元に心地よい音楽が聞こえてきたのです。その音楽は、なんと懐かしいものでした! 私は胸が高鳴り、幸福感で心が満たされました。「これは師父が按排してくださったに違いない」とそのとき思い、師父に感謝の気持ちでいっぱいになりました。「こんなにも幸せで、こんなにも幸運だ」と感じる瞬間でした! 

 その後、同修に教えてもらった「法輪功9日間教室」に参加しました。それ以来、私の足は日に日に軽くなり、今では走ったり跳んだりできるようになりました。以前は心臓病を患っており、心臓が締めつけられるような痛みが起きるたびに、すぐに救心丸を服用しなければならず、さもなければ深刻な事態になっていました。しかし、今ではその病状が再発することはありませんが、以前の薬はずっと捨てずに取っておきました。一つには薬が高価だったため、捨てるのがもったいないと思ったからで、もう一つには、万が一また発病したときに応急処置として使えると考えたからでした。しかし、その薬は結局使用することなく賞味期限が過ぎてしまい、その後すべて処分しました。

 パンデミック後、私は長年会っていなかった古い友人に会いました。その姿を見て、私は驚きを隠せませんでした。彼女は背中を丸め、まるで70歳を超えたお婆さんのようになっていたのです。涙を浮かべた彼女は、もう二度と私に会えないと思っていたと話しました。実は、彼女は心臓手術を受け、その後さらに子宮癌を患い、子宮の摘出手術も受けたそうです。そのような姿になってしまった彼女を見て、私も一緒にたくさんの涙を流しました。

 私は彼女に大法のことを伝え、彼女を救わなければならないと思いました。それで、彼女に『轉法輪』を渡し、さらに五式の功法の動作を教え、家で自分で煉功するよう勧めました。彼女は「私は座ることさえできないのに、どうやって煉功なんてできるの?」と言いましたが、私は「大丈夫、あなたには煉功ができます。きっと良くなりますよ」と答えました。

 1カ月ほど経ったころ、再び彼女を訪ねました。彼女は『轉法輪』を読み、自分のできる範囲でいくつかの動作を煉功した結果、すでに自分でできることを少しずつこなせるようになっていました。その後さらに回復し、市場へ買い物に行ったり、料理を作ったりすることができるようになりました。さらに、彼女の母親が故郷から様子を見に来た際には、なんと彼女が母親の世話までできるようになっていました。

 今年の初め、突然、私の夫が病気で倒れました。救急車で病院に運ばれ、検査を受けた結果、胃の中に悪性の腫瘍がびっしりと広がっていることが分かりました。医師は、胃を全摘するか、または保守的な治療を選んで、大きな腫瘍を切除し、その後は半年ごとに病院で検査を受け、腫瘍が大きくなったらその都度切除するという方法を提案しました。そして、毎日薬を飲まなければならず、その状態は一生続くと言われました。また、費用も非常に高く、1瓶が6000元(約12万円)以上する薬を1カ月に1瓶使わなければならず、検査費用だけでも3万元(約60万円)以上かかりました。

 費用のことはさておき、夫の体調は日々悪化していきました。体重も元々75キロだったのが、1カ月で65キロにまで減少し、歩くのも息切れして力が入らなくなりました。顔色も非常に黒く、内側から外側まで黒ずんでいるような感じでした。私は「一緒に修煉しよう」と彼を支えながら歩き、言いました。今回は彼も頷いて同意してくれました。

 「9日間教室」で五式の功法を学び、師父の広州での説法のビデオを視聴した後、夫の体調は見て分かるほど、日々改善していきました。9日間が終わった後、彼の体調には劇的な変化が起きました。最初の変化は、歩くときに元気が出て、話す声にも力が戻ったことです。次に、顔の肌の色が白くなり、さらに白さの中に少し赤みが差すようになりました。シンガポールの太陽で日焼けしてしまったものの、その焼けた肌からは健康的に感じられました。

 私は中国本土の党文化の環境で育ち、性格がとても強い方で、争う気持ちが強かったです。あるとき、1人の同修と意見が対立し、その同修の認識や言い分に全く納得できませんでした。帰宅後も心の中で不満が残り、思いが収まらなかったので、修煉して30年以上の経験を持つ別の同修にその出来事についてメッセージを送りました。

 同修は返信でこう言いました。「それはあなたが彼の執着に執着しているからです。私たちは自分の執着にだけ焦点を当てるべきで、解決すべきは自分の執着です。修煉しているのは自分自身だからです。命が解脱すべきなのはあなた自身です。外を見ては道はありませんし、心も平静にはなりません。真に自分を見ることができれば、心は一瞬で平静になります」「彼はあなたを助けるために来たのです。私たちの周りの人々は皆、因縁関係があります。彼の出現は、私たちの執着を照らし出すためにあるのです」

 同修の言葉は私の目を覚ませてくれました。ようやく理解し、心が軽くなりました。すべての執着を手放し、考え方を変えることでこそ、真に修煉を成就することができるのだと実感しました。

 私たちがこの世に生まれたのは決して偶然ではなく、皆、大法を得るために来たのだと信じています。師父が一人一人を救い出し、清めてくださり、大法を授けてくださったおかげで、私たちは新たな命を得ました。師父の救いに感謝し、この貴重な機会を大切にし、精進して修煉し、最終的に完成することを誓います。

 師父、ありがとうございます!

 同修、ありがとうございます!

 (2024年12月シンガポール法輪大法修煉体験交流会での原稿抜粋)

 
翻訳原文(中国語):https://www.minghui.org/mh/articles/2025/1/7/487870.html
 
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