8年6カ月不当拘禁された錦州市の苗建国さん 再び不当な裁判に(三)
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 【明慧日本2025年3月6日】(前文に続く)

 2023年8月20日、刑務所はわざと家族に私を迎えに来るよう連絡しませんでした。姉は偶然に刑務所に私が解放される日を尋ねて知り、私を迎えに来てくれました。そのとき、私を見ても分かりませんでした。刑務所は私に大きなショートパンツと大きなベスト、布製の靴を与え、私はやせ細り、頭は真っ白で、1センチほどのひげが生えていて、体重は以前より15キロ以上減っていました。私は笑顔で、記念に写真を撮ろうと姉に言いましたが、姉は「撮らない、撮らない、見るのが辛い」と言いました。

 2022年4月、私が拘束されている間に、妻は脳血栓を患い、自力での生活ができなくなり、コロナ感染症の影響で誰にも面倒を見てもらえず、妹に老人ホームに入れられました。そして、2022年12月29日に突然亡くなりました。妻は静かに、何も言わずにこの世を去ったのです。私が拘禁され、自由がなかったため、妻はこれまで私のために尽力し、耐え忍び続けていました。しかし、妻が極度の無力さと悲しみによって臨終の時、私は側にいることができませんでした。妻の突然の死は、私の生涯の後悔です。

 私は2023年8月20日に家に帰りましたが、家には誰もいませんでした。

 25年間、私は「真・善・忍」への信念を放棄しなかったため、さまざまな迫害を受けました。仕事を失い、両親を失い、妻を失い、子どもを失い、監禁や拷問などのさまざまな苦しみに耐えました……。

 晩年を迎える頃、私の周りにはもう親族がいません。仕事を失ったため、年金を受け取ることもできず、今後の生活には経済的な支援が一切なく、生きること自体が危機的な状況に直面しています。

 25年間の迫害により、私は壮年の男性から老いた男に変えられ、社会で尊敬される会社員から冤罪を受ける受刑者へと変えられました。元々は仲睦まじく、幸せだった家族も引き裂かれ、粉々にされました。この世で、最も親しい両親、妻、子どもたちはもういません。彼らは無限の怒り、恐怖、そして無念の思いを抱えて去っていきました。収入がないため、私は零細な仕事や、親戚の援助に頼って生活しています。お金を節約するため、姉はよく市場で他の人が捨てた野菜を拾って、私に送ってくれました。私は恥ずかしくて、なかなかこのようなことをすることができませんでした。

 しかし、真実は隠せないものであり、偽りも真実にはなりません。長年の冤罪は必ず晴らされ、邪悪な迫害の実態はいつか明らかになるでしょう。そのため、私が受けた迫害の事実を皆さんにはっきりとお伝えしたいと思います。皆さんが正しく事実を見極め、良心と法律の基準に基づいて、適切な判断と選択をすることを願っています。

 以上を踏まえ、関係者の皆さんが真摯に事実を確認し、検討していただき、私の公職を回復させ、定年退職手続きを行わせていただくことが、私が直面している生存危機と人道的な災難を解決するために必要です。よろしくお願い申し上げます。

 申請者:苗建国

 (完)

 
翻訳原文(中国語):https://www.minghui.org/mh/articles/2025/2/25/491083.html
 
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