【明慧日本2025年3月7日】昨年11月、3年半の不当な懲役刑を言い渡された法輪功学習者の張伝文さん女士が、信念を放棄することを拒否したため、遼寧省女子刑務所で厳しい管理下での迫害を受け、殴打され意識を失い、4本の歯を折られ、心臓病を患うまでに迫害され、一時はショック状態に陥ったとの情報が伝わった。最近、再び張伝文さんが「転向」を拒否したため、刑務所で厳しい管理下での迫害を受けていると情報が入った。
張伝文さん、「転向」を拒否し再び厳しい迫害に
張伝文さんは村人に法輪功の真相カレンダーを贈ったことが原因で、2022年12月4日に清原県南口前派出所の警官に連行された。2023年3月24日、撫順市望花区裁判所で不当な裁判を受け、懲役3年6カ月の実刑判決を言い渡された。2023年7月26日、彼女は遼寧省女子刑務所に連行され、現在は第5監区第9分隊に不当に拘禁されている。
明慧ネットは2024年11月15日に、張伝文さんが刑務所に連行された後、家族が面会を求めたが、張伝文さんが「転向」していないとして面会を拒否したと報じた。2023年10月末頃、家族の強い要求により、刑務所側はしぶしぶ家族と張伝文さんの20分間のビデオ面会を許可した。しかし、張伝文さんの表情や声が普段と異なり、家族は彼女が大きな圧力を受けていると感じた。1年後の11月、2023年8月に張伝文さんが刑務所から暴力的な洗脳迫害を受け、看守たちに睡眠を奪われ、長時間立たされたり座らされたりし、侮辱され、罵倒され、殴打されたとの情報が伝わった。張伝文さんは4本の歯を折られ、その後殴られてショック状態に陥り、病院に運ばれて救急治療を受け、心臓病と診断された。
最近、張伝文さんの家族が再び刑務所に面会に行ったところ、彼女は歩くのが非常に遅く、疲れ果てた様子で、片方の目は開かず、話す声に力がない状態だった。歯はすべて黒くなり、ぐらついて抜けそうだった。家族が「どうしてこんな状態になったのか」と尋ねると、青い服を着た張伝文は無力そうに胸に付けられた札を指し、「また厳しく管理されている」という意味を示した。彼女は「心臓が激しく動いて、身体がとてもつらい」と語った。看守がそばで一歩も離れず通話を記録し、結局10分だけで電話が切られた。自称隊長の警官が家族を脇に呼び、「彼女は言うことを聞かない。ここでは任務があり、点数を記録する。歯を抜きに行けと言っても行かない」と語った。家族は「彼女を優しく扱ってください。善には善報があり、悪には悪報があります」と訴えた。
かつて夫は彼女の法輪功修煉を強く支持していた張伝文さんは満州民族で、1968年6月5日生まれ。遼寧省撫順市清原県南口前鎮に住む個人事業主である。法輪功を修煉する前、彼女は喫煙、飲酒、麻雀などの悪い癖があり、深刻な関節炎、腸炎、皮膚病に悩まされ、頭から黄色い液体が流れ、年中病気で薬を飲み続けても改善せず、病気に苦しみ、非常に辛い生活を送っていた。貧困のため、張伝文さんは小学校2年生で退学し、字をあまり知らず、本を読んだり手紙を書いたりしたこともなかった。
1997年、29歳の張伝文さんは法輪功の修煉を始め、短期間で健康を取り戻した。あまり学校に行っていない彼女だったが、『轉法輪』という本を特に愛読し、本に書かれた「真・善・忍」の基準に従って自分を律し、すべての悪い癖を改めた。道徳が向上し、家庭は和やかになり、当時、夫は彼女の法輪功の修煉を強く支持していた。
信仰を貫き迫害を受ける 4度の不当な拘禁
しかし、前中共指導者が法輪功修煉者が増えるのを恐れ、嫉妬したため、1999年7月から法輪功への迫害が始まった。張伝文さんは「真・善・忍」の信念を守り、市民に法輪功迫害の真実を伝え続けたため、度々中共関係者に連行され、拘禁され、2度の不当な労働教養と2度の不当な懲役刑を受けた。
2001年末、張伝文さんは北京に陳情に行き、法輪功の冤罪を訴えたが、北京警官に連行され、清原県公安局に1年間の労働教養を言い渡され、呉家堡労働教養所に連行された。2002年5月、張伝文さんが呉家堡労働教養所から脱出しようとしたことが発覚し、非人道的な拷問を受けた。2002年末、彼女は馬三家労働教養所に連行され、1年以上の不当な労働教養を受けた。
呉家堡労働教養所に不当に拘禁されている間、張伝文さんが「転向」を拒否し、断食で迫害に抗議したため、看守の呉偉から目の敵にされた。ある時、呉偉は張伝文さんを狂ったように罵声を浴びせ、身体中傷だらけにして、脚は腫れ上り、足首はずれてしまった。ある日、張伝文さんがベッドに座っていると、呉偉が部屋に押し入り、張伝文さんの喉元を蹴りを飛ばし、彼女が起き上がると再び蹴り返し、3~4回続けた。また、呉偉と張偉が水をかけて張伝文さんの全身を濡らし、一人が電気棒で感電させ、もう一人が殴り、それを女性看守員が見ていることもあった。呉偉は脚を裂く拷問や尿をかける屈辱も加えた。ある時、呉偉が強引に張伝文さんの両脚を一字に開き、「カッ」という音がして両脚に重傷を負わせ張さんは歩けなくなった。最もひどかったのは2002年5月6日夜で、政委の劉某や副院長の徐虎列ら複数の警官が張伝文さんの目を黒布で覆い、鉄の椅子に縛り、少なくとも2本の電気棒で同時に感電させ、数人が同時に蹴り、一晩中拷問した。彼女の顔は電撃で焼け、頭は大きく腫れ、首は顔と同じ太さに腫れた。
拷問実演:学習者の両足を「一」の文字に開く |
馬三家労働教養所に不当に拘禁されている間、張伝文さんは睡眠を奪われ、法輪功を誹謗するビデオを強制的に見せられ、毎日10時間以上の奴隷労働を強いられ、有毒な原料で工芸品を作る作業で健康を大きく害された。その頃、南口前鎮政府や鉄鉱の関係者が何度も彼女の夫に署名を強要し、夫は耐えきれず、家庭は崩壊した。
2018年6月21日、張伝文さんら法輪功学習者が清原県敖家堡郷で村人に法輪功迫害の事実を伝えている際に真実を知らない人に通報をされ、敖家堡郷派出所の警官に連行された。撫順市拘置所で張伝文さんは深刻な病状に陥り、片方の目が開かなくなり、体重が20斤以上減り、心身共に苦しみに耐えていた。拘置所は家族が預けたお金で大量の薬を買い、彼女に飲ませ、2本の大きな管で血液を採取した。それでも毎日奴隷労働を強いられ、ノルマを達成できないと罰を受けた。2018年12月、清原県裁判所は張伝文さんに1年半の不当な懲役刑を言い渡した。その後、清原県検察庁(検察官は呂歓歓、王宗揚)が起訴し、2019年8月下旬、撫順市中級裁判所は張伝文さんに不当に3年の懲役刑と2000元の罰金を言い渡した。2019年9月10日、張伝文さんは遼寧省女子刑務所、馬三家監区に連行され迫害を受け、2021年6月20日に拘禁期間が終わった。
2022年12月4日、張伝文さんは村人に法輪功迫害の事実が書かれたカレンダーを贈ったため、清原県南口前派出所の警官に連行され、5日後に不当な刑事拘留を受け、その後撫順市望花区検察庁に冤罪で訴えられた。2023年3月24日、撫順市望花区裁判所は家族に通知せず秘密裏に不当な裁判を開き、張伝文さんに懲役3年6カ月の判決を言い渡した。2023年7月26日、張伝文さんは瀋陽にある遼寧省女子刑務所に連行された。彼女は信念を捨てることを拒否したため、繰り返し刑務所から厳しい迫害を受けている。