警鐘(けいしょう)
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2025年4月2日】昨年、師父が新経文「法難」「目覚めなさい」を発表されてから現在に至るまでの間に、地元ではすでに数名の同修が亡くなりました。特に昨年の冬から現在までに、私たちが知る限りでも、この地域の一部で七名の同修が亡くなっています。ある同修は集団学法の最中に体調が悪くなり、翌日にはこの世を去りました。別の同修は坐禅を終え、立ち上がってトイレへ向かった後、二度と戻ってきませんでした。また、ある同修は卓球をしている最中に突然倒れ、そのまま息を引き取りました……。彼らの中には、まだ60歳過ぎの方も数名おり、ほとんどが病業の形で亡くなっています。また、一部の同修は今もなお、さまざまな程度の病業の苦しみの中でもがいています。

 この状況を目の当たりにすると、私たちは心を静め、自分自身と全体の修煉における問題について深く反省せざるを得ません。

 師父は経文「大法修煉は厳粛である」の中で次のように説かれています。「法を正すことは終わりに近づいており、旧勢力は真に修めていない、あるいは長期的に約束に違反し、歴史の使命を果たせなかった一部の人を淘汰しようとしています」

 師父は私たちに警鐘を鳴らしてくださいました。しかし、多くの人がその警告を聞き流し、経文が発表された際に一度読んだだけで、その後は放置し、二度と見返すことすらしませんでした。時が経つにつれ、師父がどのような経文を発表されたのかすら分からなくなり、ましてやその内容を覚えているはずもありません。

 私が知る限り、周囲の同修たちに現れている問題は、主に以下のいくつかの側面に表れています。

 一、安逸と怠惰

 先日、明慧ネットに掲載された文章「26回の戦いー夢の中で見た法を正す状態には次のように書かれていました。(要約)「第21、22、23回目の戦いはすべてバツ印が付けられている。これは、大法弟子が連続してこの三つの戦いに敗れたことを示している。残り三つの戦いも負ける可能性が非常に高い。その理由は、『軍隊』がすでに疲れ果ててしまっているからだ。彼らは初期の戦いで全力を尽くし、戦争の勝敗はすでに決まったと感じている。彼らは安心し、自己満足し、もう必死に戦おうとはしない。彼らは休みたがり、最後の数回の戦いは重要ではないと考えている」

 もちろん、これはある学習者が自分の次元から見たものであり、全体を代表するものではありません。しかし、私には、これはまさに現在の一部地域の大法弟子の修煉状態を反映しているように思えます。

 私が観察したところ、地元の多くの同修は、たとえ毎日「三つのこと」を行っていても、それが「形式的」になってしまっています。まるで「やらなければならない仕事」をただこなしているようであり、「心を込めて」行うことがなくなっています。同じことを毎日繰り返し、あまりにも慣れすぎてしまったため、「麻痺し、機械的」になってしまっています。衆生が淘汰される大劫難が一歩一歩迫ってきているのを目の当たりにしても、心からの慈悲や緊迫感を感じることはありません。「とにかく資料は配ったし、真相も伝えた。それでも信じないなら、それはそれで仕方ない」。こうした考えを持つ人は決して少なくなく、私自身もその一人です。

 また、多くの古い学習者は、「1999年7.20の時に北京へ行き、法を実証した。2015年『江沢民告訴』にも参加した。だから、自分はすでに師父の法を正す進展に追いついている。これは圓満成就するための資本であり、師父と共に家へ帰れるはずだ」 と考え、それを理由に、安心して常人の穏やかな日々を送るようになってしまいました。個人的に、このような状態こそが、今回の法難を引き起こした主要な要因だと思います。

 この状態は、特に今年の中国の新年の時期に顕著に表れました。多くの学習者は、旧暦の12月15日から真相を伝えることや資料を配ることを止め、常人の年越しの準備に忙しくしていました。中には、正月15日になってもまだ真相を伝えたり、資料を配ったりしていない人もいました。

 二、恐れの心は、中国本土の大法弟子の修煉における大きな関門である

 恐れの心は修煉者にとって致命的な関門であり、必ず乗り越えなければならないものです。師父はこう説かれました。「恐れの心は、人々に間違ったことをさせることができ、人々に機縁を失わせることもできます。恐れの心は、人間が神に向かっていくときの至難の関です」 (『精進要旨三』「至難の関から抜け出す」) 

 法の中ではすでに明示されています。共産邪党の邪悪な本質からすれば、たとえ明日法を正すことが終結するとしても、今日の時点ではまだ人々を害そうとするのです。

 師父は「しかし、終わっていなければ、邪悪は相変わらず邪悪であり、毒物のように、相変わらず毒があり、悪い作用を働かずにいられないのです。ですから、皆さんは油断してはならず、修煉においてできるだけ旧勢力に隙に乗じられないようにしてください」 (『各地での説法十二』「二〇一三年大ニューヨーク地区法会での説法」)と説かれています。

 中共による大法弟子への迫害は25年にも及びます。多くの修煉者がこの間、試練を乗り越えてきましたが、それでも「恐れの心」が強く残っています。毎日、明慧ネットの中国本土の情報を見ると、同修が逮捕されたり、迫害されたりしたニュースが頻繁に報道されています。それを修煉者としての正念で見るのではなく、逆に「自分も捕まるのではないか」と恐れを募らせるようになり、資料を配ることや真相を伝えることを避けるようになってしまいました。仮に行うとしても、自分の安全を確保できる範囲で、選択的に行っているのです。

 また、こう考える人もいます。「自分はこれまでに法のために十分尽くしてきた。何年もの間、多くの資料を配り、多くの人に真相を伝えてきた。正法ももうすぐ終わる。この段階で万が一、邪悪に捕まり、耐えられなくなったら、それまでの努力が水の泡になってしまう」。 だから「安全第一」の姿勢を取り、形だけの資料配布や真相伝えに留めるようになりました。中には「もう何もしない」という状態になり、「他の人も資料を配らないし、真相も伝えないなら、自分もやらなくていい」 という考えに陥る人もいます。

 さらに、一方の手で「常人としての安逸な生活」を掴み、もう一方の手で「神の天国への道」を掴もうとする人もいます。1999年の弾圧の最も苛烈な時期には「潜伏」していたのに、環境が緩んでから修煉に戻ってきた人たちです。しかし、真相を伝えたり、資料を配ったりする「危険な仕事」には手を出そうとしません。彼らは専ら大法弟子の間で活動し、「病業の同修の学法を助ける」「迫害された同修のために発正念する」「かつて修煉していたが、離れてしまった人に再び修煉へ戻るよう説得する」といったことをしています。表面的には法理を語るのが上手く、顔つきも慈悲に満ちて見えます。毎日忙しく動き回り、自分も「法を正す過程に参加している」と思い込んでいます。しかし、彼らは常人の狡猾さを修煉に持ち込んでいるのです。

 師父は「皆さんは着実に修煉に力を入れて、うわべだけのものにせず、人心を少なくしましょう。師父には皆さんの一念、一挙一動からあなたの心が分かるのです。私は口ばかり達者で実際に行動しない人を好まず、ずる賢い人も好きではありません。私は純朴で足が地に着いた人が好きです。皆さんに長年の修煉を通じて、正しい面で知恵を増やしてほしいのですが、処世術、人となることに関して多く収穫してほしくはありません」 (『各地での説法十』「二〇一〇年ニューヨーク法会での説法」)と説かれました。

 悲しいことに、こうした同修たちは、真に正念を持ち、迫害を受けながらも堅持している同修を嘲笑し、自分は「賢く、平穏に修煉している」と自慢しています。しかし、大法弟子が助師救度衆生(師父とともにこの世を正し、衆生を救い済度する)使命を果たし、白日飛昇するその時、あなたは地上に平穏に立ち尽くしているだけなのです。

 三、学法を重視せず、本当に心性を修めておらず、仕事を修煉と勘違いしている

 私が身近な何人かの亡くなった同修や病業に苦しむ同修を見て、私たちの修煉におけるいくつかの大きな問題が見えてきました。

 1. 色欲心を取り除かないことが、旧勢力による迫害の最大の口実となる

 ある70歳くらいの男性の同修は、1999年7月20日の迫害が始まったときに非常に良く行動し、何度も北京へ行き大法を実証しました。2000年にはみんなで集団煉功を組織し、違法に投獄されて数年間迫害を受けました。釈放された後、大規模な資料制作拠点を立ち上げ、昼夜を問わず大法の書籍や資料を作り、機械の修理も兼ねながら尽力しました。彼は純朴で実直、苦労を厭わず、多大な貢献をし、また親切で、誰に対しても手助けを惜しみませんでした。

 しかし、彼は法の学習が少なく、正念を重視せず、仕事を修煉のすべてと勘違いしていました。色欲の心を取り除かず、再び邪悪によって違法に逮捕、拘束され、数年間迫害を受けました。その結果、大法の資源にも大きな損害が生じました。釈放後も、すぐに自らを正すことができず、最終的には旧勢力により病業の形で命を奪われました。

 他にも二人の男性同修が色欲心を取り除けず、旧勢力に淘汰されました。一人は癌を患い、もう一人は心臓病で亡くなりました。そのうちの一人は、ちょうど退職したばかりでした。

 2. 法の学習が少なく、心性を修めず、仕事を修煉のすべてと勘違いしている

 ある女性の同修も、「7.20」以前に法を得た古い大法弟子でした。彼女も北京へ行き護法し、何度も真相資料を配布したために、邪悪によって違法に拘束されました。しかし、どんなときも彼女は大法のことを最優先にしていました。

 彼女は農民で、学歴は高くありませんでした。しかし、早くから資料作りを学び、『九評』や『共産主義の最終目的』などを箱単位で作り続け、毎日プリンターを休むことなく動かしていました。しかし、彼女は大法の仕事を修煉のすべてと勘違いしていました。

 彼女の家事の負担は非常に重く、息子の子供3人の世話をしながら、昼夜を問わず、姉妹たちと交代で寝たきりの両親や義母の世話をしていました。それに加え、大法の仕事もすべて自分で抱え込んでいました。同修たちは彼女が大変そうなので、学法が遅れないように手伝おうとしましたが、彼女はそれを拒みました。まるで、自分のコーディネーターとしての立場や功績を奪われるかのように感じていたのです。嫉妬心や競争心が強く、学法が追いつかず、修めることもできず、内に向かって探すこともしませんでした。名誉・利益・情、そして自身の党文化を取り除くことができませんでした。家庭内では強権的で独裁的、唯我独尊(自分が一番偉い)の態度を取り、家族や子供たちからの怨みが大きくなりました。最終的に旧勢力により癌の形で命を奪われました。

 3. 現代の三大魔(携帯電話、テレビ、インターネット)に執着し、深刻な病業を引き起こす

 ある女性の同修も、1999年「7.20」以前の古い大法弟子で、とても善良で親切な人でした。誰に対しても手助けを惜しまず、常人の間でも同修の間でも評判が良かったです。20年以上にわたり、彼女は資料の受け渡し、護身符(お守り)の作成、大法書籍の装丁、各種の調整業務など、非常に精力的に活動しました。彼女には恐れの心がなく、自分の住む地域の隅々まで真相資料を配り、さらに周辺のいくつかの派出所にも広めました。「江沢民告訴」の大潮流の際には、彼女は知り合いの同修たちに声をかけ、一人一人と交流し、参加を促しました。そのおかげで、彼女の周囲の同修たちは皆、この大法を証明する機会を逃しませんでした。彼女の家はまるで修煉者の庵のようでした。

 しかし、そんな彼女も法の学習を重視しませんでした。夫が亡くなり、娘が結婚して独立した後、孫の送り迎えを手伝うために娘の家に住むようになりました。次第に修煉を緩め、親情や常人の家族の楽しみに執着し、修煉環境から離れてしまいました。テレビに夢中になり、新唐人を見たり、ドラマを追いかけたり、スマホを見たりすることに没頭しました。心が散漫になり、最終的には法を読んでも入らなくなりました。乳癌を患った後、同修たちは彼女を助けようとし、学法に付き添おうとしましたが、彼女は避けて学ぼうとしませんでした。最終的に旧勢力により小脳萎縮を引き起こし、認知症の状態になってしまいました。その結果、周囲の常人に対しても非常に悪い影響を与えてしまいました。

 また、もう一人の同修も携帯電話に夢中になり、ネットショッピングに執着し、学法が身に入らず、真相を伝えることも形式的になっていました。最後には旧勢力に命を奪われてしまいました。

 これらの同修たちは、真相を伝えることにおいては比較的よく行動していた人たちでした。修煉において漏れがあり、旧勢力に隙を突かれてしまいましたが、彼らは誓約を果たし、衆生を救済したので、良い結末を迎えることでしょう。

 しかし、真相を伝えず、ほとんど伝えず、誓約を果たさず、衆生救済の使命を果たしていない人たちはどうでしょうか? 今は表面上、悠々自適に暮らしているように見えても、将来はどうなるでしょうか? 旧勢力はあなたを放っておくでしょうか?

 正法の最後の時です。私たちは目を覚まし、精進しなければなりません。本当に時間が残されていません。

 
翻訳原文(中国語):https://www.minghui.org/mh/articles/2025/3/20/491814.html
 
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