師父と共に過ごした幸せなひととき —— 長春で開催された輔導員向け法会に参加して
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文/中国の大法弟子  

 【明慧日本2025年5月6日】私は1996年初頭に修煉を始めた大法弟子です。1998年7月26日、師父と共に過ごしたあの幸せな時間をここに書き記し、同修の皆さんと分かち合いたいと思います。

 1998年7月26日の約1週間前、私たちの市の責任者である同修から電話があり、「長春の本部から、7月26日に長春で行われるある会に参加するよう言われた」と言ってきました。当時、私は職場で運転手をしており、いつでも車を出す任務があるため、行けるかどうか確かではありませんでした。しかし当日、運よく車の出動がなく、他の2人の同修と一緒に早朝のバスに乗って長春へ向かいました。市街地に到着すると、長春の主要な通りには法輪大法の宣伝パネルや横断幕が掲げられ、同修たちがみな煉功をしていました。私たちもバスを降りてから、一緒に煉功しました。その後、指定された学法場所に向かい、本部の責任者から、グループごとに分かれて順番に「シャングリラホテル」に行くように指示がありました。

 ホテルに入ると、会議室はとても厳かな雰囲気で、講台には黄色の布が敷かれ、両側には生花がいっぱい詰められた大きな花かごが並べられていました。この時、「師父がこの法会に来てくださるのだ」という思いが自然と湧き上がり、胸が高鳴りました。皆、整然と席に着き、私は中央の後ろから3列目の左側、ちょうど出入り口の近くに座りました。会場全体が静かに師父をお待ちしていました。

 私がちょうど立ち上がってお手洗いに行こうとした時、会場の外のロビーに師父がおいでになりました。スーツをお召しになった師父は、両腕を回すように動かしておられました(当時はわかりませんでしたが、後になって、これは師父が大法輪を回されていたのだと分かりました)。その時、本部の責任者が「皆さん、師父を歓迎しましょう!」と言うと、会場は総立ちになり、拍手が鳴り響きました。師父は私たちに手を振りながら会場に入られました。私は師父の回転するエネルギーに引き込まれて、思わず一回転してしまいました。その感動は言葉にできず、涙が止まりませんでした。まさか、夢にも思わなかった偉大で慈悲なる師父に、こうして目の前でお会いできるとは…。この時、同修2人が師父に花束を贈呈しました。

 師父が法を説かれると、会場はしんと静まり、皆が集中して耳を傾けました。しばらくして、スタッフが少し高めの椅子を持ってきて、師父の椅子を替えました。師父はスーツの上着を脱ぎ、それを椅子の背にかけられました。この光景は、2カ月以上たってから、夢の中で再び現れました。

 師父が話し始められた時、下でメモを取っている同修が何人か見えました。「今回は師父がメモを取るように言われたのだろうか?」と私も少し動揺し、ペンを取り出して数文字を書き始めました。すると、書いた字が師父の姿に見えたのです。その瞬間、私はすぐに書くのをやめました。間もなく、同修の一人が「誰かが下でメモを取っています」と、メモを師父に渡し、師父はそれに答えてくださいました。私は、心の中で「師父、申し訳ありません。書くべきではありませんでした」と言いました。

 休憩時間になり、師父が演壇から降りて階段に立たれると、一部の新しい学習者たちが師父を囲んで質問をしていました。私もその輪の中に入り、師父の向かい側の同修の後ろに立ちました。師父は水のボトルを手にされていましたが、一口も飲まれずに、学習者たちの質問に次々と答えておられました。師父は本当にお疲れだったと思います。そのお姿は気高く、慈悲深く、穏やかで親しみやすく、師父の御前に立つことができたこの瞬間の幸せと誇りは、言葉にできません。この貴重な時は、私の心に深く刻まれ、永遠に忘れることはないでしょう。

 約10分の休憩の後、師父は再び法を説かれ、学習者たちの質問にも答えられました。5時間以上があっという間に過ぎてしまい、「もっと時間が欲しい」と思いました。師父が会場を後にされるとき、皆が再び立ち上がって拍手でお見送りをすると、師父は通路にいた多くの同修と握手をして別れを告げられました。皆、涙をこらえながら、名残惜しく師父の後ろ姿を見送りました。

 忘れがたい1998年7月26日、この日は師父が中国国内で最後に法を説かれた日でもあります。私はこの法会に参加できたことを、心から光栄に思います。これこそが、私の人生で最も幸せな瞬間でした。

 この日を思い出すとき、そして、師父の『長春輔導員法会での説法』を学ぶたびに、涙がこみ上げ、師父への思いが募ります。その一つ一つの場面が、今でも目に浮かびます。師父はいつも弟子たちに、法をよく学び、周りの同修を導いて、輔導員としての責任を果たすよう励ましてくださいます。

 師父はこう仰いました。「今あなたは最も幸せな宇宙の生命で、大法の学習者であり、天上の神まであなたのことを羨ましく思っている」(『オーストラリア法会での説法』)。本当に、私はとても幸運です。師父の慈悲が、弟子に偉大な道を成就させてくださったのです。

 弟子として、報いるすべはただ一つ。精進して真摯に修煉し、師父のお言葉を守り、修煉の道をより着実に、より揺るぎなく歩むこと。そうすれば、師父の人を救うことを手伝うことで少しでも喜んでいただき、ご心労を減らせるはずです。

 
翻訳原文(中国語):https://www.minghui.org/mh/articles/2025/4/4/488883.html
 
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