法輪功創始者が法輪功を伝えられた歩み(写真)
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  今年の5月13日は法輪功(ファルンゴン、法輪大法ともいう)の17周年記念日で、第10回「世界法輪大法デー」および法輪功の創始者・李洪志先生の58歳の誕生日でもある。師父と敬称される李洪志先生は、中国吉林省の長春市出身で、地元の長春市において1992年5月13日第1回の法輪功講習会を開いた。1995年3月に李先生はパリへ渡り、海外で最初の講習会を開始され、1998年に李先生はアメリカに定住した。

 法輪大法(ファルンダーファ)は、宇宙の特性である「真・善・忍」に従って身体と心をともに鍛える高いレベルの気功修煉法で、徳を重んじ善を修することを唱え、病気を取り除き健康に寄与する効果が顕著である。このため、法輪大法は「人から人へ、心から心へ」という自然な形で世界中に広がった。法輪功修煉者は健康な体と高い道徳を持っているのがその特徴である。17年来、法輪功はすでに114カ国で愛好され、各民族の人々の心に広がった。

中国政府は李先生に気功講習証書を与えた

李先生は1993年健康博覧会で、「辺縁科学進歩賞」と「大人気気功師」の称号を得た

李先生は1995年にスウェーデンのイェーテボリ(Gothenburg)で7日間の講習会を開いた。これは、李先生の数少ない海外での講習会の一つで、海外における最後の講習会でもあった

1996年、李先生は第2回オーストラリアの講習会において修煉者のため質疑応答を行った

 高徳な大法が1億人に身体と心の健康を与えた

 李先生の主要な著作である『転法輪』という書籍は世界30カ国の言葉に翻訳された。全世界から1500点以上の表彰が与えられ、1億人に健康をもたらしたことを讃えた。李先生は2007年度「100 人の天才(Top 100 Living geniuses)」ランキングの12位となり、2001年にもイギリスとアメリカをはじめ30カ国以上の指名で「ノーベル平和賞」の候補者に選ばれた。

1996年10月12日、アメリカのヒューストン市市長がこの日を「ヒューストン李洪志大師デー」と制定

1999年6月25日、式典で李先生を賞賛したアメリカのイリノイ州知事と州財政部長及びシカゴ市長

李先生は1999年のシカゴ修煉体験交流会の際、修煉者に功法を指導

 自ら手本を示して教え、修煉者は感謝した

 倹約生活をする李先生がいつも言葉で伝えて身をもって教えるという姿は、修煉者に深い感銘を与えた。1995年初夏、李先生は自分の講習会が記録されたビデオを全国の法輪功の煉功場に寄付した。5本で約900分間の法輪功を教えるビデオは、全国の数千カ所にも及ぶ煉功場に配られた。そして現在、修煉者の人数は1億人にのぼり、自分の身体と心をともに向上させ、徳を重んじ善を修することで国家から末端の民衆まで愛好されている。

 李先生は講習会開催の折に、いろいろな奇跡を起こした。1993年の健康博覧会では、歩くことすらできない一人の癌患者が会場まで運ばれ、李先生による体への浄化を受けると、しばらくして立ち上がって歩き始めた。交通事故で病院に1年入院した孫宝栄さんも家族に背負われて会場に来た。李先生によって彼女の体調が整えられると、彼女は元の生活に戻った。その後、元気で丈夫になった彼女は、李先生が各地で行った講習会の機会を逃さず出席した。このような奇跡の実例は数え切れないほどあった。

 台湾で講習会を開く

 1997年11月、李先生は台湾の台北三興小学校と台中霧峰農工施設で2000人もが参加した講習会を開いた。修煉者によると、李先生は非常に優しくて親切な人柄で、人に謙虚に接した。台北と台中の会場に来ていた陳慧卿さんは、当時の感想として、「会場では穏やかな気分を感じ、長くいても疲れは感じませんでした。先生は体格が良く、人に親近感を与えます。5、6時間に及ぶ講習会をずっと続けても、先生は水も飲まず、休まず続けられていましたが、全然疲れていないように見えました」と述べた。

李先生は1997年11月に台北三興小学校で講習会を開催

李先生は1997年11月に台中霧峰農工施設で講習会を開催

 講習会が終わった後、李先生は台北から宜蘭に渡り、東部と南部に及ぶ台湾一周の旅をした。リゾート地の日月潭にも一晩泊まり、旅は1週間に及んだが、すべての費用は修煉者に負担させることなく、多くの修煉者に気を配って少数のメンバーで出かけ、静かに臨んで静かに帰られた。修煉者が当時のことを振り返ると、「李先生は他人のために行動する気風を自らが手本となって教えられました」と語った。

 李先生は日月潭を離れる前に、詩を作られた。「一潭明湖の水、煙霞幾(いくすじ)か輝きて映る、身は乱世の中に在って、独自の美は得難し」(『洪吟・遊日月潭』) 1997年11月17日からこの詩は今、法輪功修煉者ならほとんど読めるようになり、日月潭は海外の修煉者が台湾に来れば、最も行ってみたい所となった。

 台中の修煉者・邱添喜さんによると、先生が台湾に来られる前は修煉者が少なく、いても互いに連絡を取ったりしなかったが、先生が来られた後には修煉者同士が繋がり、法輪功が広がっていったという。

 中国共産党が迫害開始後、かえって法輪功の気勢が広がった

 1999年4月25日、1万人を超える法輪功修煉者が北京の陳情部門に行き、迫害に対して平和的な陳情活動を行った。これがマスコミによって大々的に報道され、法輪功を世界の舞台に押し上げた。同年7月20日、中国共産党の江沢民グループによって大規模な迫害が法輪功に加えられた。しかし、迫害がエスカレートするほど、法輪功は潰されるどころか、かえって名声を上げて世界中に法輪功を知る人が増えた。法輪功の講習は一切金銭や物と関わりなく、ボランティアによって伝えられている。徳を重んじ善を修することを唱え、それに従って病気が治り体が健康になるため、法輪功は宣伝することもなく口から口へと世界中に伝え広まった。

2007年中国新年の大晦日に行なわれた、台湾屏東県の法輪功修煉者400人による李先生へ新年の挨拶を送る

 台湾を例にすると、法輪功は台湾で知られて15年経った今、修煉者が何十万人も増えて都道府県市町村で千カ所の煉功場を立ち上げた。離島の澎湖、金門、馬祖にでも数十カ所の煉功場が立ち上げられた。台湾は現在、中国大陸の次に最も多くの修煉者がいる国となった。法輪功は現在、世界中に伝えられ、114カ国で愛好されるようになった。

 10年間継続して迫害に反対し、正しい念をもって意志を強めた

 1999年7.20、中国共産党の江沢民グループは国をあげて法輪功への迫害に力を注いだ。マスコミの宣伝、司法、軍人、警察、スパイ、政党、外交といったすべての手段を悪用して迫害をエスカレートさせた。法輪功修煉者は、連行、監禁、洗脳、殴打、毒害、電撃、強姦、脅迫、中枢神経破壊の薬物注入、生体からの臓器摘出といった拷問及び迫害を受けている。現在までに、少なくとも3263人の法輪功修煉者を迫害し、死に至らしめた。理不尽な迫害を受けた多くの修煉者は、拘置所、労働教養所、監獄、洗脳班、精神病院に送られ、虐待によって身体障害、退学、失業、流浪、家庭崩壊に陥った。

 10年間、李先生は法輪功修煉者に大きな善と大きな忍という精神をもって「真・善・忍」を固く信奉した上で、平和、理性、寛容の態度で非道な迫害に対するように教えられた。3000日以上経っても修煉者は変わらずに平和的に迫害を訴え続け、世の人々に法輪功が迫害されている真相を絶え間なく知らせ続けている。これによって人々の善良と良知を引き出し、もともと法輪功に冷たい態度を取っていた人も法輪功を理解し、支持し始めた。

李先生は法輪功が迫害され始めた後、CBSの記者から取材を受けた

アメリカ国会議員が発表した106回国会議事録で、李先生を表彰し、法輪大法を支持する意を表した

1999年7月20日の後、李先生はニューヨークを離れ、山中で静かに世間を静観される

2003年11月15日、約1万人の法輪功修煉者が台湾総統府前に集まって集団煉功し、江沢民を審判せよと呼びかけた

 世界法輪大法デーを祝う

 2000年、各国の法輪大法学会で5月13日を「世界法輪大法デー」に制定。全世界の偉大な記念日として、すべての修煉者と世界中の人々が盛大に祝う日となった。

 2009年「世界法輪大法デー」を迎えるにあたって、筆者は幸いにも法輪功修煉者の一員として、この文章をもって李先生に最高の敬意を表したいと思う。

2005年12月25日、4000人の台湾法輪功修煉者が法輪の図形と人文字を描き、李洪志先生に新年の挨拶を送る

 
(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2009/5/9/200517.html)     更新日付:2011年9月27日
 
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