息子の嫁が白血病になってから
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文/四川省の大法弟子

 【明慧日本20111229日】法を得る前、私は全身病気だらけで、漢方、西洋医学、気功も試しましたが効果がなくんだ方が生きるよりましだと思い、何回か自殺を図りました。19964月、大難を乗り越えた私は幸運にも法輪大法に出会い、法を得てまもなく全身の病気がなくなり、それから私は生まれ変わり別人になりました。師父が私に第二の生命を与えてくださったことに感謝いたします。

 孫娘が生まれてから、ずっと私が面倒を見ています。彼女56歳の時(いま15歳)、私の頭が透明で、光っているのを目にし、また師父の法身がリビングの上方にいらっしゃり、私の顔が光っていると言ってくれました。私の身体の変化と家族が目にしたすべては大法の超常さと不思議な力を現し、大法の威力を実証しました。

 私が法輪功修煉を始めてから、息子の嫁の商売は繁盛し、家族全員が元気で、みな大法を信じ、大法を支持してくれました。邪党が狂ったように大法を迫害していたとき、家族は私を助けて大法の書籍を守り、息子の嫁は私を手伝って経文を印刷してくれました。

 天には予測できない風雲があるように200911風邪もめったにひかなかった息子の嫁が突然白血病と診断されました。私はこれは偶然ではないと意識しました。十数年間修煉するなか、邪悪は様々な手段を使って、私を下へ引っ張り降ろそうとしてきました。特に体に対する迫害ですが、何回も生死の関を乗り越えてきました。私は師父を堅く信じ、大法を堅く信じていたため、邪悪は目的達することができませんでした。今回は、私の息子の嫁に手を出し、迫害が彼女の身体に発生しましたが、実際は私を妨害していました。私には4人の子どもがいましたが、長男は35歳の時、肝臓癌のため亡くなりました。当時、私は法を得て1年しか経っておらず、もう少しで彼と一緒に死ぬところでした。長女は離婚していて、下の娘はまだ結婚しておらず、下の息子だけが完全な家庭を維持していました。私は潜在意識のなかで彼ら一家をとても重く見て、すべての希望を彼ら一家に寄せ、ずっと彼らと一緒に住んでいました。

 に向けて探してみると、自分の情はとても重く、しかも長期にわた、この方面において力を入れて修めていませんでした。今回は黒い手と卑しい鬼らがこの隙に乗じ、これを口実に私を迫害し、それにより私が三つのことをしっかり行うことを邪魔しようとしました。まさに師父が経文の『大法弟子は必ず法を勉強しなければならない』の中で述べられたように「あなたの考えがある種類の生命の状態と一致すると、その種類の生命はすぐさま作用を働きます」のとおりでした。

 原因が見つかったため、私は時間を大事にして法を勉強し、また毎日定時に正念をしました。「私は大法を修煉している私は李洪志先生の弟子だ修煉過程のなかで人心があり、執着があるが、私は自ら法をもってそれらを正すただ師父だけが私を按排できる。私の息子の嫁は大法を信じ、大法を支持し、三退もしたから、師父は彼女の面倒を見てくださるあなたたち黒い手と卑しい鬼や共産邪霊らが私たちを迫害し、邪魔しようとしたら、私はあなたたちを取り除き根絶させる。私が取り除かなくても、法はあなたたちを残さない。あなたが私を邪魔しなければ、将来私が円満成就したら、あなたに適切な按排をしてあげる」と、私は今までずっとこのように正念しています。

 邪悪はこの手が効かないと見ると、経済面から私を迫害しようとしました。病気になったら入院し、治療するのは常人の理です。息子の嫁は二十数年間苦労して稼いだお金を全て入院治療使ったばかりか、借金ができ、我が家の生活は困難になりました。2009年の年末になって、そろそろ新年を迎えようとするとき、息子の嫁は家におらず、私と孫娘だけが自宅にいましたが、ある夜泥棒が自宅に入り、パソコン、携帯電話などを盗んでいきました。新年になって、私は妹の家に行く時、バスの中で包みをなくしました。その中には600元以上の現金と親戚にプレゼントしようとしていたものが入っていました。それから間もなく、キッチンの吊るし式の引き出しが落ちてきて、引き出しの中のものがすべて粉々になり、階段と階段の間から家に入ったところの壁のタイルも半分以上落ちました。本当に難が重なってやってきました。

 私は師父が『転法輪』のなかで述べられた「物質的な財産は、生まれて来る時に持って来られるものでも、死ぬ時に持って行けるものでもなく、とても空しいものです」「自分のものなら、無くなることはないし、自分のものでなければ無理に争っても得られません」という法を思い出しました。私は、もしかすると前世で人に借りがあったのかもしれないこの方法で債務を返済しているから自然に任せよう、修煉者は師父が守ってくださるからと思いました。心を放下したら邪悪は自滅しました。しばらくして、私の携帯電話には600元通話できると表示され、師父はお金を見つけて私にくださいました。当時私は言葉で言い表せない心情でした。心の底からずっと、「師父、感謝します、師父、感謝します」と叫ぶだけでした。その時、私は師父が『転法輪』のなかで述べられた「修は己にありで、功は師にあり」の深い内涵を体験できました。

 20104月、息子の嫁は重慶の病院から北京の病院へ転院し、骨髄移植の手術を受けることになりました。もし手術が失敗したら、すべてがおしまいになります。彼女の気分は非常に重く、心の負担もとても大きかったのです。ある日、彼女の一言から、息子と喧嘩になりました。私は彼らの喧嘩を止めさせようとしましたが、彼女はすぐさま床に座り、大いに泣いたり罵ったりして精神的に不安定になり、私に向かって、とても聞きづらい言葉を口にしました。また柱にぶつかったり、壁にぶつかったりしながら、外へ走っていき、完全に理知を失っていました。普段私たちは互いに怒ったこともなく、隣近所や、親友たち皆、仲睦まじい我が家を羨ましがっていました。私は厳しい試練がまたやってきたと認識しました

 師父は『転法輪』のなかで、次のように説かれました。「肉親や親友が苦痛に見舞われた時、心が動じるかどうか、そういう時にいかに対処するのかなど、まさにこういうところが難しいのです。煉功者となることはこんなにも難しいものです!」 私は、邪悪が悪徳であっても私を邪魔することはできないと思いました。私は大法を修煉しており、師父は私たちに殴られても殴り返さず、罵られてもやり返さない」 何かをする時にはいつも他人のことを考え、問題が起きた時はいつも他人がそれに耐えられるかどうか、他人を傷つけることはないかを考えていれば、何の問題も起こりません。したがって、煉功にあたっては、高い、もっと高い基準で自分を律しなければなりません」(『転法輪』)と言われました。

 私は正念をしながら、穏やかな心で彼女をなだめ、少しも心を動じることなく、まるで彼女が私を批判していないように、「ごめんね、ママがわるかった」と彼女に謝りました。私は煉功者ですから、常人と同じにしてよいでしょうか? 私の息子はしかたなく、ただ彼女を強く抱きしめて、意外なことが発生しないようにしました。」私はずっと彼女を見守りましたが、彼女はお昼から夜まで不安定でした。私の娘がきて、やっと彼女を寝室に運んで寝かせることができました。

 治療のため北京へ出発する際、私は彼女をビルの下まで見送りしました。彼女は泣いていました。彼女が出発した後、彼女の部屋を整理するとき、一部の佛教のものを見つけました(私は以前彼女が佛教を信じていことを知りませんでした)。ですから、私が彼女に渡したMP3プレーヤーも彼女は聞かず、神韻も見ていなかったのです。そこで私はやっとなるほど、とわかってきました。これらのものをきれいにまとめていましたが、処分はしていなかったのです。なぜなら、何を信じるかは彼女自身のことなので強要してはいけません。後になって、彼女は分かってきて、私にこれらのものをすべて処分するように頼みました。

 冬休みに入って、私は孫娘と一緒に北京へ息子の嫁の見舞いに行きました。病室に入ると、息子の嫁は同じ病室のに「こちらは私の義母です。70歳ですが、法輪功を修煉してから十数年間薬を飲んだことありません。私何回も駄目だと思ったとき、心の中でずっと『法輪大法はすばらしい! 真善忍はすばらしい!』と念じながら、無事に乗り越えることができました。私と同じタイミングで同じ病気を治療しに来た人はみな亡くなりましたと言いました。同じ病室に大学生が1人いました。彼女は私に「おばあさんは本当に元気ですねお姉さんは毎日、おばあさんがくるのを待ってきました。あばあさんにとても会いたがっていましたよ」と言ってくれました。

 医者が「あなたは義母が法輪功を修煉しているといいましたね」と言うと、息子の嫁は「もともと法輪功はすばらしいものですから! あれ(中共邪党が私に何か出来ると思いますか」と答えました。私が彼女に大法のお守りとMP3プレーヤーを持っていくと、彼女はすぐそれらを受け取り、かばんに入れ(治療に行く前は自分の母の話を信じていたため、私が渡したMP3プレーヤーも持って行かなかったのです)、自ら「私はお母さんを信じません。お母さんが私にくれたあれら(佛教のもの)を私はすべて捨てました」と言いました。

 私が彼女のために持っていった大法の資料を見ると感動してずっと泣いていました。帰宅してからも、私は何回か彼女に電話をしました。彼女は泣きながら「お義母さん、本当に会いたいです」と言いました。まさに「慈悲は能く天地の春を溶かし 正念は世中の人を救う可し」(『洪吟ニ』「法正乾坤」)でした。師父の慈悲なる済度の下で、息子の嫁は難関を乗り越え、現在身体は比較的正常に回復してきました。彼女が退院してから、修煉の道を歩むことを望んでいます。もちろん、彼女が修煉しなくても、私は執着しません。

 この1年間にわたる、度重なる魔難を伴った修煉の中で、師父の慈悲なる加護と大法の威徳の下で、私は歩むことができ、向上して昇華できました。まさに師父の説かれた「もし本当にやり遂げられれば、きっと『柳暗 花明 又 一村』というように、眼前に新たな世界が開けることに気づくに違いありません!」(『転法輪』)でした。しかし、精進している同修と比べると私はまだとても差があり、法の要求に照らしてみると、その差はまだまだ遠いです。師父の『大法弟子は必ず法を勉強しなければならない』という経文は私の足りないところを指していました。私は師を助けて法を正すなかで、必ず法に同化した状態で、師父の必要とされることをしっかり円容していきます。

 師父、ありがとうございます。

 次元に限りがあり、法理に合わないところがありましたら、ご叱正をお願い致します。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2011/12/25/249023.html)     更新日:2011年12月30日
 
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