発話障害者が話せるようになった
■ 印刷版
 

文/中国の大法弟子

明慧日本2015年4月24日】2003年の秋、私は連行され、暗くて冷たい留置場に拘禁されました。ある日、1人の容疑者が3人の聾唖容疑者(窃盗容疑)と布団を奪い合って、言い争いをしました。発話障害者たちは話せないため、胸を叩いたり地団太を踏んだり、手振りをしながら、「アー、アー」と声を出すしか出来ませんでした。

 私は手話を知らないので、どうしたら、彼女たちを説得すればいいか分からず、悩んでいましたが、ふと閃きました。私は1人の発話障害者を捉まえて、手で字を書く動作をしました。彼女はすぐに私の意味が分かって、ベッドの隙間から新聞紙とペンの芯を取り出しました。留置場では、新聞紙とペンは持ってはいけないのですが、それは彼女達がこっそり隠していたものでした。

 私は新聞紙に、「私達は『真・善・忍』を修めています。法輪功は佛法です。私達は法輪功の受益者です。大法を認め、人に優しくすれば、必ず受益し、奇跡が起き、早く家に帰ることができます。私達はここで出会えた友人ですから、この縁を大事にしましょう」と書きました。この発話障害者の女性はそれを読んですぐ分かり、また、手を振って他の2人の発話障害者を呼んで来ました。彼女達は静かになりました。

 それから、私は自分が暗唱した『洪吟』の詩を彼女達に書きました。彼女達はみんな黙々と暗唱し、また私について、煉功をしたり、時々私が煉功するのを庇ったりしてくれました。

 1週間経ちました。3人の発話障害者は全員話せるようになりました。流暢ではないのですが、話せるようになったので、彼女達は嬉しくたまりませんでした。

 ある日、彼女達と布団を奪い合った容疑者は生理痛で、警官にお湯を求めました。警官は「お前は自分の家にいると思っているのか」と突き返しました。この時、1人の発話障害者は小さな窓から、「お湯が欲しい」と言いました。警官はまさかと自分の耳を疑いました。警官はお湯を持って来て、「あなたが一語言えば、お湯をコップいっぱいあげる」と言いました。結局、発話障害者はたらいいっぱいのお湯をもらって来ました。

 「発話障害者が喋れるようになった」という噂が広まり、日が暮れる前に、数人の警官が好奇心を持って、私達の部屋まで見に来ました。私は彼らに「彼女達は法輪大法を信じて、福の報いを得ました」と言いました。

 3人の中には、発話障害だけではなく、耳も聞こえない人がいました。ある日、私は毛糸で編んだパンツを洗って、スチームにかけて干していました。水を地面に垂らさないように、下には小さなボールを置きましたが、水がいっぱいになって、なぜかボールが地べたに落ちてしまいました。彼女は私の手を引っ張って、自分の耳を指差して、ボールが落ちた音が聞こえたと言いました。彼女は私を抱いて興奮して泣きました。両親は彼女が小さい時から彼女を連れて、聴覚障害の治療に奔走し、北京にも行きましたが、結局治ることはありませんでした。

 

 発話障害者の話はすぐに留置場に広く広まりました。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2015/4/4/307040.html)