明慧法会|知的障害児が健康な大法弟子に
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文/中国の大法弟子・霊児口述、同修が代筆

 【明慧日本2015年2月17日】私の名前は霊児です。生まれつき知的障害があり、話し始めるのもとても遅かったのです。幼いころは虚弱で、痩せて小柄で、人の話を理解できず、家族とも話すことができませんでした。臆病で、いつもぼんやりして、目線の動きも鈍く、母がくれたこの名に申し訳なく思っています。法を得る前の十数年間、自分自身に対する苦痛の他、家族にも苦しみや迷惑をかけてきました。

 就学年齢になりましたが、どこにも受け入れられず、結局、聴講生になりました。私が宿題をする時、母は箒を持って隣で見ていました。間違えると箒で叩かれ、結局ほとんど間違えてしまいました。私の怯えた様子を見た母は、私を抱きしめて泣きました。その後、特別支援クラスに入り、20までの簡単な算数もうまくできませんでしたが、たくさんの漢字を学びました。7年後に卒業しました。

 私も大法の修煉を始める

 1996年の初めごろ、両親が共に法輪大法の修煉を始め、両親の顔に笑顔が戻ってきました。毎日仕事が終わると法を勉強し、法を広め、煉功も怠らず、精進していました。

 ある晩、私は不思議な夢を見ました。笠を被ったおじいさんが小舟を漕いで、私をとても美しい仙境に連れて行きました。私はその場所をよく知っており、家に帰ったかのようでした。まるで絵巻き物のような美しい楼閣、満開の花が私を歓迎し、色とりどりの小鳥たちが私に挨拶をしてくれました。大きな宮殿に入り、金色の正殿には金色に光り輝く大佛様が目を閉じて、蓮の花の上に座っておられました。私がそばへ行くと、大佛様は目を開け、私の頭をやさしくなでると、また目を閉じられました。帰りは空を飛んでいました。下を見ると、下の世界は黒い波が逆巻いて、至る所が泥沼でした。

 私がどもりながらこの夢の話をすると、両親は大変驚きました。両親は私が大法と縁があると悟ったのです。こうして、私も大法の修煉を始めました!

 内からの変化 

 私は法を書き写して学んでいます。母は毎日時間を作り、向かい合って、一緒に師父の経文を書き写します。最初の頃、字が間違っていたり、歪んだり、左右に離れたりして、また、長時間座っていられませんでした。しかし、時間が経つにつれ、法理を理解し、字も上手になり、心身共に大きく変化しました。

 私は小さいころ、歩くとすぐに吐き気がして、からえづき(吐物がないが吐き気がする)をしていました。吐き気は10年以上続き、母はからえづきを聞くと、すぐ震え出します。また、頭のふけはどのように洗っても落ちず、母に怠け者と呼ばれていました。痰があり、咳をしても出ず、どうすればいいのか、母から処置法を教わりました。最も困ったのは、体中に吹き出物ができ、小さいものは落花生くらいで、大きいものは鶏の卵ぐらいでした。修煉する前は薬を塗りましたが、修煉をしてからは、この難関を突破しなければなりません。刃物で切られるような痛みを我慢し、涙をたたえながら「忍び難きは忍びうる。行ない難きも行ないうる」[1]と何度も唱え、恐れる心をしっかり抑え、「圓満となって佛果を得る、苦を嘗めるをもって楽とす」[2]を大声で読み上げ、このようにして、この難関をついに突破することができました。

 このようにして、大法は私を内から外まで変えました。

 風雨の中で向上する

 1999年7.20に、中国共産党による迫害が始まりました。晴れ渡った青空が突然、黒い雲に覆われたかのように感じました。

 ある日、警察署から警官が2人来て、台所で母と話していました。母は警官の相手をしていましたが、どこか不安そうでした。それは、私が部屋で法を写していたからです。警官が去り、母が部屋に入って来ました。私はすでに本やノート、ペンなどを片付けて、机の上には何もありませんでした。昔の私はとても無防備で、検針に来た男の人でも部屋に入れていました。そのため、家族は心配して、出かける時は、私を部屋に閉じ込めてしまいました。しかし、今回は違います。警官は共産党に指示されて来たのです。私は大法弟子で、彼らなど気にも留めませんでした。これを聞いた母は私に頬ずりをして、「よくできましたね」と、褒めてくれました。

 2002年の冬のある晩、街の幹部が家に来て、明日、書類(法輪功の修煉を放棄する)に署名するようにと言い、「署名しなければ、どうなっても知らないぞ」と母に告げました。しかし、母は断りました。「一日の師は、一生の父です。絶対に署名しません」。これを聞いた女の人はすぐに、「嫌ならいい」と帰りました。彼女が帰った後、父と妹が「発正念をしていたから彼女の背後の邪悪はいなくなったよ」と言いました。「私も発正念をしたよ。私たちはみな師父の弟子です!」と私が言うと、皆が笑顔になりました。

 あのような厳しい生活の中で、私は大いに成長しました。まったく口をきかない状態から、同修たちと法の下で交流するようになり、皆から好感をもたれています。家族が留守の時、同修のために門を開き、経文や大法の資料、伝言などを受け渡します。母は安心して家のことを私に任せることができます。「安心して。同修なら開けますが、常人の場合は絶対に開けません」と母に言いました。

 懸命に衆生を救う

 2005年、母方の祖母が突然、意識不明になりました。うわごとばかり口にし、目を閉じれば、亡くなった人たちが浮かび上がり、家族のことも分からなくなり、慌てて混乱する様子が皆を驚かせました。家族もどうすればいいか分からなかった時、ちょうど私の天目が開きました。祖母は大きなコブラに巻きつかれ、抜け出せずにいるところでした。母に話すと、家族の皆は直ぐに祖父に真相を伝え、2人を共産党組織から脱退させ、また、同時に発正念をして邪悪を徹底的に消滅するなど、直ちに行動に移しました。正念により、邪霊は消滅され、祖母は意識が回復しました。

 母は忍耐強く祖母の世話をし、「法輪大法は素晴らしい」と念じるように教えました。小脳萎縮のため、2年間近くうまく話せなかった祖母はついに「法輪大法は素晴らしい」「真・善・忍は素晴らしい」と唱えることができるようになりました。また、真相を理解した祖父母、そして、その子供たちも中国共産党の関連組織から脱退しました。みんなは毎日、祖母に唱えるようにと教え、祖母の体は素早く回復し、今では、血色が良く元気に満ち溢れています。

 祖母はダイニングテーブルを残して引っ越しました。長年使っていたテーブルですが、私の家のよりは丈夫でした。家のテーブルを変えようという母の提案で、家のテーブルをどうするのかと聞き返したところ、斧で割って薪としてとして使おうと言いました。その日の夜、テーブルが私に助けを求めようと啜り泣きをしているのが聞こえました。翌日、そのことを祖母に伝え、「何年もこのテーブルで法を書き写してきたので、変えたくはありません」と言ったところ、両親は直ぐに変えないことに決めました。そして、グラグラする脚を修理し、きれいなテーブル掛けもかけて、とてもかわいらしくなったのです。テーブルはとても喜んで私に感謝しているのを聞き、私も嬉しくなりました。

 昨年のある日曜日、突然、プリンタが動かなくなりました。父は午前中を費やしてプリンタを直そうとしましたが、結局動きませんでした。機種が古いからと、父は新しい機種に変えようとしました。母はプリンタと交流しながら、自分自身の内を探した方がいいと提案しました。私はそれを聞いてプリンタを見ると、その元神はいたずら好きな男の子で、今、外で遊んでいました。「どうして仕事をしないの?」とその男の子と交流したところ、彼は腕を伸ばし、プリンタに変身し、またすぐに楽しそうに働き始めました。父は「直った」と大声を上げて喜びました。自分自身の内を探さなければ、プリンタが悪いことにしてしまって、新しいものに変えるのはとてももったいないのです。

 さらなる精進を

 大法の書籍を書き写してすでに18年が経ちました。ほぼ毎日ペンを持って書き、大法から離れられません。何度も『轉法輪』を書き写し、他の経文もすべて書き写し、大きな恩恵を受けました。自力で生活すらできない私でしたが、今では、いろいろな家事ができるようになり、両親の手伝いもできます。知的障害があり、何もできなかった女の子から、現在の頭の回転が速く、健康な大法弟子に大きく変わり、親戚や友人たちを驚かせました。

 2011年の後半から、同修たちの提案により、私は集団学法に参加し、これにより、私の身に大きな変化が起こりました。毎週、同修たちとの2回の勉強会を除き、残りはすべて母と一緒に法を学んでいました。最初の頃はうまく読むことができず、どもるだけでなく、途切れ途切れに読むことしかできませんでした。皆に焦らずにゆっくりで大丈夫と励まされ、一文字を間違えても最初から読み直し、スムーズに、正確になるまで何度も読み直しました。次第に、ゆっくりと、一段落から始まって何ページも読めるようになり、そして、通読している過程で多くの法理が分かり、法に照らして多くの執着心を取り除くことができました。他人に指摘されたくない心を改め、内に向けて探せるようになりました。今では、集団学法の時、流暢に読むことができます。同修たちもよく協力してくれました。ここで、同修たちに感謝します。

 そして、偉大な師父に感謝いたします。私は必ず最後まで道をしっかし歩み、師父とともに本当の家に帰ります。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪』
 [2] 李洪志師父の詩:『洪吟』「苦其心志」

 (明慧ネット第11回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2014/11/12/299786.html)
 
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