【慶祝513】留置場の中で「特殊な人物」が法を得る
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文/中国の大法弟子 翔宇

 【明慧日本2019年10月28日】私は留置場で大法弟子に出会い、法輪大法の修煉を始めました。その後、刑務所に拘禁されました。その間は前後十数年でしたが、師父と大法に対する確固たる正念を頼りに、数えきれないほどの魔難を乗り越えてきました。その間に発生した数々の物語は3日間休まずに話しても、話し終らないほど沢山あります。

 第19回法輪大法デーが到来した当時、私は魔窟の留置場で法を得て、大法を実証した僅かな体験をこの紙面をお借りて、皆さんと交流したいと思います。

 留置場で法を得る

 私は留置場に入れられる前、故郷で少し有名でした。自分では義俠心に富み人情に厚いと思っていましたが、毎日利益のために争い、たくさんの業を作りました。その後、人にありもしない罪を言い立てられて、留置場に入れられました。

 私を留置場に送った警官は留置場の所長と警官に「この人は相手にしないでください。彼は何人も人を殺しました」と伝えました。警官の目的は私を孤立させ、私に掴まれた情報が外にもれないようにさせるためでした。しかし、これは逆に私を助けてくれました。私は留置場内で特殊な人物となり、私が他人に面倒を引き起こさなければ、他人が私にいざこざを引き起こすこともありませんでした。逆に、もっぱら私の面倒をみてくれたり、私にはめられた足枷を持ってくれたりする人もいました。そこで私は留置場内で監房の頭目になり、誰にも管理されませんでした

 1999年4.25以降、大法弟子が相次ぎ留置場に入って来ました。留置場では定期的に、あるいは不定期的に監禁されている囚人を集めて、法輪功に対する暴露と批判する会を開き、すべての囚人に発言させました。そこでは必ず、法輪功がいかに良くないかということを言わなければいけません。たとえ、法輪功とは何かを知らない者でも、どうしても何か捏造して言わなければいけませんでした。

 監房の人の大部分は素直に座っていましたが、私は後ろで横たわっていました。刑務所の所長が入って来ると私は起き上がり、壁に寄りかかって座りました。前の人から発言を始めましたが、あっという間に私の番になりました。当時の状況の中では私が何も発言しなくても、所長は黙って何も言いませんでした。しかし、当時、私は常人だったため少し自己アピールをしようとして、二言三言いおうとしましたが、なぜだか喉が何かに塞がれたように感じられ、しばらく声が出なかったため、一も言えませんでした。所長は異様な目線で私をチラリと見てから、他の警官に「帰ろう」と促しました。

 十数日後、また新たな暴露と批判が開始され、所長はまた皆を呼び出しました。そして、一人ずつ捏造話をはじめました。今回はみな前よりさらにそれらしいことを作り上げました。私の番になると私も少し話そうとして、アピールしようとしました。なぜなら以前は嘘をつこうとすれば、すぐ口から出たからです。しかし前回と同様に、喉が何かに塞がれられたようで、何も言えませんでした。所長は納得しない目線で私をチラリと見てから他の警官を連れて帰りました。私は何かがヘンだと感じました。今までこのようなことは一度もありませんでした。これは一体どうしたことでしょうか?

 その後、他の監房に移されましたが、ある日のこと非常に素直に見える人・Cが入って来ました。Cにどうして入ったのかと聞いてみると、自分は法輪功学習者だと言いました。私はCに「法輪功ってどうやって煉るのか、見せて」と頼みました。Cはいくつか煉功動作を見せてくれました。それを見た私は「これが犯罪になるのか? 一体、中国共産党はなんなのか?」と言いました。

 C学習者は数日間連続して毎日床を拭きました。私はC学習者に「もう一週間も床を拭いているが、どうして毎日床を拭くのか?」と尋ねました。C学習者は慌てて「床を拭くのが好きなんです」と答えました。なぜなら監房の中はならず者ばかりなので、普段なら学習者は素直で優しいので、絶対にいじめられ易いのです。その時私は正義感が湧き上がり、監房を管理する受刑者に「なぜいつもCに床を拭かせるか?」と聞きました。「C学習者は喜んで拭きます。信じられなければ、C学習者に聞いてみてください」と聞いて、その当時、私は怒りを覚えました。「なぜお前らは自分自身で喜んで拭かないのか! 誰が喜んで床を拭くか!」と声を荒げると、それを聞いていたC学習者は慌てて「本当です。自分ですすんで喜んで床を拭いています」と言うので、私は「喜んで床を拭くか! 他の人に拭かせろ!」と怒鳴りました。

 その時、私は心の中から法輪功に対して好印象を持ち始めました。特に2回も言葉が喉から出なかった後、私は常に法輪功とはどういうモノかを聞きたくなりました。一度、そのC学習者が監房の中で何かを密かに読んでいたところ、人に見られてしまいました。私に渡されてきたものを見てみると、トイレットペーパーに書かれた幾つかの詩でした。私達はそれがどういう意味か読んでもわかりませんでした。私はそのC学習者に「ここに書いてある意味は」と質問しました。C学習者は「これは私達の師父の書かれた詩です。私達は皆これを学んでいます」と教えてくれました。私は「これを学んだら犯罪になるのか? 中国共産党は一体何者か! お前はこのためにここへ入れられたのか」と聞きました。C学習者は「私は確かにこのために入れられました」と答えました。私は信じられず、「本音を言ってみろ。これを読むと留置場に入れられるのか、信じられない」と言うと、C学習者は「本当です。私達の師父は私達に善い人になるように教えてくださいました」と答えました。

 私はますます可笑しく思い、C学習者が言うことをあまり信じませんでした。留置場にはもう1人お爺さんがいましたが、同様に法輪功をやっていました。私がG学習者に法輪功とはどういうモノかと聞くと、G学習者は「あなたは何も質問しないでください。あなたには分かりません。あなたにはやれない事です」と答えました。毎度外に出される時、学習者達はいつも一緒に何か話していました。時には私は密かに学習者達の後ろで盗み聞きしました。いつも学習者達が何を話しているのか聞きたかったからです。法輪功に一体なんの秘密があるか知りたかったからです。学習者達は私が盗み聞きしていることに気づくとすぐに話を止めました。そして、私のこの謎はずっと解かれませんでした。

 おおよそ半年後、留置場がリフォームされるため、我々は一時的に他の留置場に移されました。その時、わけが分からず法輪功学習者に対して心からよい印象を持ち、普通の人ではないと感じました。今、振り返ってみると、師父の按排でした。私のような者はこのような環境でなければ、毎日のように殴ったり、殺したりしていたので、どうやって法を得られるでしょうか。

 他の留置場に移されて間もなく、新人Sが入って来ましたが、元気がなさそうでした。警官は「だれも新人Sを相手にするな。あいつは3日間食事を取ってない」と言いました。私は新人Sに「お前は何をやったのか」と問いました。新人Sは「法輪功修煉者です」と答え、「ご飯を食べるなら、ここに少しあるが」と言うと、「本当に食べませんので、ありがとうございます」と答えました。「では、水を少し飲んだらどうか」と聞いても、新人Sは水すら飲みませんでした。

 翌日、警官は新人Sに対して強制的に灌食を行なおうとし、2人の受刑者が灌食に使う道具を持って来ました。私は2人の受刑者らに問いました。「お前らは何をするのか」。「所長から新人Sに灌食するように指示されました」。私は「灌食だと、灌食して人が死んだら、お前らが責任を取るのか。灌食されるといかに苦しいか知っているのか。お前らは馬鹿か、よく考えろ」。留置場では、誰も私にちょっかいを出し、逆らう勇気のある者は誰一人いませんでした。その受刑者らは非常に困って、「A課長と所長からの指示です」。「あいつらがお前らにやれといえばやるのか。オレはお前らのために言っているが、もし事故が起きでもしたら、A課長か所長がお前らの代わりに罪をかぶってくれるのか」。2人の受刑者らは私の話を聞いて、私が灌食をするなと言っていると思い込み、帰って報告しました。

 しばらくして、A課長と副所長がやって来て、まず私に「どうしたのだ。この者と面識があるのか」と聞かれ、「面識はありません」。A課長は「それなら、どうして2人の受刑者らに灌食するなと言ったのか」。「私が灌食するなと誰に言ったんですか。私に灌食させない権利がありますか」。灌食を担当した受刑者らはいう言葉もなくなり、「それなら灌食を、今からすぐにやります」と言い出しました。私はA課長に言いました。「A課長、私はあなたのために言いますが、気管は食道のすぐ隣にあり、間違って差し込んだら非常にむせ易く、本当にむせて死んでしまったら、あなたの責任だ」と伝えました。A課長は「本当にそうなのか、驚かさないでくれ」。「あなたを驚かしてなんの意味がありますか。新人Sは私と面識もない」。所長は我々の会話を聞いて身体の向きを変え、さっさと出て行きました。A課長はその様子を見て「きょうはやめるぞ」と言って立ち去りました。

 私には毎日面会に来る者がいました。ある日、面会から帰ると、私と同じ監房にいる南方から来た子供が、身体を丸くして非常に苦しい様子でした。おそらく誰かに殴られて肋骨を骨折したようでした。この時、簡単に状況を教えてくれた者がいました。当晩の集合時間になって点号の完了後、私は聞きました。「誰があの子を殴ったのか」と聞くと、誰も答えませんでしたので、私はもう一度問いました。「誰が殴った。殴った者は全員前に出ろ!」と言うと、4人が出て来ました。当時、監房の両側は皆が寝る所で、その間は通路として使われていました。4人は通路に立っていました。私はこちらの者を殴ってから、あちらへ行き殴り、またあちらから戻って来て、こちらを殴り、次々に猛スピードで殴り倒しました。しかし、誰一人として声を出す者はいませんでした。その当時、私はまだ法を得ておらず常人でした。

 その後、この監房にいた法輪功学習者は私に対して好感を覚え、喜んで私と会話するようになりました。またよくこの法がいかに素晴らしいかを説明してくれました。ときには煉功を教えてくれるようにと頼みました。当時、私はまだ足かせをはめられており、それでも無理やり足を組みました。もちろん大変痛くて、顔が変形するぐらいでした。私の世話をしていた数人の若者が、私に煉功を教えた法輪功学習者を罵りました。「ほら、お前が教えるから、親分は痛みでこんなありさまだ!」。また一度、刑務所の長が私の座っている様子を見て、私の名前を呼びました。「〇〇、何をやっているのか」。私は「おらばないでくれ。私はいま法輪功を煉っており、これがあまりにも痛い」と答えました。「法輪功をやっているって」と、は私の言葉を信じられず、頭を振りながら立ち去って行きました。

 それ以来、学習者は時間があれば私に大法の師父の『論語』、『真に修める』など、覚えている経文を書いてくれました。学習者は『轉法輪』の第一講を半分くらい覚えていましたが、しかし、完璧ではありませんでした。学習者は「私が見たところあなたは法を得ようとしています。これではダメです。私がここから出所したら、必ずあなたに一冊持ってきます」と約束しました。学習者が書いた内容を見ると、この法は確かに大変素晴らしいものでした。その翌日、私に対する判決がおり、足かせを外されました。

 1カ月後、学習者の家族が権力のある人を探した結果、学習者 同意書も何も書かずに出て行きました。学習者が出所したので、多分すぐに私に『轉法輪』の本を届けてくれると私は思いました。

 学習者は出所してから数日後の5月に入って、私に『轉法輪』の本をもって来てくれました。当時、守衛隊長を探していました。隊長は学習者と面識がありました。学習者が私に会いたいと告げると、「法輪功をやっているあなたが、マフィアの彼になんのようですか?」と言って、届けに来た学習者を追い出したみたいです。その翌日、私がちょうど面会室で人と話しているときに、ある人Dが入って来ました。我々は互いに面識がなかったのですが、ひと目見てその人Dが私に本を持って来た、という特別な強い感覚を覚えました。そしてDに聞きました。「誰を探してますか?」。Dは「あなたは〇〇お兄さんですか」と聞かれ、私は目の前のテーブルを指差しながら「私に本を持って来たのなら、そこに置いてください」と言うと、Dはびっくりして本を置き、慌ててそこを立ち去りました。

 本を受け取ってからすぐに半分くらい読みましたが、それから後半はどうしても頭に入らなくなりました。

 7月の頃にまた、1人の法輪功学習者Nが精神病院から移されて入所して来ました。Nの住む村で窃盗をしたり、殴り合いをしたため、刑を言い渡された人Mがいましたが、釈放されてからすぐにまた強盗をして捕まりました。そのMに「あなたが法輪功学習者だというなら、我々は刑を言い渡さない」という人がいました。そして中央テレビ局の「ニュース30分」で、法輪功をやっている人がまた窃盗し、強盗をしたと報道されました。それを知ったこの法輪功学習者Nは小さなスピーカを持って天安門広場に行き、「『ニュース30分』で報道された内容はみな偽りでウソです。その人はうちの村の人Zだ! Zは以前に刑を言い渡されたことがあり、法輪功をやっている者ではない!」と大声で叫びました。私服警官がNを捕まえにやって来ましたが、Nは走りながら「法輪大法はすばらしい!」と叫んで逃げましたが、とうとう捕まりました。ちょうどそこへ1人の外国人が通りかかり、どういうことかと質問しました。私服警官は慌てて「この人は精神病者です」と答えました。こうしてその学習者Nは精神病院に送られて、半年間拘禁されました。

 このN学習者が我々の監房にやって来た翌朝、私は他の人に学習者を呼んで来てもらい、煉功を習おうとしました。するとN学習者は目が覚めてから、まだここが精神病院だと思い、「何をするのか!」と大声で叫びました。「お前はなぜこんなに騒がしいのか? ちっとも大法弟子らしくない」と私が言うと、N学習者は「あなたは何をやりたいのですか?」と逆に聞かれました。「煉功を教えてほしい」。N学習者はどういうことかワケが分からず、「このことをなぜ、私に頼みますか」と聞き返しました。「他の法輪功学習者はみな真・善・忍で対処しているが、煉功を教えてくれと頼んだことが、こんなにもめんどくさいのか。本当に大法弟子か」と再び聞き返しました。そこでN学習者はやっと事情がのみ込めて、「私が間違っていました」と言いました。

 そして学習者は私に煉功を教えてくれました。N学習者の動作をみた途端に分かりました。N学習者の動作はあまりにも違うものでした。「もうやめろ、お前の動作はあまりに違いすぎる。オレの動作をよく見ろ」と言って、私がやりだすと、今度はN学習者が笑い出しました。「やめてください。私達は同じレベルです。いずれもあまり正しくありません」

 ある日の煉功後、私は本を読み始めました。頭に入らなかったので学習者を呼びました。「来て下さい、あなたに見せたいがあります」。学習者は私が常人のを読んでいると思い、すぐ手を振りながら「私はあなた達のを読みません」と言うので、「これを見てくれ」、差し出されたを手にした学習者はびっくりしました。「どこから手に入れたんですか」、「読みたいですか」と聞くと、「ええ、もちろんです。読みますとも」と慌てて答えました。学習者は本当にそのを手離さず、読みたいけれど、また緊張して周りをうかがいました。私が「安心して読んでいい、誰も邪魔しないから」と言うと、学習者はやっと読み始めました。学習者はずっと読み続け、食事も取らずに一気に、数時間も通して読み続けました。学習者のこの様子を見て、このには絶対何かがあると思い、好奇心を覚えました。「なぜ、こんなに長く読んでいるのか」と聞くと、「まだ、よく読んでいないあなたは読みたいでしょう。でしたら、あなたが先に読んでください。夜中とか食事の時間に、あなたが読まない時にまた読ませてください」と申し出ました。

 私はをもらうと、最初から最後まで超真面目に読みました。今回やっと『轉法輪』の本は本当にすばらしいと思いました。当時、常人だった私は1回読み終えたら、また読みたくなり、学習者に貸してあげたくなくなりました。ある日、私が本を読んでいると、刑務所の所長に見られました。所長は「なんの本を読んでいるのか?」と聞きました。私は「法輪功の本、『轉法輪』を読んでます」と答えました。所長は私がジョークを言っていると思い、「お前が『轉法輪』を読んでいるって? ウソだろう」と言いました。私が『轉法輪』所長に見せたところ、所長はびっくりして、「本当か! よし、お前のような者でさえ『轉法輪』を読めば、この社会の治安管理を誰もやる必要がなくなる。はやく読みなさい、しっかり読んで」と言い残して立ち去りました。それからは、何回も何回も繰り返して読むことができました。

 その後、3号の監房が乱れて荒れているということで警官らは私を3号に移しました。3号に入ったとき、私は「ここに法輪功をやる人者いないか?」と聞くと、1人の受刑者が「います、この人です」と指差してくれました。こうして私はまた、大法弟子Bに出会いました。私がBに『轉法輪』を見せると、最初、Bも「あなた達の本を読みません」と言いました。「だったら、どんな本なら読むのか」、「私は私達の修煉を指導する『轉法輪』だけを読みます」、「だったら、これがなんの本が見てみろ」、『轉法輪』を目にしたBはびっくりしました。そして、「あなたは煉功者ですか」と聞かれ、「どう言えばいいか、オレが煉功者と言っても、オレはこのことで入所したわけではない。煉功者ではないが『轉法輪』を読んでいる」。Bは「ここでこの本を読めば、懲罰を受けます」と言いました。「読みたければ思う存分読めばいい。何も気にするな」と言っても、Bは読む勇気がありませんでした。そして、私の隣で少し『轉法輪』を読むだけでした。

 そもそもBは警官に強要されて、もう煉功しないという「保証書」を書こうとしていたところを、私に出会ってから、また修煉の意志が固まりました。

 お昼になると、私はBを呼び出して煉功を教えてもらいました。Bは以前に輔導員でしたので、動作が非常に正しかったのです。Bのおかげで、第一から五式の法輪功の功法をほとんど全部学ぶことができました。

 その後、所長と副所長が私に、4号監房の人が複数のグループに分かれて、誰も管理できないので私に管理してほしいと言ってきました。「私は今、法輪功をやっていますので、これらの面倒をみません」と言うと、「4号監房の連中には黙っていればいい。お前が法輪功をやっているとは思わない。早く4号監房に行って管理しなさい」と言われました。誰も4号監房の者は、私が法輪功をやっているとは信じませんでした。

 4号監房に移されると、私は座って大法の本を読み始めましたが、誰も何も言いませんでした。そして、監房はすぐに秩序正しくなりました。時間になると皆一緒に座り、自ら掃除当番をしたいと願い出る者さえいました。この監房にも同修がいましたので、毎朝、私と一緒に煉功しました。

 その後、親戚が面会に来た際に「おじさん、皆あなたが帰って来るのを待っているのに、どうしてこれ(法輪功)をやるんですか」と聞きました。「そんなことを私に言わないでくれ、この法を絶対に修めると決めたので、何を言ってもこの心は変わらない。私は他に何もいらない、この法だけが要る」と答えました。

 私は毎日普段お昼にシャワーを浴び、それから同修と一緒に外に行き煉功しました。その日のお昼に、トイレに行ったとき、私の世話を担当していた若い受刑者Kが水の入ったタライを持って、隣でしゃがんで私を待っていました。そして、Kが突然「兄貴、それはなんですか」と言い出しました。私が見てみると、私が出したのはすべて非常に真っ黒な血でした。Kが私に話かけた時はすでに結構長い時間真っ黒な血を出していました。しかし自分ではそれに気づかず、見てびっくりしました。しかし、気分も悪くないし、非常に心地よく感じましたので、別に気にしませんでした。シャワーを浴び終えてから、普段通りに煉功しました。煉功後、帰る時に同修にこのことを話しました。同修は「本当にそれはよかったです。師父があなたの面倒を見られ、悪いものを排出され、師父があなたの身体を浄化されています」と教えてくれました。

 その後、警官はまた私を1号監房に移しました。それから以後、私は本当に真剣に大法の修煉を始め、そして、ますます精進しました。

 ますます精進する

 刑務所に拘禁されてからの私は公に堂々と修煉しました。私の所には大法の書籍がすべて揃っていました。作業用テーブルの隣に大きな工具箱が二つありましたが、その中に師父の説法、新しい経文、ひいては2007年のオーストラリアの学習者に対する説法のDVDもありました。毎日学法以外にも煉功をし、時間があれば、新しく入った者に法輪功迫害の真相を伝え三退を勧めました。一度、外の同修にジョークで、「あなた達は在家修煉者ですが、私は専業修煉者です」と言ったことがあります。

 普段、刑務所内で中国共産党活動があるとき、私は参加しませんでしたし、警官らも何も言いませんでした。警官らには私を無理やり参加させる勇気もありませんでした。なぜなら、そんな場所に行くと人が多いほど、私が「法輪大法は素晴らしい」と叫ぶからです。警官らは私に対して、どうしようもありませんでした。

 一度、雨が降っている中で何かの活動がありました。全員必ず参加しないといけないと要求されましたが、そもそも私は参加したくありませんでした。しかしよく考えてみたら、参加してと言われれば、参加しよう、別に怖いこともないのだからと思いました。私が最後に監房から出て来たところ、刑務所の教導員が私の顔色がよくないのを見て、「どうした? 参加したくないのか?」と聞きました。「いいえ、別に、あんたらが全員参加するよう通知したでしょう。それで、参加すべきではないのか、よく考えてみて、あんたにメリットがあれば参加します。デメリットがあるなら参加しません」と言うと、教導員は慌てて、「参加しなくてもいい、しなくていい。私が言った全員とはあれらの常人です。あなたは参加する必要ありません」と言いました。

 教導員さえ、大法弟子は常人ではないことを知っていました。私の監視役の4人の受刑者も、みな笑っていました。

 ある日、私は豚小屋に電話しに行きました。刑務所で三退させた名前を外の同修に伝えるためでした。普段、私は携帯電話を豚小屋の壁に隠しておき、使う時に動かすことのできるレンガを取り出してから、隠しておいた携帯電話を取り出し、携帯電話を使い終わったら、元の場所に戻しました。その日、刑務所の所長は恍惚として私が豚小屋に走って行くのを見て、慌てて追いかけて来ました。私はそこの責任者である故郷の者に会うと、状況を伝えました。所長は私に動かないようと言い残し、状況を見に行きました。

 刑務所の所長はその責任者に聞きました。「お前達の所は合わせて何人いるのか?」、「11人です」。全員集合して何回も確認しましたが、ちょうど11人で、多くも少なくもありませんでした。「誰かが走って来たのを見た者はいないか」、「いません」。「わかった、オレが見て来る」

 その際に私は最後の列におり、豚小屋のすぐ隣に座っていました。私はすぐ手のひらを立てて発正念をしました。所長の足音がますます近づくのが聞こえてきました。私は「来るな!」と強大な一念を発しました。その結果、所長はそこに止まって、口では「どこに行ったのだ」とつぶやきました。それから身の向きを変え、去って行きました。もし、あと2歩前へ進んでから壁の角を曲がると私が見えるところでした。師父の見守りで、私はこの難を乗り越えました。

 しばらくすると、同郷の者がやって来て、「所長が先程ここに来たけれど、あなたはどこに隠れていたのですか」と聞きました。「ここにいたよ、どこにも隠れていない」。「所長はあなたを目にしなかったですか」、「所長には見えないようにしたから、所長に見えるはずがない」。郷の者は「法輪功には本当に不思議な力ある」と言いました。

 刑務所で学法したい同修がいれば、どの書籍が必要だと教えれば、私はすぐにその書籍を提供しました。ある年の冬の朝6時すぎ頃、外はまだ暗かったのですが、私は同修に書籍を届けるために監房から出て行きました。途中で刑務所の1人の課長がちょうど道の横にある花畑のそばで、しゃがんでいるのが見えました。5メートルもいかない距離だったため、お互いに相手が誰かが分かりました。課長は私を指差しながら「きみ、きみ…」と言いましたが、私の名前を言い出すことが出来ませんでした。その様子を見て、私は走って逃げました。私は前を走り、課長が後ろから追いかけて来ました。同修の監房がいる区域まで走って行くと、すぐに同修の監房に潜り込みました。

 その時、課長は私を追いかけることをやめ、その区域の外の道で私を待ちました。おそらく私がどの監房に入ったか分からず、見逃すことを恐れて、あっさりとこの通り道で私を捕まえようとしました。なぜなら、私が自分の監房に帰るにはその道しかないからです。ですから、そこで待っていれば私を必ず捕まえられると思い、そこを離れませんでした。

 私は同修に状況を説明し、同修が必要とした書籍を渡しました。しかし、同修は怖がって受け取ってくれませんでした。その課長が監房に入って捜索すると、大きな出来事になるからです。しかたなく、私はまた持ち帰るしかありませんでした。同じ道を通って帰ることが出来ないため、私は反対方向の生活区に向かって走りました。課長は私が反対方向へ走っているのを見て、慌てて追いかけて来ました。生活区域で1人の同郷の者を探し、同郷の者に状況を説明し、同郷の者がご飯を入れるカゴを集める機会を利用して、車を一台探し出し、私をその車に載せてから帰らせるように頼みました。

 同郷の者は順調に車を探して来てくれ、私を運転室に座らせました。私達が監房の入り口で降りると、その課長は超真面目な様子で、まださっきの道で私をじっと待っていました。監房に戻ってから、私はわざと皆に声をかけました。その目的は担当の班長に私が無事に帰ったことを知らせるためでした。

 しばらくすると、先程の課長が私達の監房にやって来て、大声で怒鳴りました。「お前達の監房は人数が不足していないか」。担当の者は「足りています」と答えました。「足りている? 〇〇はいるか? 先ほど明らかに〇〇が外にいるのを見かけたが、どうして真っ赤な嘘をつくのか」と怒鳴りました。「あり得るないです、〇〇はずっと監房の中にいました。さっきも〇〇に会いましたが…」、「〇〇は今どこだ?」、「あの部屋にいます」

 この時、私はちょうど部屋のベッドに横になっており、皆私がまだ寝ていると思いました。「〇〇を起こしましょうか」、「起こさなくていい」と言い残して、課長は歩いて帰りながら「本当に不思議だ、どういうことなんだ?」とつぶやきました

 師父はまた私を助けて、一つの難を乗り越えさせてくださいました。私達は大法弟子です。師父の見守りがあるので、奇跡が現れました。私の修煉環境はこうして刑務所内でも切り開かれました。

 一人の大法弟子として、どのような状況下に置かれていても、ただ心の中で師と法を固く信じていれば、師父は時々刻々と私たちの身辺にいらっしゃいます!! まるで師父のおっしゃたように「いかなる困難にも阻まれないほどの固い決意をもっていれば、何の問題もないでしょう」[1] 、本当にその通りです!

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪』

 (明慧ネット2018年「慶祝世界法輪大法ディー」原稿)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2018/5/17/365021.html)
 
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