師父の言葉に私は目が覚めた
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2020年10月31日】私は長春市の81歳の大法弟子です。私と同じ年の夫も修煉者でしたが、2020年8月20日に他界しました。

 私は、夫と手を携えて共に26年間、修煉の道を歩んできました。26年間、私たちは一緒に学法煉功発正念をし、法輪功真相を伝えて人を救い、ほとんど一緒に行動して、離れたことがありません。

 4月末、夫は妨害されて病業が現れました。最初の頃、私は自信満々で、師がおられ法があるから、この関を必ず乗り越えられると思っていました。この過程の中で漏れがあって魔に隙きに乗じられたのではないかと認識し、学法、煉功、発正念をして、絶え間なく内に向けて探し、絶え間なく発正念をしました。しかし、改善は見られませんでした。

 病業の仮相が現れてから亡くなるまでの117日間、夫の手から大法の本が離れたことはなく、ずっと法を読んだり『論語』を暗記したりしていました。夫は「私はもっと多く法を勉強し、多く法を暗記しなければならない、私の頭の中には法しかない」と言ったことがあります。

 夫の様子からは、あまり苦しそうには見えなかったのですが、どんどん痩せ細っていました。後期になると、夫は「これは私の難かもしれない、債務だ。この借りを返さずに行くわけにはいかない」と何かを悟ったように言いました。

 最後には、歩くことができなくなり、食事も喉を通らなくなって、子供たちが薬を飲むよう強制した時、夫は飲みました。その後から、私は夫が圓満できるのかと心配するようになり、夫は逝ってしまうのではないかと恐れ、あれこれ恐れて仕方がありませんでした。その時、私は本当に崩れそうになり、子供たちが見ていないところで、どれだけ涙を流したかわかりません。

 亡くなる7日前、子供たちは夫を無理やり病院に連れて行きましたが、夫は「私は薬は飲まない、家に帰るのだ(おそらく天上の家)」と言い続けていました。医者が名前を聞いた時「法輪大法は素晴らしい」と笑顔で答えました。看護婦さんから「調子はいかがですか?」と聞かれても「法輪大法は素晴らしい」と答えました。

 その間、亡くなる直前まで、夫はずっと私に「必ずしっかりと学法と煉功をして、家庭菜園はもうしなくていい」と言ってくれました。私はその通りに約束をしました。

 子供たちがとても心配している中、夫は非常に落ち着いていました。

 その日、家族全員が病院に揃っていました。 昼食の後、子供たちは廊下に出て話し合っており、部屋の中には私、末息子、孫がいました。 突然「○○○、あなたはすでに圓満成就になり、師父は家に連れて帰ります!」と朗々としている師父の声が聞こえてきました。師父の洪大な声が耳を震わせ、まるで大穹から伝わってきたような、人間の言葉では表現できないような声でした。その音声の力で、ベッドの前に立っていた孫(15歳、体重80キロ)が揺さぶられ、倒れそうになり、ベッドの前の収納庫の扉が開きました。子供たちはみんな驚いて、何が起きたのか分かりませんでした。孫は「この強大な声で立って居られなくなったよ」と言いました。

 その時、末っ子の息子は、お父さんが震えて目を大きくしたのを見て「お父さん、どうしたの?」と聞きました。私も我に返り「師父の声が聞こえた?」と夫に聞いてみました。夫は感激した表情で頷きました。

 2時間後、夫は笑顔でこの世を去りました。その時に泣くこともなく、子供たちは直接師父の言葉を聞いていませんが、父親の笑顔から何かを読み取ることができたようで、みんな静かに父親を見送りました。

 長年修煉してきた私はずっと夫に頼っていました。師父の新経文や同修の交流文章などは、全て夫がダウンロードし、既成のものを用意してくれたので、今までの私はパソコンが使えませんでした。夫がいなくなった今、私は、悲しみに陥り抜け出せない状態でした。

 師父はなぜそれを私に聞かせて下さったのでしょうか? それは、私の情が山のように重く、恐れる心が多すぎるからです。師父はもどかしい気持ちで、耳のそばで厳しく私に悟らせて下さいました。私は「皆さんの時々刻々が修煉の道にあり、時々刻々、私が皆さんを管理しています。自ら妨害を招いてはいけません。最後の残り少ない道をしっかり歩んでください」 [1]を思い出し、師父はいつでも時々刻々と私のそばにおられることが分かり、師父のご恩に感謝しています。

 しかし、情というものはゴム紐のようなもので、時々飛び出てきます。夫が亡くなった後、息子は私が情景に触れて悲しくなるのを心配して、私を旅行に連れて行きました。山や川を見て、物事や人が変わり、またもや目に涙が浮かんできました。目に涙が浮かぶたびに、すぐに師父の警告が耳に鳴り響き、私を目覚めさせて下さいました。

 私はまた師父の説法を思い出しました。「親族の情に執着するならば、必ずそのために疲れ、まとわり付かれ、魔がさし、情の糸をつかんで一生をかき乱されるのですが、年を取って、悔いてももう遅いのです」 [2]。「下手をすると堕ちていき、修煉を台なしにしてしまいます」 [3]

 私は「情の中に浸ると堕ちてしまうことになる」と、突然悟りました。

 修煉を始めて以来『轉法輪』を19回書き写し『洪吟』5冊を全て暗記しましたが、本当に悟ったのは、師父が私を揺さぶるように警告を鳴らしてくださったあの日の出来事です。

 師父はこのように説かれています。「情は、もがけばもがくほど締まる網」 [4]。私は情の中に陥りたくはないのです。私はしっかりと自分自身を修め、より多くの人を救い、師父が私のために延長して下さった修煉の道をしっかり歩んで、圓満成就して師父について家に帰ります。

 この文章を書く目的は、私と同じ経験をした同修に、人間の情の中に溺れて真相を伝え衆生を救う先史の大願に影響しないように、告げたいのです。師父は、私たちが修煉を終えて家に連れて帰る日を待っておられるのです! 

 注:
 [1] 李洪志師父の経文:「再び棒喝」
 [2] 李洪志師父の著作:『精進要旨』「修める者の忌」
 [3] 李洪志師父の著作:『轉法輪』
 [4] 李洪志師父の著作:『洪吟三』「あなたの想望は何か」

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2020/10/21/414050.html)
 
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