修煉を初志貫徹し、人を救うことを怠らない
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 文/黒竜江省の大法弟子

 【明慧日本2021年2月6日】私は1996年に法輪大法の修煉を始めました。修煉する前は長年、薬が手放せず、人生に苦しみ疲れていました。苦しい人生がいつ尽きるのか、とても困惑していました。法輪大法を修煉してから、師父は私の体を浄化してくださり、すべての病気が治りました。修煉してから24年間、私は薬を飲んだことがなく、体は健康で、若者と同じように元気に仕事に取り組んでいました。外に出かけて真相を伝えるとき、いくら遠いところまで足を運んでも疲れを感じませんでした。

 師父は苦難の中から、私を救ってくださいました。私は楽観的で陽気になり、親戚や友人たちは私の大きな変化を称賛しくれました。私は法輪大法の真・善・忍の基準で自分を律し、大法の恵みを浴びながら、幸せに暮らしています。師父への感謝の気持ちを言葉では言い表せません。

 事態が急変し、師父に従って歩んでいく

 1999年7.20、江沢民らならず者集団は邪悪な中共を利用して法輪大法を迫害し、中国本土は赤色(中共独裁)の恐怖に包まれました。私の気分は重く、落ち込んでいました。

 夫は「中共はヘビやサソリよりも毒を持つ生物だ。中共と戦うのは、卵で石を打つことだ。この家のために、私のために、我々子供の未来のために諦めなさい」と私に要求してきました。私は真剣な顔で「修煉を諦める? それは絶対にありえない」と言い返しました。夫はテーブルを叩きながら「法輪功と私、どっとを選ぶんだ?」と尋ねてきた時、「両方とも選ぶわ、そもそも対立していないんだから」と答えました。

 会社は私に大法の本を引き渡すことと、修煉しない「保証書」を書くことを要求しました。夫と会社の両方からくる圧力で、崖っぷちに立った気分で、大変苦しみました。苦しい中で、多くの質問が頭の中に浮かんできました。このような正しい師父、これほど良い功法を中共はなぜ迫害するのか。私に何ができるのか。節操がない人になるのか、あるいは宇宙の真理を守る人になるのか等々。私の答えは肯定的でした。大法は自分の命の根源で、諦めることは絶対ありえません。私は師父に従って歩んでいき、絶対に道に迷わないと決めました。

 誓約を守り、人を救うことを怠らず

 「法を勉強すれば、あなた自身は法を得たのですが、得ること、大法からメリットを得ることばかり考えているのでしょうか? 言い換えれば、大法弟子が迫害され、大法が汚されているのに、あなたは立ち上がって何も言わないのであれば、法を得る資格があるのでしょうか? つまりこういう意味です」(『二〇一〇年ニューヨーク法会での説法』)

 迫害されてから10年後、師父のこの段落の法を読んで、自分が歩んできた道を振り返ってみるとほっとした気持ちでした。師父の要求に従って行ってくることができたと思ったからです。

 人心を放下し、大法弟子が行うべき法を実証し、迫害に反対する活動を始めました。最初は夜に真相資料を貼るために出かけ、一軒ずつ真相小冊子を配りました。

 『共産党についての九つの論評』が発表されてから、同修と一緒に日中に『共産党についての九つの論評』を配り、面と向かって真相を伝え、人を救いました。市内は回りきったので、私は電動三輪車を購入し、4~5人の同修と一緒に、農村へ真相を伝えに行きました。急な坂道に出くわしたとき、私たちは降りて車を押しながら登り、小さい川を前にした時、私たちはズボンをまくり上げて川を渡りました。

 冬になってくると、電動三輪車は使用できなくなります。経済的な圧力がある中で、自費で車を購入し、同修と300以上の町や村を回りました。私たちは一軒ずつ真相を伝え、真相資料を配り、人を救いました。毎日数十人から百人まで三退させました。一年中、厳しい寒さと灼熱の暑さでも、最前線で人を救いました。

 真相伝えに出かける前に、まず師父に線香を立てます。弟子たちが多く衆生を救え、行く地域の空間場と周囲環境の邪悪を取り除き、衆生が真相を理解し救われることを妨害する一切の邪悪生命と要素を取り除くように師父に加持をお願いします。

 黒龍江省の冬は非常に寒く、雪も積もっていて、坂道は滑りやすいのです。滑り止めの車輪を使用していますが、横滑りで、路肩の溝に落ちそうになったことも何回かありました。

 遠くの村には、1000部くらいの真相小冊子と、明慧カレンダーを持って出かけます。行き来で200キロ以上かかる場合もあります。運転手の同修は大変です。長距離の運転と、街に入ってからは綿密に周囲の安全を確認します。他の同修が資料を配って足りなくなったときには、互いにすぐ届けるようにします。

 真夏日には、真相を理解した村民たちが、胡瓜、メロンを渡してくれたりしますが、我々は丁寧に断ります。冬には、体を温めてから去るように、室内まで招待してくれます。

 長年真相を伝える中で、感動的な出来事が多くありましたが、その中の一つの事例を述べます。ある女性に真相を伝え、いろんな方面から詳しく話しました。女性も真面目に耳を傾け、本名で三退しました。私は次のように話しました。「歴代の政治運動で、迫害されたのは全て中国人のエリートたちでした。私が知っている先生ですが、その先生は学生や保護者から認められた優秀な教師です。先生は法輪功学習者で、学びたい人にボランティアで動作を教えていましたが、迫害が始まってから、先生はいわゆる「重要人物」とされ、信仰を放棄するように圧力が加わりました。先生は法を実証するため、北京に行き、信仰をあきらめませんでした。そのため、学校からは辞めさせられました。数回監禁、家宅捜索されました。先生の夫は繰り返される脅迫と打撃に耐えきれず、悲しくもこの世をさり、先生も迫害から避難するため、故郷を離れることを余儀なくされました。子どもたちの面倒を見てあげる人もいませんでした。真・善・忍に基づき良い人になろうとする人たちが、中共に迫害されて、家庭が破綻しました」。

 この女性は聞きながら涙を流し「中共は非人道的なやり方で、善良な人々を迫害しています。これは容認できないことです。私はその先生の手助けをしたいです」と話しました。その時、私は戸惑い思いました。今の時期に法輪功のために公正な話をする人はいません。教師の同修が監禁されてから、家族は人脈を使って公安局の人に釈放を求めましたが、その公安局の人は、殺人犯でもコネを使って釈放できるが、法輪功についてはなすすべがないと話しました。一般市民がどのように手伝えるでしょうか。

 私は人心でこのことを思い、女性の話を気にしませんでした。思ってもみないことに、半月後、学校からは教師の同修の停職処分が取り消され、1999年から停職中だった給料も全部支払われました。

 人を救う過程で、師父はずっと我々を見守ってくださいました。ある日、私はかばんに真相資料を詰め込んで、村のショップに入りました。中には十数人の人が、麻雀をやったり、雑談をしていました。私は笑顔で「もうすぐ新年です。皆さんに良いものを差し上げます」と話すと、人々は寄ってきました。私は年賀状、明慧カレンダーなどを取り出し、人々は自分が好きなものを取りました。

 その中の、一人の中年が大声で「あなたのこれらは全部法輪功を宣伝するものじゃないか。身分証明書を見せなさい」と話しました。私は笑いながら「法輪功は良い人になるように教えています。法輪功の弟子たちに対して優しくすると、良い報いがあります。あなたは中共に騙されています。これらの資料を読んでみてください。すぐ分かりますよ」と話しましたが、彼は私の話を聞かず怒鳴り続けました。

 この時、その男性と同じ年齢ぐらいの人が「法輪功があなたに何をしましたか? このおばあさんは、遠いところからやってきて無料でくれているのに、必要なければ、もらわなければいいでしょう。そんな悪徳なことをやってはいけないよ」と話しました。そして、私を手伝って片付けてくれながら「お姉さん、早く行きなさい」と言ってくれました。

 私はお礼を言って、すぐ運転手の同修に電話し、早めに他の三人の同修を迎えに行くよう伝えました。我々が村を出てからすぐ、パトカーが村に入ってきました。師父が我々を保護してくださいました。

 疫病期間中に人を救う

 師父は「二〇〇七年ニューヨーク法会での説法」の中で次のようにおっしゃいました。「現在、最大のことは衆生を救い済度することにほかなりません。多くの人を救ってください! これは即ち、最大のことです」

 去年の初め、中共ウイルス(武漢肺炎)が拡大し始めてから、我々の団地も40日以上封鎖され、外出は2日に1回と制限されました。

 人類の大淘汰の始まりなのかと思い、人を救うために残された時間は多くないと思いました。私は大法弟子で、人を救う責任と使命があり、2日に1回の外出は人を救うことの妨害だと思いました。私は毎日出かけることが出来るよう師父に助けを求めました。

 私はいつものように、朝8時に家を出て、警備に笑顔で「親戚と友人の、冬を過ごすための野菜を全部私の倉庫に保存しています。毎日倉庫の薪ストーブを燃やさないと、これらの白菜、じゃがいも、人参などの野菜は凍ってしまいます。いくつかの家族の食べ物なので、私は毎日行かないといけません」と説明しました。私は毎日出かけ、同修に資料を配分するなどの仕事も行いました。

 街はいつもと比べると、人が少なくなってきましたが、毎日4~5人は三退できます。人が多いときは十数人の三退ができ、真相資料も配れます。

 長年真相を伝える中で、いろいろな人々に出会います。「こんな寒い中で、いくらもらえるの?」と質問する人もいれば、「そんなにやる事がないのか」と皮肉を言う人や、「共産党に反対するのか。通報するぞ」と脅す人もいます。何が起こっても、心は動じません。出会う人々に親切で、寛容な心で理解しようとします。それは、衆生が中共に騙されていて、分かった一面は救われることを待っているのだと分かっているからです。

 人々を救うために、慈悲心を持って優しく人に接し、人の負の要素に触れないようにする必要があります。多くの人は私が話す真相を受け入れてくれます。ある日、私は中学生4人を三退させました。その中の男の子は「おばあさん、ありがとうございます。良い報いがあるように」と言ってくれ、横の女の子は「おばあさんが毎日元気でありますように」と言ってくれました。他の2人も祝福の言葉をかけてくれました。また、ある中年の婦人が真相を理解し、三退してから私の手を握って「今日は貴人に出会いました」と言ってくれました。

 人を救う過程は苦しいときもありますが、人々の救われたあとの喜びを見ると、我々に人を救える機縁を按排してくださった師父に感謝します。実は、師父が衆生を救うことをなさっており、我々は口を動かし、足を運んで、縁がある人に駆け寄るだけです。

 パソコンを学ぶ

 三つのことをしっかり行うために、私はさまざまな困難を克服し、パソコンの使い方を学びました。資料のダウンロード、資料の印刷、三退リストの登録、真相カレンダーの印刷などの操作ができるようになりました。私は毎日明慧ネットにアクセスし、同修の修煉交流文章を読んでいます。修煉の道で、全世界の同修とともに精進していきます。

 ここ数年来、私は真相を知らない人に通報され、数回逮捕されました。そのたびに、我々は警察に真相を伝え、魔の巣窟から正念を持って抜け出せました。師父の慈悲なる保護に感謝し、同修の正念を持った協力に感謝します。

 師父は「二〇〇九年大ニューヨーク国際法会での説法」で次のようにおっしゃいました。「苦しいことは、いくら苦しくても、乗り越えると分かるようになります。しかし、望みのない寂しさの中で黙々と修煉し、希望が見えず、これは最も難しいことです。いかなる修煉もこのような試練があり、このような道を歩むのです。ですから、終始一貫して、絶えず精進することこそ本当の精進なのです。このように話していますが、行なうことは本当に難しいのです。ですから、初心を忘れずに修煉していけば、必ず正果を得ることができると言われています」

 学法する中で、これは師父が我々を成就させるために按配してくださった修煉の道で、我々が必ずしっかり歩むべき天に登る道だと分かりました。私は修煉の中で、安逸心、苦をなめることを恐れる心、時間に執着する人心などを捨てました。

 最後の道をしっかり歩む

 夫が亡くなってから10年以上経ちますが、一人暮らしで生活は充実しています。毎日、朝3時に起きて、煉功発正念、法を暗記してから、午前中に人を救うために出かけます。午後には学法、夜には明慧ネットの同修の交流文章を読みます。たまには自分の体験文章を投稿します。十数年このような生活を続けてきて、理由もなくこのスケジュールを崩しません。その他にも、不法に監禁された同修を救助するため、正義感がある弁護士を雇い、同修の弁護をお願いし、病業中の同修に発正念をして助けています。

 時間を節約するために、私は1日2食しか食べず、ご飯を作るときや食事をする時は、明慧ラジオを聞いています。私の心身は法の中に溶け込み、自分の使命を忘れていません。努力して、師父に安心していただき、合格した大法弟子になります。精進して、さらに精進して、自分を修めることを最優先し、法を正す修煉の最後の道のりをしっかり歩み、師父とともに家に戻ります。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2021/1/19/418764.html)
 
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