子供の鬱病はこうして良くなった(一)
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文/遼寧省の大法弟子 迎春  

 【明慧日本2021年2月11日】現在私は修煉して22年になりますが、最近自分の頑固な執着心を取り除いた過程を書き出して、同修と交流し切磋したいと思います。法に則っていない所があれば、同修からの慈悲なる指摘をお願いします。

 一、自我に執着し、転んだ

 私は1998年から大法の修煉を始めました。多くの法を実証するプロジェクトは一度やればすぐに覚えて出来ました。これらの技能は師父が下さったのだと知っていますが、しかし、やはり自分はなかなか優れていると思い、時間が経つにつれ、自我の心が膨張していきました。

 多くの同修が私に手伝いを求めるにつれて、ますます忙しくなり、他の人から必要とされ、尊重され、とても充実していると思っていました。ですから、法を実証するプロジェクトを抱え込み、同修が自分で出来るように教えるのではなく、厳重に他の人が自分の道を歩むことを妨害しました。

 深く掘り下げていくと、他の人を手伝う背後には、「自分のため」というのがあり、自分の名と虚栄心を求める心を満足させるためでした。私は常人の中の名誉や地位は求めませんが、大法弟子が行うプロジェクトを求めてこの感覚を得ていました。強い執着心が旧勢力によって隙に乗じられ迫害を招いてしまい、不当判決の3年を下され、修煉上で転んでしまいました。

 二、内に向けて探さず、環境が緊張する

 迫害を受ける前、私はいつも笑顔で、恐怖心もなく、正々堂々と修煉していました。多くの疾病が大法を修煉してから無くなり、仕事もコツコツとして、息子も聞き分けがあり、勉強も良く出来て、親戚や同僚たちも大法が良いと知っていました。巣窟の中で、私を監視する受刑者にも、私はいつも笑顔でいました。

 私が出所して家に帰ってきた後、全てが以前とは一変していました。私は3年刑務所にいたので、家族に相当大きな被害があり、最も大きな影響を受けたのは子供でした。

 息子が3歳の時、彼の父親が浮気をして私と離婚し、それから私はずっと自分で子供を育ててきました。息子は小さい頃から大法の中にいて、とても精進し、他の子供の様に勉強のために多くの時間を使わなくても良く出来、精力、財力、私の仕事もとても良く、経済条件も悪くなく、私たちの生活はとても幸福でした。

 しかし私が共産党の迫害を受けたことで、子供は自宅に帰ることが出来なくなり、父方のおじいちゃんか母方のおばあちゃんの家に身を寄せるしかなく、また身内たちは子供に問題が起こるのを恐れて、皆息子を監視し、再度大法を学ばせないようにしました。子供の修煉環境は極めて悪くなり、生活や学習の秩序が全て乱れてしまいました。

 家族も同じように生活が一変し、子供の学習や生活、住む所など全てが彼らの身に負担を加えられました。中学生は各種の雑務がとても多く、送り迎え、洗濯、ご飯作り、夜の自習に家の人の定期当番が必要等々、忙しくてどうしようもなくなりました。さらに定期的に巣窟にいる私を見に行き、私にお金を渡し、しかし彼らは何も言わず、私にさらなる圧力を加えませんでしたが、しかし心の中でイライラしているようでした。

 私が家に帰った後、本来私を支持していた家族たちは私に大法を学ばないように勧め、再度同修と接触しないようにさせ、子供にも学ばせないよう、影響を与えないようにと言いました。家族の一変した反対の声を前にして、私はだんだんと笑えなくなり、修煉の環境が緊張に変わりました。

 家族たちはこの3年間、私や子供のためにどんなに心配したかを頻繁に言い、私は圧力がとても大きいと感じました。問題が起こってしまったことで、家族は私の代わりに子供を育て、辛い3年間を過ごした代価はとても大きく、その借りを全て返すことは出来ないと思いました。これは上から目線で人に借りを作るのを嫌う傲慢だった私に衝撃を与えました。自分が良く修めておらず彼らに害をもたらしたのに、それを認めたくなく、つまり間違いを認めたくありませんでした。当然ながら大法を修めたことを間違いだと言っているのではありません。私が迫害を受けたことで、家族と子供に予想外の面倒をもたらしたので、私は心から謝罪すべきでしたが、私は謝罪したくありませんでした。中共の迫害が原因で面倒をかけてしまったので、間違いは私にあるのではなく、中共邪党にあると思っていたのです。自分が修めて放下すべき執着は大法を用いて遮り、取り除くべき執着心は守られました。

 更に私が巣窟から帰ってから、修煉状態を良くする時間もないまま、次の日に母が手術のため入院したので、私は付き添いに行きました。母が退院した後、たった2日で、知人がまた私に一つの仕事を紹介してくれ、急募していたので、すぐに新しい職場に行って働き始めました。(不当判決されたことで、以前の職場を解雇されていた)。3年間系統的に学法出来なかったので、トラブルが起きたとき内に向けて探す事を思い出せず、自分の執着をすぐに正せず、性格も悪くなり、忍耐力がなく、目の下にクマが出来て、修煉者の風貌ではありませんでした。

 少し言われたら爆発し、少しの批判も聞き入れませんでした。父母と話すときの口調も敬意がなく、母が私にくどくど言ったり、父は耳が少し遠いので、何度も繰り返さなければならず、いつも話の腰を折るので、とても面倒で嫌になっていました。

 職場内でも、人より優位に立とうと頑張り、同僚が間違っても本当に同情するのではなく、一種の軽蔑する態度で、「もし私だったらより良く出来る」と思い、息子に少しでも不足があれば許せず、家族の前でこれらのことをくどくど言い、家か外かを選ばず、他人からの息子のイメージを破壊しました。実際はやはり、私は他の人より良く出来ている等の自己顕示が根本にあり、多くの執着心はとても強く、善の心がなく、慈悲の状態ではありませんでした。

 三、魔難が到来 息子が鬱病に

 私と息子は毎週の学法効果も良くなく、学んでいるうちに事物を討論しだし、学法が妨害され、効果も良くありませんでした。息子が大学1年生の2学期になるまで地元の大学に通っていて、毎週金曜日に帰ってきた後、私は息子がますます学校に戻りたくないのに気づきました。頻繫に月曜の朝に帰って行きますが、実際は日曜の夜に帰るべきなのです。その後、常人のいわゆる鬱状態が出現しました。話す声がとても小さく、苦労して聞いても彼が何を言っているのか聞こえず、いつも電気を消して、窓を閉め、カーテンを閉めて、部屋から出ず、降りて来ませんでした。学校の休学手続きをせざるを得なくなり、家に引きこもりました。教師たちは皆「いったん休学すると、続けて学校に戻って来るのはとても少なく、基本的に学生生活は終わりです」と言いました。それを聞いた後、私たちの心はとても重くなりました。

 常人の理から見て、鬱病は通常自分が思いつめて、心のわだかまりを引き起こすといいます。息子は確かに心に多くのわだかまりがありました。たとえば、息子の父親の家族は大法を学んで問題が起きるのを恐れて、息子が法を聞くのに使っていた1枚数百元のAppleのIPOD(MP3)をいくつか捨てました。また頻繁に裏で息子の持ち物を調べ、息子はこのことでとても彼らを恨み、彼らを許しませんでした。中学の時、同級生から理由もなくゲイ呼ばわりされ、大学の同級生ともトラブルがあった等、息子は毎回これらのことを思い出し、とても怒って自分の情緒を抑制することが出来ず、学校に行けなくなりました。気持ちが落ち着かず、勉強しても頭に入らず、本の上の字もまるで彼を嘲笑しているようで、学法しても集中できません。その時息子は勉強したくない、退学したいとはっきり言いました。

 それからさらに深刻な状態になり、息子の主意識は完全に元気が無い状態で、他の空間の生命体に制御され、狂ったように変わってしまいました。一日中ゲームをして、夜中に窓を開けて、下に向かって大声で叫び、叫んで喉も潰れました。口から出まかせを言い、男性を見ると挑発して喧嘩をしようとしました。

 私は心の中でとても焦り、息子を目覚めさせようといつも大法の法理で指導し、息子が分かるようになることを願い、心のわだかまりをほぐして、全力で息子を助けて発正念をし、出来ることは全てやりましたが効果はあまりなく、とても苦悩し困惑しました。私は問題が大きいと感じ、急いでこの正しくない状態を変えようとしましたが、しかしどこから変えたら良いか分かりませんでした。慈悲なる師父は同修の口を借りて、原因が私にあり、私に問題があると啓示されました。私はずっと外に向けて探し、息子を手伝って探していました。自分の修煉に問題が無いと思っていたので自分を探さず、心性を高めようとしませんでした。実際、私が正しく回帰すれば子供も良くなるのです。自分の正しくない状態を子供に現して、それを私に見せているのです。

 それではこの期間、私の立場はどのようなものだったでしょうか? 息子はまだ若くて未来の道はまだ長く、もしこのようにしていけば一生が駄目になり、息子のために家族はとても心を痛めていました。その原因は全て私にあり、私の身に問題が起きたせいで子供がこのようになり、一日中私に文句を言っていました。また小さい頃から大法を学んでいた息子は、学校で理解しない人から差別を受けてしまい、社会世論の圧力をとても大きく受けてしまいました。子供の圧力が積み重なり、その時は表に出てきていませんでしたが、一定の程度になって、爆発しました。子供は可哀想で、彼の父親は当然良くなくて、小さな頃に彼から離れ、しかしまた私も良い母親ではありませんでした。一つ一つの指摘の声はまるで、するどい剣のように私に突き刺さりました。

 刑務所から家に帰った後、何度も同じような夢を見ました。夢の中で自分は刑務所にいて、時期が来てもまだ釈放されず、時には刑務所の期日が1カ月過ぎてもまだ釈放されませんでした。実際私の心がまだ迫害の影響から抜け出せていませんでした。

 この様なことに直面したら自分の心性を高める必要があり、自分のどこに漏れがあるか探さなければなりません。自分は良く修めておらず、至る所に漏れがありました。色々な執着の中で、最も深く隠された執着が引き起こして作用していると私にも分かっていました。しかしその時の私はまだそれを探せていませんでした。実際、私のこの最も深く隠された執着は怨む心でした。それは固く守られ、自分の本質上の利益が害を受けないようにしていて、いったん自分が損害を受けると反撃し、怨みを形成していました。この怨みの物質はまた強烈に自分を害し、他人をも害しました。私は私を指摘する家族を強烈に怨み、息子を怨みました。なぜなら息子が大法のイメージを破壊し、私に尽きない手間と指摘をもたらし、大法が否定される原因になったと思っていたからです。

 さらに私は問題を起こした邪党の迫害を強烈に怨みました。もし問題が出なければ、全てが良かったのにと怨みました。まるで常人が「自分に対する不公平だと思い天を恨む」ことと同じように、私は私を迫害した旧勢力を恨んでいました。とにかく私は自分を妨害し指摘する人を恨みました。微信をアインストールするときもそうでしたが、皆は私が微信を使わない事を大衆の前で指摘して批判し、私の面子を奪いました。ある日私は息子に言いました。「私はこの微信をとても恨むわ。これのせいで私がどれだけ言われたか」。この事から見て分かるように、私の潜在に隠された怨む心はこんなにも強烈でした。しかし私はまだ意識できず、それが自然なことだと思っていました。

 (続く)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2021/1/22/416981.html)
 
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