法を得て、生死の関を乗り越えた経験
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2021年10月17日】私は1998年に法輪大法の修煉を始めた農村の女性で、73歳です。 その年、夫が「街には法輪功をやっている人がたくさんいて、病気を治したり、健康を維持したりするのに効果があるらしいよ」と言っているのを聞きました。 その時に思ったのは「最高の功夫でも学ぶ時間がない」ということでした。 しかし、それから1カ月も経たないうちに、突然、私の右手が全く動かなくなり、頭も動かせなくなって、8~9日経っても全く改善されませんでした。

 当時、私の家族は商売や農業、豚の飼育、子供たちの世話、家事などで日々の生活に追われていて大忙しでした。 ふと、夫から法輪功には病気治療や健康を保持できる奇跡的な効果があると聞いていたことを思い出し、私はまだ習っておらず、佛の手印だということしか知らなかったのです。そこで、私はベッドに座り、印を結び、片足を膝に乗せて結跏趺坐をしながら「私も法輪功の功法を煉ってみたい」と思いました。 そう思った途端、誰かが私の右手を前に振ったような気がして、骨がガタガタと音がするほど強く振り回し、少し間を置いてからまた左右に振り始め、それを3回繰り返しました。

 3日間、連続で調整が行われ、肩が治り、頭を動かせるようになりました。 次に、手首を強く叩く作業を、これも3回連続して行い、3晩で治りました。 そして、すべての指の関節、背中の大筋にめがけて、頭を左へ、右へ、前へ、後ろへ動かし、すると背中の皮膚と筋は石板のように伸ばされ、少し違和感がありましたが、次に頭を上下左右に回し、最後に口を何度も開け閉めしました。 全過程は18日で終わり、私の体の中の正しくない状態が全て癒されました。 後になって、私が法を得た後、あれは師父が前もって私の体を調整されていたのだと気づきました。

 また、首に3つの大きなこぶができていて、それが一緒に繋がり大きくなっていたこともありました。これは修煉者に現れた病業だということを悟り、自分の病気だと見なさず、のちに数か月が経ち、自然に治癒しました。

 病業の関で一番深刻だったのは2015年で、私は急に食べたくなくなって1カ月以上飢餓状態になり、周りの人が怖くて見られないほどガリガリになってしまったことがありました。 当時、私は70歳を目前にして「生きても死んでもいいや」と思っていましたが、しかし「私は大法弟子であり、まだ修煉が終わっていない、死ぬわけにはいかない、修煉を終えて師父と一緒に帰ろう」とも思いました。 その時、私の姪(同修)が「同修がたくさんいるから、助けてくれるかもしれない、家に来てみて」と言ってくれたのです。 6日間通いましたが、あまり良くなりませんでした。 息子に「病院に行って検査してくれ」と言われ、姪の家からエレベーターの入り口で、ふと息子に「この状態では立っていることもできないし、あれもこれも検査して病院に行ったら、死んでしまうわ、医者だっていつかは死ぬのだから」と言いました。「私は修煉者であり、師父が見守ってくださるのです」と考えたからです。姪の家に戻ってから、少しずつ食べられるようになり、精神状態も良くなりました。 体の古い皮膚が一枚一枚と剥がれ落ち、新しい柔らかい皮膚が生えてきました。

 自分の体の状態が良くなっているのを確認して自宅へ戻りました、帰宅後4カ月経っても全身がしびれて力が入らず、髪の毛も白く、体中の血管が1本も見えませんでした。 二式目の功法を煉っていたときには、立ち上がることもできませんでしたが、同修が「忍び難きは忍びう。行い難きも行いうる」『轉法輪』と言って励ましてくれました。 食べることができないときは、同修が「食べられないならすこし食べればいい」と言ってくれました。 同修たちの誠心誠意の助けにより、私の体の状態は日に日に良くなり、少しずつ良くなっていき、ついに病業の関を乗り越えられました。

 師父は私に2度目の命を与えて下さったのだと思いました。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2021/10/5/432199.html)
 
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