修煉者の視点から家族関係を見る
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 【明慧日本2021年11月20日】かつて私は、娘とよく衝突をしていました。娘に親の言うことを聞かないと言うと、娘は私が理不尽だと言っていました。私はよく思うのですが、私は母親であり、伝統的に「母の教訓はごもっともです」というようには求めませんが、少しは私に従わなければいけないと思っています。娘が結婚して子供ができるまでは、彼女と話をすると必ず喧嘩になりました。

 7、8年前のある日、娘一家が我が家に来ました。暑い日でしたが2時間も鶏肉を煮込んだり、パンケーキを焼いたりして、大汗をかきました。テーブルに出して一口食べた途端、娘は「このパンケーキはひどい、鶏肉も味がしない」と言い出して立ち上がりました。娘婿も食べませんでした。私は「普段の料理はそこまで悪くないのに、今回はちょっと失敗したが、仮に食べなくても、なぜそんなに文句を言われなければいけないのか」と思いながら、怒りと悲しみで涙が出て来ました。

 しばらくして私は警戒し、自分はまるで常人のようでした。師父は弟子たちに、何かに衝突した時には、自分を見つけなさいと諭しています。すぐに内に向けて探し始めました。今日は煉功学法もまだしていない、娘たちのご馳走のためにこんなに努力したこと、これは大きい人心であり、重い情です。もし今日のご馳走が美味しくて、彼らに褒められたら、次回は更に頑張らないといけないことになるでしょう。これは師父の悟りであり、自分が修めてはいないことです。

 そこで私は悟りを開きました。自分の足を力強く叩いて「私が間違っていた、あなたたちは悪くない、全て私のせいだ」と言いました。娘は最初びっくりして、すぐ何事もないかのように部屋の片づけをし始めました。片付けが終わると私のそばに座り、穏やかに「おかあさん、こんな暑い日にパンケーキを焼くなんて大変でしょう。麺を茹でれば10分で出来上がり、私たちも好きですし、それに私たちは塩辛い味が好きだから、鶏肉の味をもうちょっと濃くすれば全部食べたのに。こんなに残ってしまって、一人でどうやって食べるのですか」と言いました。

 実は、娘も娘婿も聞き分けが良くて、私は彼らの長所を見て励ますべきでしたが、いつも彼らの悪い所しか見ていなかったのです。娘の態度はまさに師父の注意喚起であり、この面でしっかり修めてほしいからです。特に情を放下し、三つのことをしっかり行うことに精神や時間を費やすべきです。私が娘のことを考えれば考えるほど、娘は反抗的になり、親切を拒むようになりました。しかし、私は悟らず常人の理屈にこだわり、放下もせず「私は母親であり、間違っていても従うべきで、これが親孝行です」と思っていました。

 私は内に向けて探し、師父の説法を思い出しました。「つまり、あなたはまず修煉者であって、そして専門家なのです」[1]。私は「娘の前でも私は、まず修煉者であり、そして母親です。如何なる環境でも私たちはまずは修煉者であり、その次は常人の役割になり、劇の中に深く入ってはいけません。そうするといつでもどこでも全ては法に従い、問題を対処することができます。師父は私たちに常人の中で修煉することを按排し、現れてきた全ては私たちの修煉の向上のためです」と悟りました。

 それから、私は情についてしっかり自分を修め、更なる法理を認識し「私たちの家族皆は大法と縁があり、皆は法のために来ており、救われるために来ました。彼らは正法時期に私たちが大法弟子であることを知っていて、「私たちが彼を救うことができる」という唯一の願望を持って、生生世世私たちについて今日まで来ました。もし私たちの修煉状態が悪いと、彼らの分かる一面が欠落してしまします。人の次元に現れるものは彼らに銀の山、金の山をあげても喜ばず、あなたと対立してしまいます。彼はこのために来たのではないからです。私たちは圓満成就できるかどうか、彼らの救いに直結しています。私たちが常人の情に陥り、抜けだせないのを見て、彼らの分かる一面は焦られずにいられるでしょうか。

 このように悟ったら、私は娘や家族への情を放下しました。この限りある時間でしっかり学法をし、しっかり自分を修めれば、縁がある人や衆生を救うことができるのです。

 私が変わると、娘も変わりました。話す時は穏やかになり、あらゆる面で配慮が行き届いており、すごく親孝行になりました。彼らは私が忙しいことを知っており、殆ど迷惑をかけずに、どうしても頼みたい時だけ言ってきて、子供のお迎えを手伝わせてくれます。たまに一緒にご飯を食べる時でも、彼らが率先して料理を作ったり、外食をしたりしています。また、法輪功迫害の文言が書かれた真相紙幣を印刷する時は、古い紙幣を洗浄して乾燥させ、平にする必要があり、娘婿がそれを見て自ら銀行で4千元の新札を両替してくれました。本当に心から彼らのことを嬉しく思っています。

 今では多くの家庭の子供たちは、いつも親に頼ってお金を出してもらったり、家事を手伝ってもらったりして、文句も言っています。私の娘や娘婿は両方の親に対して思いやりがあり、自立しています。彼らの仕事は大変であり給料も少ないです。以前私は、娘のためにお金を払って良い仕事を見つけてあげたい心がありました。しかし、ある同修がこのようにしたが、旧勢力に隙に付け入られ、逆効果になりました。私はすぐ内に向け探し、このよくない心をさらけ出して取り除き、法に従い自分を正しました。

 私は修煉者の視点から家族関係を見て、大法弟子の子供及び全ての親族は皆師父が守っており、全ては自然に任せることが一番良いです。私は人為的に師父が彼らに按排した道を邪魔してはいけません。その後、娘や娘婿も自分に合う仕事を見つけました。彼らは優しくて私心もなく、仕事の場では謙虚に、そして思いやりを持って接しており、現在毎月の収入は以前より何倍も高いです。彼らのことは私が心配しなくても良いのです。

 注:
 [1]  李洪志師父の著作:『精進要旨』「実証する」

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2021/11/12/433510.html)
 
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