文/中国の大法弟子
【明慧日本2022年5月20日】私の家ではグループ学法をやっています。グループ内の同修は皆精進しており、個人の修煉はとてもしっかりしていて、正念を持って三つのことを行い、共に精進するように常に助けてくれています。
私はこの数人の同修と一緒に、十数年が一日のように息がぴったり合い、人々を救うために住んでいる都市の通りや路地に足跡を残し、一丸となって活動してきました。同修と協力する過程で、心性の試練もあれば、仕事を修煉として、うまくいかない時もありました。以下は、怨恨心を取り除く体験について話したいと思います。
怨恨心について言えば、実はすべての執着心が互いに関係しています。最も顕著に感じるのは、顕示心と怨恨心です。 長年、同修と協力する過程で、それぞれの性格が違うため、知らず知らずのうちに心の中で同修に対する誤解が生まれたこともありましたが、師父が何度も協力について説法されたことを思い出し、師父の教えに従い、私たちはせっかく縁のある全体であり、しっかり協力しなければならないと思いました。同修の間はより良く協力するために、よく励ましの言葉を耳にしますが、その言葉を聞き慣れると多少有頂天になるときもあります。
ある日、同修と一緒に真相の掛け軸を掲げて帰っている時、邪悪のプロパガンダが見えたので、それを取り除こうとしたのですが、10分ほどかけても取り除くことができませんでした。その時、同修は近くに停まっているパトカーを見たのですが、私はまったく知らずに、引き続きプロパガンダを取り除いていました。しばらくして、向かい側の方向を見ると、なぜか同修の姿が見えなくなったので、探しに行きました。同修を見かけて、話しかけようとしたところ、同修に叱られました。当時、同修は私のことを心配していたのかもしれません。その時は面子のため何も言いませんでしたが、心の中ではとても悔しくなりました。
家に帰ってから考えれば考えるほど嫌な気持ちになり、いろいろな思いが交錯しました。心の中で「恐れる心が強すぎるのではないか、声をかけずに先に隠れたことはいいとしても、逆に私を叱った」と思いました。心の中で気になって抑えようとしても抑えきれず、同修の夫にも言いました。その時の怨恨心がとても強くて、内に向けて探すことを思い出せなくなり、自分の修煉を向上させるものであることもすっかり忘れてしまい、師父の苦心に背いた自分は本当に意気地がなかったのです。
その後の法を実証する中で、今までと同じように同修と協力しあい、お互いに協調が取れて問題ありませんでしたが、自分の心の中で常にこの事を考えたりして、長い間納得できませんでした。自分もこの怨恨心を取り除きたく、努力してこの心を捨てようとしました。時間が経つにつれ、この心がなくなったと感じ、「同修の一人一人はみんな素晴らしい、こんなにすごい! どこに行って探してもなかなかこのような良い同修は見つからないだろう。どうして同修に感謝せず恨んだのだろうか、本当に恥ずかしい。なぜ師父の苦心なる段取りがわからなかったのだろうか!」と思うようになりました。
ここ数年、同修は家に来て学法するとき、「この場は昔と比べて良くなくなりました」とよく言いました。同修は私が引っ越したからだと思っていました。 同修が何度も言ったので、私は驚いて目を覚まし自分に向けて探し始めました。引っ越しと内装の時間がかかり、多くの執着心も曝け出ましたが、それが全ての原因ではないようで、引き続き探しました。やはり怨恨心が完全に取り除かれておらず、隔たりがあるから、同修がそのように感じてしまうのだと悟りました。
また、同修の夫に対する恨みも少なからずありました。2019年に武漢肺炎が発生した後、同修たちは人を救うために忙しくなり、私たち夫婦も以前より急いで人を救うようになりました。住宅地は完全に閉鎖されていましたが、師父のご加持のもと、人を救おうという正念があれば出入りすることが出来ました。
ある日の夜、夫と私は、疫病から身を守る方法のステッカーを貼り付けるために出かけましたが、夫はそこの道でいいと言い、私はこの道がいいと言って、何となく夫に対する不満があり、自分の意見を堅持した結果、邪悪の妨害を招いてしまいました。マンションの玄関を入ったところで、上の階から男が降りて急いで出て行ったのを見かけました。それを気にせずにステッカーを貼り、帰ろうとする時、その男は戻って来て私を遮り、「何をしているのか? この件で、この団地の担当は私だ! 持ってきて見せなさい!」と言いながら、私のマスクをはずし、手元の資料を奪いました。その時、夫がすぐにやってきて彼に真相を伝えました。男は「早く来て、今〇〇番マンションの〇〇号にいる」と電話したようです。夫は私に「先に出て」と言いました。 男は「お前らを逮捕したら1000元もらえるのだ、行かせるわけにはいかない」と言いました。夫は「良心を売るようなお金は、得るべきではありません。悪党は金銭的利益で人々を駄目にしています! 私たちの師父は弟子たちに、この危機のときに世の人々(あなたを含む)を救うようにと教えられています。この疫病の中で、あえて外出する人はいなくなりましたが、私たちは危険を冒しながらも大きな善行をしています。あなた達を救うため、私たちは何の利益もなく、あなたの身の安全のために自分たちの命をかけました。大法弟子以外に、この世の中にこんないい人たちがいるのでしょうか?」と言いました。
その時、私はすでに団地の外で師父に、「弟子は厄介なことに遭っています。師父、助けてください。弟子を加持して下さい」とお願いしました。私は「大法弟子を迫害する一切の邪悪な生命と要素を解体する」と正念を発すると同時に、どの心が邪悪な妨害を引き起こしているのかと自分の内に向けて探しました。 やはり怨恨心だと分かりました。私は夫に対して長い間恨みを持っており、家庭内でもとても強勢だったので、この党文化によって押し付けられた怨恨心を滅し、怨恨心とあらゆる執着を徹底的に解体すると決心しました。
そのとき、男も真相を理解し、夫に「マスクを取って、あなたの顔を見てみたい」と言いました。夫は恐れる心がないので、マスクをはずしました。男は「あ! こんなに優しい顔だ、あなたは本当に良い人だ。早く行って下さい」と言いました。
師父の慈悲のご加護のもと、無事に駅までたどり着き、家に帰りました。一つ一つの出来事を振り返ってみると、修煉の厳粛さが分かり、心の修煉をせずに仕事だけを行なってはいけないと思いました。私たちは常に大法を以て自分の一つの考えや一つの念を正さなければなりません。
ここまで話しましたが、実は人間の執着心はみなお互いに関連しています。先ほど怨恨心だけを述べましたが、実は自分の顕示心も非常に強く、同修と交流するときに、私はよくこのように行ったとか、このように認識しているとかと自慢げに話していました。それに気づいたので、すぐに修正しました。自分が何をしたか、どのように真相を伝えたかについて言おうとすると、「また自分ばかり言おうとしている、何を顕示するのか? 何を見せびらかそうとするのか? 人を救うのは師父で、同修を向上させたのは大法だ」とすぐに警戒しました。自分はただ師父の要求に従って、足と口を動かしただけでした。師父は大法弟子に、法を正す時期に人を救う神聖なことをさせるのは、大法弟子としての威徳を築くためで、すべては師父が私たちに授けられたものです。
大法から生まれ変わった私は、この文章を書きながら、慈悲に満ちた偉大な師父に対する尊敬を言葉で表現できなくなりました。私にできることは、精進し、さらに精進し、正念を持って三つのことを行い、先史の願いを叶え、師父について故郷に帰ることです!