ウクライナ学習者 戦争の中での修煉経験
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文/ウクライナ・キーウの学習者 

 【明慧日本2022年6月10日】私はロシア出身で、ウクライナに15年間住んでいます。私は夫と20年近く法輪大法を修煉してきました。長年にわたり、キーウの法輪功学習者は定期的に真相を伝える活動をしているため、キーウでは多くの市民が大法を知っているし、中国で起きている迫害も知っています。市の中心部に私たちは煉功点を設置しており、週末を含めて週に数日、集団煉功を行っています。

 しかし戦争が起こりました。周りは混乱しています。最初、どのように対処すべきかが分からず、頭が真っ白になっていたのですが、「三つのこと」を行い、修煉環境を維持していかなければならないことを、私は分かっていました。

 普段、私の眠りはそれほど深くありませんが、なぜか最初の爆発音で目が覚めませんでした。爆発のニュースを見た時、どうして目が覚めなかったのだろうと少し信じられませんでした。周囲で何が起こっても修煉者に影響がない、戦争の中に置かれても大法弟子は自分の道があると私は悟りました。

 戦争が始まる直前、私と主人はロシアに帰省することを計画していましたが、最終的に1週間後に出発することにしました。しかしその週に軍事作戦が始まりました。この特殊な時期に私たちはウクライナに残る必要があると思いました。

 戦争が5日目になると、周囲の情勢は激化しました。私たちのマンションの近くに何度か激しい爆発があって、死者も出ました。マンションの真上で巡航ミサイルが撃沈して、落ちた残骸はマンションの門を壊し、窓枠も損傷しました。驚いたことに、我が家の窓ガラスはすべて無傷で、けが人も出ておらず、我が家はまったく被害を受けていません。

 窓から外を見ていると、何かが光ったり、飛んだり、大きな音が響たいりすることはよくあります。家が振動し、衝撃波によって窓ガラスも震えます。家が突然倒れた時にすぐに脱出できるように、私たちは寝る時も服を着て、重要書類と電話をずっと持ち歩いていました。その時は、本当に生死の瀬戸際にいるようでした。

 私と主人は毎日学法を続けて、漏れずに5式の功法を全部やって、仕事も続けました。夜、爆撃を回避するため明かりをつけることができません。

 約半分の住民がキーウを離れて、私たちの階にも10世帯いましたが、今は我が家だけが残っています。法輪功学習者の中で、約半数がキーウに残って、私たちはネットを通じて励まし合っていました。その期間に、皆はキーウに残る重要性を感じました。

 師父が説かれたいろいろな言葉を思い出しました。私たちは修煉者であり、この時期にこの場所にいる以上、自然に従い、ここで自分の役割を果たすべきだと思いました。そして、すべては師父に掌握されていることも分かっています。

 その時は、心身ともに大きなストレスを抱えていて、背筋を伸ばすことすら難しく、腹部もけいれんして痛みます。周囲の状況は非常に暗くて戦火を交えていますので、時々、宇宙の端に取り残されて、巨大な暗闇に直面していると感じています。でも我慢して心が動じないことが必要だと思いました。今、私たちは恐れたり、イライラしたり、怒ったり、若しく他の人のように感情的になったりすると、煉功者としての役割を果たせなくなります。

 無謀さ、自己顕示、英雄主義、人の病気を治してあげたいなどの人心を見つめ直し、除去しました。衆生を救いたい、何があっても私はただ衆生を救いたいだけです。その一念は簡単に見えますが、正念が胸に湧いたからやっとそう思えたのです。

 以前、私と夫はあまりしっかり煉功していなかったのですが、今は時間を決めて煉功することの重要性が分かって、昼の決まった時間帯に庭で動功をすることにしました。隣人は窓越しに私たちを見て、応援のエールを送ってくれました。

 徐々に私と夫は外に出て、人々に手作りの蓮の花と法輪大法について掲載されている新聞を配りました。当時、街に人は少なかったのですが、人々は出会ったら互いに喜んでいました。私は通行人にお守りとして蓮の花を贈って、「真・善・忍」の道理を伝えました。人々は私たちの善意を感じて、大法が提唱する理念と中国で大法弟子が受けた残酷な迫害を聞いて、多くの人が泣きました。「神があなたたちを送ってくれた」と言ってくれる市民もいました。

'图1:我们送给当地居民的小莲花'

学習者が住民に贈った蓮の花

 恐れる心を取り除くために私は絶えず内に向けて探していました。激しい戦闘音を聞くたびに自分の闘争心と気の強いところを探しました。不思議なことに、探すと激しい戦闘音はおのずと停止しました。個人の向上が周囲の環境にどんな影響を与えているかを、私は悟りました。

 この間、もっと中国の同修たちの修煉状況を理解できました。きっと毎日のスケジュールが非常に詰まっていて、暇な時間がないと思います。そうでなければ修煉の道をしっかり歩むことができないでしょう。精進することとは何かが分かりました。

 次第に、私と夫はもっと穏やかになってきて、周囲で起こっていることはもう私たちには関係ないようです。私たちは修煉者がやるべき「三つのこと」を行えばいいので、窓の外で起きていることは、まるで映画を上映しているようです。まず、私の意識が戦闘音に反応しなくなってくると、すると体も反応しなくなりました。例えば、煉功している時に突然 「パチッ」という音が聞こえても、体は以前のように驚きのあまりぶるっと身震いしたりしません。少し目を開けて遠くから飛んでくるミサイルを見て、また目を閉じて煉功を続けました。それは私たちとは関係ありません。徐々に、戦争の物音は小さくなり、地元の情勢も安定して、人々は家に戻り始めました。数週間後、私とキーウの同修たちは週末に市の中心部で煉功を再開し、週に一度集まってグループ学法も再開しました。

 以上は現在の情勢下、私の感想です。戦争の危険の中で、皆が地元に残らなければならない、ということを主張しているわけではなくて、ただ私自身はそのように思って、そのように行っているだけです。これからも、精進する心を持ち続けたいと思います。危険を乗り越えられるように私たちを守ってくださり、向上のチャンスを与えてくださった師父に心から感謝しています。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/5/30/444274.html)
 
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