緊張感を持って、修煉しなければならない
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2022年6月17日】私は大法を26年間修煉している弟子(62歳)です。最近までの修煉体験を書き出し、師父にご報告をし、同修と交流したいと思います。法に反するところがあれば、ご指摘ください。

 うちのコミュニティが完全に閉鎖されてから20日以上経ちますが、どんどん締め付けが厳しくなって、誰も家から出られず、パトカーが大きなスピーカーで1日中何度も叫んでいて、家から出ることができなくなりました。

 コミュニティが閉鎖して以来、私はより時間を大事にし、普段より『轉法輪』を多く学ぶようにしています。学法するときは、両足を組んで、まっすぐな姿勢を保ち、厳格で真剣に取り組むと、一言一言が心に染みて来ます。

 師父は、このように説かれました。「しばらくの間、わたしの考えとつないだわけです。つながれると、わたしの方がちょっと耐えられなくなりました。なぜなら、わたしの次元がどんなに高くても、どんなに低くても、わたしは常人の中に身を置いており、人を済度するという有為のことをしており、心は人を済度することにあります。しかし、彼らの心はどれほど静かでしょうか? 恐ろしいほど静かでした。一人であそこまで静かになるならまだしも、四、五人が一緒に坐っていて、いずれもあのように静かで、まるで一溜まりの静止している水のように何もありません。わたしは彼らの心を感じ取ろうと思っても何も感じ取ることができませんでした。あの数日間はわたしは本当に辛く感じ、言い知れぬ気持ちを覚えました」

 私は、これを読んだとき、涙が溢れました。「師父は本当に大変ですね、私たちが知っている、想像している以上のことがありますね、正法のため、衆生のため、私たちのために大きな犠牲を払っておられる」と思いました。

 さらに続けて、第四講を学んだ後も、私は足を常に組んでいて、全く動かず、何の感覚もなく、非常に快適な状態でした。継続的に足を下ろさずに第五講も学習しようと思い、真剣に、速くも遅くもなく、ちゃんと学習できたのです。第五講の途中から、足が少ししびれるようになりましたが、それも気にせず、絶対終わらせようと思い、こうして私は耐えてきました。こんなことは初めてで、いつもは一講を学ぶたびに何度足を下ろしていたかもわからないし、また眠くもなるのですが、今回は最初から最後まで眠くありませんでした。本当に不思議です。私は精進しました。師父は私を励まして、加持してくださいました。

 前日の夜、ある文章を母に見せようとして、パソコンを母の部屋に持って行きました。パソコンをベッドに置くと、母はハンドクリームを持ってきて、手を拭き、それを見ても何とも思わず、そのまま忘れてしまったのです。私が数行読んだだけで、母は両手の10本の指を開き、拍手のように打ち鳴らしました。私が「何をしているの?」と聞くと、母はすぐに手を叩くのをやめました。私は読み続けていましたが、いつの間にか母はマウスを手に取っていじりました。するとマウスポインタがはじかれました。私は「それをどうするの?」と聞くと、母は「これ何ですか? 全然分からないよ」と言うので、私はちょっとイライラし始め、大声で「どうしてこんなに迷惑なことをするの」と言いました。母は「どこが迷惑なの?」と言いました。そのとき、私はすぐに後悔しました。自分は間違っていました、口を閉じ、何にも言わず、心性を守り、そして文章を読み続けました。

 これをきっかけに、私がいかに多くの人心、つまり非難、党文化、せっかち、厳格などに執着していたかを露呈しました。探せば、もっとあります。師父の法を学び、そして師父が私を啓発してくださいます。なぜなら、我々の法門は人心を直ぐ指しており、これらの矛盾や執着する人心を淡泊にし、これは法門の中で最も重要なことです。そのため、懸命に自分を規正し、修めようとしています。啓示してくださった師父に、感謝しています。

 最近、学法を強化し、暇さえあれば『轉法輪』や『洪吟』を暗記しています。法を多く学習すると同時に、発正念の回数も増やしました。毎日9~10回、発正念をしました。悪を取り除く本当の効果を得なければ、発正念をする意味がなくなります。正念を発するとき、心を澄ませ、正念を集中させ、両手は決して離さず倒れたりしないことです。時々、少し眠くなると、すぐに気を取り直して、心の中で「法正乾坤、邪悪全滅」と正法の口決を力いっぱい叫んでいます。思いっきり力を入れて、2回叫ぶと、眠くならないのです。発正念をすると、功力の強さを感じることができます。私は天目が閉じたまま修煉しているため、何も見えないのですが、もし見えるなら、年越しの花火のように、色とりどりで、きっと壮観だと思います。先々で、不正な要素のすべてを解体していきたい。ただひたすらに、そんな思いを抱いています。

 コロナの期間中に自分をよく修めようと思い、毎日朝3時きっかりに起き、五式の功法を全部煉ります。このような状況下で、ときには、徐々に安逸するようになり、テレビを見たり、ドラマを見たり、携帯のゲームをしたり、麻雀をしたり、ビールを飲んだり、夜更かしなどをする同修がいました。常人社会では、すこしでも油断していると、足を引っ張られます。私たちは長年大法を修煉しており、あらゆる嵐をくぐり抜けてきました。緊張感を持って修煉しなければ、毎日を新しい日とし、あるいは毎日を最後の日として、やるべきことをやります。同修の皆さん、一緒に精進しましょう。

 次元には限りがあり、法に沿わないことがあれば、ご指摘してください。

 師父、ありがとうございます。

 同修、ありがとうございます。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪』

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/6/8/443701.html)
 
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