同修との修煉環境を大切にし、共に精進する(一)
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文/スイスの大法弟子

明慧日本2022年7月23日】

   尊敬なる師父こんにちは!

 同修の皆さんこんにちは!

 私はスイスの大法弟子です。私が2歳の時、母が法輪大法を修煉し始めたため、私も母と一緒に法を得ました。小学生の頃は、毎日帰宅後に学法煉功発正念をするのが決まりでした。母の協力と慈悲深い師父のご加護の下、私は幸運にもこのような環境で育ち、尊い大法を心に刻みました。

 しかし、常人社会の影響もあり、正念が足らず、法に対する信念がしっかりしていなかった私は、修煉を怠けてしまいました。母の言うことを素直に聞かなくなり、学法、煉功することも少なくなりました。心の中では大法を諦めていないし、はっきりと修煉を諦めたわけではなかったのですが、10代の頃を振り返ると、全くと言っていいほど、しっかりと修煉したことがなかったのです。私は時折、法を学び、煉功したりすると、その都度心地良く感じていましたが、ごく少ない回数でした。

 映画やテレビなどのポップカルチャーや、インターネットからのネガティブな要素もどんどん受け入れていたため、私の心の中に壁を作ってしまったようで、学法、煉功、発正念がますます難しくなっていると感じました。

 当時の彼氏、今の夫とは幼馴染みでした。彼もまた大法の環境の中で育てられ、後に修煉をやめました。それでも、彼は大法の真・善・忍を知り、信じているのです。子どもの頃から大法で学んだ法理のおかげで、穏やかに接することができているのだと思います。私たちは良い人間のあり方、正直で、内に向けて探すという法理を知り、それによって仲睦まじい生活を手に入れることができました。しかし、付き合い始めの頃は、私はまだ真剣に修煉していませんでした。

 返本帰真の願いを呼び覚ます

 私は非常に恵まれており、大法弟子が多い家庭に生まれ、生活環境の中でも大法を理解し、修煉している友人が多いのです。2年ほど前から、再び学法と煉功をするようになりました。ここで、私が大法の修煉に戻った理由をお話ししたいと思います。

 大法から遠ざかった時期、私は法理と大法への信仰を忘れておらず、心の中で修煉をやめようとは思いませんでしたが、精進していなかったため、真の修煉者とは言えないものでした。私が心底から修煉をやり直したいという明確な心を師父は分かってくださり、実修の道に戻れるよう加持して下さいました。

 今思い返せば、大法弟子たちと会話するうちに、自分の心底にある願望やこの世に生まれてきた理由を思い出し、覚醒させられたのだと思います。例えば、スウェーデンの武術学校の合宿で、同じく法輪大法の修煉者であるクラスメートと話したとき、彼は自らの体験を話してくれました。「大法弟子がやってはいけないことをやってしまったので、本当は真に修煉してはいない」と私が言うと、「私も正しく行っていないところはあるが、それでも一歩一歩、大法で修煉し続けていこうと思っている」と話してくれました。

 あの時の交流や自分の体験を通して、修煉をやり直したい時、精進したい時、困難にぶつかると、順序よく一歩一歩小さなステップを踏むことがとても大切なのだと気づきました。一夜で天地がひっくり返ったような変化をしようとすると、非常にプレッシャーを感じてしまいます。そのため、一度にすべての執着や欲望を捨てられないのであれば、少しずつでもいいので、続けていくことが大切だと感じています。

 また、義父の兄とのやり取りで、大法での修煉が心底の願いであることを気づかせてくれたこともあります。彼は自分にとって、大法で修煉することの意味を教えてくれました。彼と他の修煉者たちとの交流の中で、私はどんどんハッキリしてきて、この華やかな世界のしがらみがもたらす心の盲目と混乱を整理することができました。

 さらに、家族からの助言も私にとってかけがえのないものでした。特に、家族の正念によって、私が真に修煉することを妨げていたマイナスの存在も一掃してくれました。

 これらの経験から、大法弟子の言動がいかに大きな力を持っているかを実感しています。私たちや多くの神々が、師父と一緒にこの世に降りてきて、師父が法を正す世にあって、衆生を済度するのを大法弟子が手伝うという内容の映画『永遠の詩篇』という作品を見た記憶があります。その中でこの世に下る前に、もし迷い子になったら帰り道を思い出せるよう助け合おうと、互いに約束したシーンがあります。師父の慈悲なる済度と、修煉仲間の助けにより、改めて帰るべき道を思い起こすことができたことに感謝したいと思います。

 時々、母や夫からも修煉の話をされると、不快に思うことがよくありました。自分の悪いところを言われたくないし、時間は残り少ないと注意されるのも恐れていました。彼らにとっても、この話題を口にするのは楽ではなかったと思います。しかし、それらの話はとても明確で、今思い返すと、当時の私にもそのような忠告が必要だったと思います。

 ある晩、母に「残り時間が少ない」と言われて、私は非常に怖かったのです。夜中に雷が鳴って、私は多くの時間を無駄にしたことが怖くて、号泣してしまいました。その時から、必ず時間を有効活用し、無駄にしてはならないと自覚しました。恐怖心は良くないのですが、この体験は警鐘を鳴らしてくれました。

 2年前、私は結婚しました。これも、正々堂々と修煉を始めた重要な段階だと思います。学法するにつれて、神が人間に残された伝統理念がわかるようになり、正当な夫婦関係を維持することの大切さを認識できました。結婚は私の人生における重要なステップであり、生活により多くの平静さや正気と落ち着きをもたらしてくれました。

 定期的に地元の同修と煉功学法

 結婚後、私はある同修と一緒に煉功することを約束しました。彼女は通常金曜日に自宅での集団学法と煉功に参加しています。家が近いこともあり、会うのが便利でした。最初、私たちは毎週末に外で煉功していました。同修と一緒に煉功することは大きなプラスになりました。彼女と約束があるため、自分の執着を放縦しません。以前は、1人ですべてのことをやり遂げようとし、充分強くならないといけない、精進したいと思っていました。しかし、自律しておらず、計画ができないためよく妨害されていました。早起きも苦手でした。しかし、彼女と他の同修と一緒に煉功や学法をすることは、みんなにとっても非常にプラスになります。お互いに助け合い、共に精進し、困難を克服することはかけがえのないことです。

 だんだんと私は同修と会う機会が多くなり、一緒に学法し、発正念をします。今では、平日の朝毎日学法します。時間があれば、一緒に煉功と発正念もします。同修のおかげで、睡眠と安逸心への執着をしっかり放下することができました。

 私たちはいつも一緒に学法し、朝ごはんを食べてから煉功します。以前は、煉功させてくれない抵抗があり、めまいがすることがよくあり、しばらく煉功を続けることでだいぶよくなりました。朝食のとき、私たちは少し交流して、最近の修煉の心得と自分の執着について話します。たまには一緒に発正念をして、今の修煉における妨害を排除します。いつもできるわけではありませんが、怠けたと気づいたら、新たな時間を設けて交流します。時間を調節して、お互い励まし合い、こうしてまた精進できるようになります。

 この煉功チームには大変お世話になっています。修煉の時間を固定すれば、私の正念もさらに強くなり、法から大きな力をもらい、信念も強くなりました。以前、朝の状態が良くなかったので、学法のとき眠くなったり、ひいては寝落ちしてしまいました。疲労に打ち勝ち、意識をしっかり保つために、私は立ったまま学法します。あるいは体を張った姿勢に変えます。しばらくすると、改善されました。今では、学法のときほとんど眠くなることはありません。

 時々、私は電話で母あるいは妹と学法します。お互いに助け合うことで、より精進して、法に同化することができます。

 将来はますますよくなることを望んでいます。たとえ1人でも学法と煉功ができるようになりたいです。いつまでも他の同修に依頼せず、自分の力で他の人の学法と煉功を手助けできたらと思っています。私は夫と一緒に学法することもあります。彼は一緒に座禅しないかと誘ってくれたりします。

 (続く

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2021/12/13/434717.html)
 
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