内に向けて探し自分を修めると、夫が変わった
■ 印刷版
 

 【明慧日本2022年9月2日】先日、ある夜のことでした。私は自分の空間場が少し汚れているように感じました。翌日、「北京から、修煉を決意した法輪功学習者を『転向』(修煉をやめる)させる、いわゆる『政治的任務』を目的とした人員が来ました。すでに数人の修煉者が面談を受け「転向」をするよう唆され、脅迫されました。邪悪を取り除くために24時間リレーで発正念をするように連絡している」と、同修から聞きました。

 なるほど、邪悪がはびこり、そして我が家にやってきたのがわかりました。

 その日、夫は長年会っていなかった旧友と会い、酒をたくさん飲んで帰ってくると、私のせいで毎日不安と恐怖の中で生活していると言い、私の先祖や師父まで罵り、サタンや悪魔のような傲慢で横柄なことを言い始めました。夜も遅いし、罵倒を控えてほしかったので、何も言わずに黙りながら、心の中で発正念をしました。

 彼にこのように罵られて心が痛みます。私のどこがしっかりしていなかったのだろうか、邪な悪魔が横行し、なぜ彼にこのような大きな業力を作らせたのでしょう?! 師父に、申し訳ございません! と頭を下げ、許しを請うたのです。あまりの苦しみに2日間落ち込んでしまいました。この2日間の間、「離婚しよう、1人のほうが楽だし、都合よく三つのことができる」と思い、さらに「彼からの邪党の弾圧に苦しめられたくないので、離婚しよう」と思うこともありました。

 邪悪な江沢民が大法弟子を迫害し始めた頃を思い出します。私は大法のために北京へ陳情に行ったので、帰ってきた後、各方面から多くの圧力を受けました。夫はその圧力に耐えられず、夜遅くまでお酒を飲むこともあり、帰ってくると私を殴って罵るのです。時には、邪悪な生命に操られ、大法と師父を罵ったことさえもありました(夫は既に明慧ネットで、大法と師父への無礼な言葉はすべて無効であると厳正なる声明を発表した)。

 近年、夫がお酒を飲むことはまだありますが、家に帰ってくると、罵ることはなくなり、静かに自分の部屋に戻るようになりました。

 しかし、今日はどうしたのでしょうか? 私を罵るくらいならまだしも、師父を罵るとは何事です!   翌日、夫に、なぜ師父を罵ったのかを聞いてみると、お酒を飲みすぎて何を言っていたのかわからないと言いました。「お酒を飲み過ぎると、悪い生命に操られるようになる、あなた自身が師父を罵りたいのではなく、悪い生命があなたを利用して師父を罵り、大きな罪を犯させ、あなたを滅ぼそうとしています。師父は慈悲で全てを見抜けるため、早く師父に頭を下げて許しを請いなさい」と、夫に言いました。

 夫は最初は、とても悔しがっていましたが、その後、反省して敬虔な気持ちになり師父に頭を下げ、許しを請うようになりました。

 数日後、夫は再び酔っ払ったのです。今度は私を罵ることはなく、長年にわたって、私が彼に与えてきた苦痛を矢継ぎ早に言い始めました。例えば、夫は「自分のためにお金を使いたかったが、あなたのためにお金を出して夜間大学に通わせてやった。それなのに、あなたは在学中に北京まで陳情に行った。あなたは自分の目的のためなら、手段を選ばず何でもした。あなたは私に申し訳ないと思うべきだ! そのうえ、あなたは毎日出かけて真相を伝え、帰るのはいつも遅く、私を心配させた。さらに長年にわたってあなたが義理の両親にしてきたことはすべて自分のためだった。思い出してみると、あなたは私のことを気にしていなかった。極めて利己的だった……」と言いました。

 私は自分の部屋に戻り、発正念をし始めました。しばらくして、彼が上着を着て出かけていくのを見て、私もすぐに上着を着て、彼の後を追いかけました。彼がまた酒を飲んでしまわないように、外を歩き回って酔いを醒ますようにしているのだと思い、目を離さずに彼の後を追いかけながら、発正念をしました。発正念が終わってから、どうしようと悩んでいた時、「慈悲をもって世界を見れば、ようやく迷いの中から覚める」[1]という師父の説法を思い出しました。

 離婚したかったのは、純粋に自分が楽になりたくて、都合よく三つのことをしたかったからです。 中には、法を正すことにとって、有利な要素が含まれるかもしれません、そうすると、いいことをしているように見えますが、実はこの魔難を避けて、矛盾を素直に直視していません。これは自分自身のためです。

 彼のために考えると:長年にわたって、彼はずっと辛い思いをしてきたのだから、少しでも平穏に暮らしてほしい、だから離婚しよう。

 修煉から考えると:離婚は法に悪影響を及ぼす。友人、親戚、周りの人が大法を誤解し、彼らを済度することに妨害する。

 師父が望んでおられることを円融するのがベストであることは、法から理解できました。師父は何をお望みなのでしょうか? より多くの人を救い、より多くの命を救うことです。離婚したら、常人の面から見ると、彼からの圧力はなくなり、のびのびと暮らせるようになりますが、修煉の面から見ると、これは本当に彼のためにいいことをしたわけではありません。本当に彼のためであるならば、彼に大法を理解させて、済度を得ることです。「天地を主宰し、人道を正す」[2]という師父の説法を思い出しました。私は大法弟子ですから、どんなに難しくても、私と縁のあるこの生命を大切にし、正しい人生の道を歩ませなければなりません。

 高圧的な環境の中でも、彼は大法を認めてくれて、私と一緒に家庭を支えてきたのは、彼は本質的に良い人であり、正しい道を歩んでいるのだと思います。私が彼と一緒に暮らすのは、情のためでもなく、愛のためでもなく、縁のためでもないのです。ただ大法に導かれ正しい道に従って、歩んでいくことなのです。

 彼の後をついていくと、彼はカラオケ店に入りました。そこに入ってはいけないと思いましたが、ついて行きました。そして夫が振り向いて私を見た瞬間、驚いて恥ずかしくて、ぎこちなくその場に座り込んでしまいました。

 店員はスピーカーとディスプレイの電源をONにしてマイクを2本持ってきました。私は立ち上がり、「外で待っている」と小声で夫に言いました。カラオケ店から出たとき、涙が流れて止まりません。「人はこの世で迷い、なぜ生きているのかわからない、とても悲しい、ここは彼のいるべき場所ではない」と思いました。夫は2曲歌ってからお金を払い、私と一緒に帰りました。

 内に向けて探し自分を修めると、夫が変わった

 自分のことを反省すると、確かに利己から抜け出せていませんでした。家を買い換えたいのに夫が反対しているので、夫がいなくなれば思い通りになると、ときどき思ってしまうなど、非常に邪な念が出てきます。利己のために、どれだけ悪事を働いてきたのでしょうか?  私は師父に自分の過ちを告白し、自分で手段を選ばずに傷つけた生命に心から謝罪します!

 私は毎日、三つのことをこなすことに専念しているため、「料理はできるだけ簡単なものを作り、夫が夢中になっていることに無関心で、さらに、頼まれごとは渋々とやっていました」「夫とほとんど話さず、食事の時だけ話しますが、私は、ほとんど明慧ラジオの交流を聞きながら話していました」「やるべき家事はやっていましたが、たまに適当にやっていました」「日常生活で何かあったら、まず彼を思い出すが、形式的な公務のようで気持ちがこもっていませんでした」「彼に無理やり学法をさせ、彼を不愉快にさせてしまいました」などのことがありました。

 夫は、大法が素晴らしいものだと知っていますが、無神論や他の気功の影響、そして私が迫害されたことによる圧力で、時には1人で『轉法輪』だけを読み、夜中に長時間座禅することもありました。しかし、私が「一緒に学法し、煉功をしよう」と言っても、やってくれないのです。私は、彼の立場に立って交流をするのではなく、ただひたすら「学法して」と言い続けました。夫がスマホを見続けていると、私は怒ったり焦ったりしました。なぜ彼に大法を修めさせたいのか、考えてみました。大法は修煉者に良いこともたらすので、それを得させたいからです、それは情であり、彼を変えようとすることであり、良くないことをしているのです!

 私は夫に、「あなたに指摘された欠点がすべて当てはまる。そして、私のせいであなたを傷つけてしまったことに、心から謝る。中共邪党が私を迫害することは、あなたを迫害しているのだ。恨みの心を放棄すべき、それは邪悪な中共の悪魔によるものだ。あなたの苦しみを補償することはできないが、師父はあなたに最良なものを与えてくださいます。無理に学法させることはもうしません。ただ、機縁を大切にし、本当に大法の修煉に足を踏み入れ、仏法の偉大な素晴らしさを感じてもらいたい」と言いました。

 夫は何も言わずに微笑んでいましたが、その表情からは安堵感が漂っていました。それ以来、夫は落ち込むこともなくなりました。以前、夫は夕食の時だけ部屋から出て来ていましたが、今は、もうそんなことはなく、私が真相を伝えるために外出するとき、「気をつけて早く帰ってくるように」と声をかけ、気遣ってくれます。それから帰宅したら夫がご飯を作っています。そしてお互いを尊重し、美味しい食べ物があれば、お互いに譲るようになりました。

 夫は本当に大きく変わりました!

 大法修煉で魔難に遭遇しても、師父と大法を思い出すと、内に向けて探して自分のことを修めれば、悪いことは良いことになるのです。大法は至るところに、人々に光と温もりを与えてくれます。

 以上は私の感想と体験ですが、不適切なところがあれば、慈悲なるご叱正をお願いします。

 師父の慈悲深い済度に深く感謝いたします!

 同修の皆さん、ありがとうございます!

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『洪吟』「功なって圓滿」
 [2] 李洪志師父の著作:『洪吟二』「預」

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/8/19/447792.html)
 
関連文章