口を修めることは他人の為であり、自分の為でもある
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2022年10月23日】師父は口を修める問題についてはっきりと仰っています。同修よ、師父は口を修める問題に対して厳しく要求されているのに、なぜ弟子の私たちは師父の話をまったく聞かずに言葉を発してしまうのでしょうか?

 最近、私たちの街では、口を修めないことで混乱が起きており、その噂が巡り巡って、同修の間に隔たりが生じ、人を救うことに支障をきたしています。 ある年配の同修は人々に真実を伝えるために、私服警官に見つかり、公安局に不当に連行され、その同修は少しも恐れずに、公安職員に面と向かって大法の素晴らしさを伝えました。1時間後にその同修は無条件で解放されました。その時我々は本当に公安職員が大法の素晴らしさを理解して、自分を正しく位置づけしたことに非常に喜びました。

 しかし、同修の間では「年配の同修が手錠をかけられて引きずられた」「その夫も連行された」という噂が流れましたが、すべて嘘でした。もう一人の同修は真相資料を配っているところを私服警官二人に狙われ、その場でわかったので、同修は師父のご加護を願い、正念を発しながら、巧くその場を立ち去りました。  ところが翌日、同修の間で「連行されたらしい」という噂が流れ、本当に連行されたのかどうか、周囲に問い合わせる人もいました。 このような話を広めて、何かいいことがあるのでしょうか?  そのため、同修の間に隔たりができてしまいました。今は邪悪が大法弟子の家を探しているなどと噂され、外に出て三つのことを実行することをすでに非常に恐れている同修がさらに恐れ、複雑な環境に拍車をかけています。

 同修たちよ、師父は「学習者として、師父の要求に従って行なっていなければ、これは小さな問題ではないはずです。旧勢力はすべての大法弟子に対してそれらのものを按排しました。もし大法弟子が師父の要求に従って行なっていなければ、きっと旧勢力の按排に従って行なってしまったことになります」[1]と仰いました。 

 今、世人はすべて神から生まれ変わったのですから、彼らを救わないで良いのでしょうか? みんな救われるのを待っているのですから、大法の資料を持って、人を救いに行きましょう。 そこに精を尽くしていれば、口業を作る暇などないのではありませんか? 明慧の同修が人々を救うためにまとめた貴重な情報を大切にし、衆生が真相を知り救われるように、師父の言葉に耳を傾けてください。

 弟子として、私たちの行動や発言はすべて、師父のため、大法のため、衆生のため、そして将来大審判に直面したときの自分自身のためでなければならないのです。

 もちろん、同修を非難しているわけではなく、注意喚起しているのです。 修煉は厳粛であり、師父は巨大な犠牲を払われ、我々に時間を伸ばしてくださり、我々はより多くの人を救って、自分の歴史的使命を果たし、悔いを残さないようにと期待されているのです。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『精進要旨三』「考えをはっきりせよ」

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/10/5/450427.html)
 
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