江沢民がいなければ、中国はどうなっていたのか?
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文/欧陽非

 【明慧日本2022年12月11日】江沢民がいなければ、今日の中国はどうなっていただろうか?

 江沢民は、中国共産党(以下、中共)政権が内外の苦境に直面している時に死んだ。

 対外的には、中国と欧米の蜜月期が終わった。貿易と科学技術のデカップリング、世界サプライチェーンの中国離れは、中国の今後の経済発展に大きな課題を投げかけている。

 中国国内では、ハイテクによる「安定維持」が、中国をデジタル刑務所と化した。特にパンデミック時の統制では、誰もが持つ携帯電話が実質的に自由を束縛する手錠となった。国民の強い不満を引き起こし、抗議や暴力的な衝突も絶えない。

 内憂外患は一見無関係に見えるが、どちらも中国の数十年にわたる高度経済成長期に政治体制が転換しなかったことに起因している。つまり国力の増大は、期待されていた自由に繋がらなかったのである。それどころか、政権はより専制的で腐敗した体制となり、国民に対する監視と統制もより広く、より精緻に行われるようになった。

 経済が発展したのに、なぜ中国人は却って自由を得る機会を失ってしまったのだろうか? これは江沢民による法輪功への迫害と深く関わっている。

 仮に江沢民という人物がいなかったら、あるいは江沢民が法輪功を迫害しなかったら、今日の中国はどうなっていたかを考えてみよう。

 法輪功自体は政治とは関わりがない。しかし佛家修煉法として中国で自由に広く伝われば、無神論を固守する中共の硬直したイデオロギーを打ち破ることに役立ち、中国の政治・文化の変革に道を開くことに繋がったと考えられる。

 1980年代、中国で気功ブームが起きた。気功には、常に超能力や人体の超常現象が伴う。多くの中共幹部は体を丈夫にするために気功を習い、支持していた。当時、中共政権は気功に対して「三ない政策」、つまり「議論しない、宣伝しない、批判しない」を掲げていた。一種の文化現象として、気功の興起は確かに共産党イデオロギーの束縛を打破し、人々の精神を自由にするのに積極的な作用を果たした。1989年の「六四天安門事件」の大虐殺で中共のイデオロギーが再び引き締められたものの、気功ブームは止まらなかった。

 1992年、李洪志先生は法輪功(法輪大法)を公に伝え、気功ブームに現れた種々の乱れの根本原因を説明し、法輪功が佛家修煉法であると明言した。法輪功は真、善、忍を重んじる。人々に返本帰真を教え、有神論信仰として社会に急速に普及した。奇跡的な健康効果と、人々の精神面の向上への本能的な追求により、7年間で社会の各階層におよぶ数千万人が修煉に加わったが、そこには中共の高官を含む党員や幹部も多くいた。つまり、硬直した無神論イデオロギーを持つ組織である中共は、7年間にわたって法輪功の広範な普及を黙認していたのだ。

 江沢民がいなければ、あるいは江沢民が法輪功を弾圧していなければ、より多くの人々が法輪功から恩恵を受けたはずである。真、善、忍を信じる人の高潔な行為が、その家族や同級生、同僚にも影響を与えたであろう。真、善、忍を信じる人が多ければ多いほど、社会全体の道徳水準も高まる。そして中国経済の発展過程で、誠実で善良な道徳を守ろうとする社会的な力が生まれ、無神論という枠を打ち破る信仰が生まれ、人々は「神が人間の行為を見ている」と信じ、善悪に報いがあると信じることになる。経済が発展し、社会の道徳が比較的よいレベルに維持され、今日のような信頼の危機に陥ることがなく、「貧乏人を嘲笑っても娼婦を笑わない」、「自分のために計らぬ者は、天地の罰を受ける」といった腐敗した社会とはならないだろう。中共も見放され、人々は真の自由を手に入れる。このような経済発展のモデルならば、誰もが憧れるのではないだろうか?

 不幸なことに、江沢民は法輪功への弾圧を開始した。迫害を執行・維持するために、江沢民は「610弁公室」 を設置し、中国の「法に則って統治する」プロセスに停滞、後退をもたらした。弾圧の口実を設けるため、江沢民は天地を覆い尽くさんばかりのデマと偽の情報で法輪功を中傷し、メディアを偽情報の急先鋒に仕立てて「天安門焼身自殺」のデマを捏造し、憎悪を煽った。中国メディア全般は、独裁者の殺人の道具に堕落した。さらに真相の伝播を阻止するため、江沢民は巨額を投じてインターネットのファイアーウォールを構築した。「真善忍」が禁忌の言葉となり、中国社会の誠実と信用の欠如が加速した。政治・法制度は法輪功学習者(以下、学習者)を弾圧する暴力のマシーンとなり、多くの人々が迫害されて一家離散を強いられた。学習者を強制的に転化させる「洗脳班」が至るところに設置され、大規模に暴力が蔓延り、無法の闇監獄も多く設置された。学習者に対して行われてきた臓器狩りは、この地球上にかつてなかった邪悪である。

 江沢民グループの法輪功を弾圧する組織的な政策は、江自身の言葉を借りれば「名誉を汚し、経済的に破綻させ、身体を消滅させる」である。江沢民が法輪功を迫害するために構築したシステムは、一度確立されれば学習者に限らず、14億の中国人の誰もが被害者になる可能性がある。今日の防疫に使われているコロナの「ゼロ政策」は、何も新しいものではない。「ゼロ政策」と検索してみれば、法輪功に対する「ゼロ政策」が何年も前から始動されていたのが分かる。

 江沢民は1999年7月から法輪功を弾圧し始めたが、中国はちょうどこの時期、経済のグローバル化の波に乗りつつあった。WTO加盟に伴って大量の外国資本と技術が流入し、中国の安価な労働力も寄与し、中国では20余年続く経済成長が始まった。しかし、この経済成長は、江沢民と中共による法輪功への人権侵害が伴うものであった。 

 こうした人権侵害に対する欧米からの非難に直面した江沢民グループは、経済利益と引き換えに批判を黙らせた。外圧が大きければ大きいほど、江沢民は持続不可能なほどの経済発展、GDPの成長至上といった短期的な成功に躍起となった。つまり、百の不祥事をそれによって覆い隠そうとしたのだ。安定維持のマシーンを無限に強化し、迫害を隠蔽して真実を封じた。大々的な監視、ビッグデータ、顔認証、人工知能などのハイテクで人々の自由を制限する包囲網を構築し、それは四方八方に張りめぐらされた。結局のところ、人権保障のないこの経済の宴では、経済が発展しても政治的自由が現れない運命にある。そして、自由が保障されない経済的成果は砂上の楼閣にすぎず、あっという間に消えるであろう。

 江沢民はなぜ法輪功を弾圧したのだろうか? 理由は至極簡単で、江に汚い嫉妬心があったためである。鄧小平の死後、権力欲が極限まで膨らんだ江は、法輪功の創始者である李洪志先生があれほど多くの人に尊敬されることに耐えられなかった。人々が江をものともしないとは想像もしなかったのだ。江が「三講」や政治をいくら語っても、興味を示す人はあまりいなかった。そこで江は矛先を法輪功に向けた。7人の常務委員のうち6人が反対したにもかかわらず、江沢民は弾圧を独断専行した。他の委員は唖然としたが、権力に酔った独裁者は、数十年にわたって人々を懲らしめる経験を積んだ邪悪な中共という機械を操り、経済や道徳、人権、自由の面で中華民族が持ちえたはずの持続的発展の機会を葬り去った。

 江沢民のちょっとした嫉妬心のせいなど、偶然のように見えるかもしれない。しかし、この嫉妬心の邪悪さの程度は普通ではない。『江沢民其の人』という本によると、江沢民の出自はもともと古墳の中のヒキガエルで、悪人の千年の妬みの息を吸って転生したという。そのゆえ、江沢民はその嫉妬心に駆られ、大きな裏切りや悪事を働くことができるというわけだ。江沢民が巷で「江蟾(ヒキガエル)」と呼ばれるのもそのためだ。江沢民の死後、BBCや『ワシントン・ポスト』、『ニューヨーク・タイムズ』を含む欧米メディアは、江沢民の死を報じる際、そのニックネームである「Toad」(ヒキガエル)に言及している。

 江沢民が権力を握っていた当時から、江に関する語呂のよい俗語、笑い話、様々な噂が流れていた。10年前、江の死が伝えられたことがある。当時、ネット上では「江沢民はなぜ祝日に死んだのか」という文章が出回り、次のようなジョークが引用されていた。江沢民は高僧に占いを聞きに行き、「いつ死ぬか」と尋ねたところ、「祝日に死ぬ」と告げられた。江が「どの祝日か」と聞くと、高僧は「あなたの死ぬ日が祝日になるのだ」と答えたそうだ。江がいかに人々にとって悪の存在であったかが分かる。

 死亡した江沢民は、その罪により地獄に落ちて永遠に戻らない。これは「花が散った」ということであり、神が中華民族に再び花開くチャンスを与えて下さったということでもある。中国に「六四天安門事件」がなく、江沢民もいない時代に戻り、再スタートして健全に発展することができるだろうか? 間違いなく可能ではある。しかしその前提として、江沢民が社会で犯した罪が明らかにされなければならない。私たちは、江沢民の罪が全世界で明らかとなる日を待ち望んでいる。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/12/3/452635.html)
 
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