大法と照らし合わせ 幾層もの人心を取り除く
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2023年8月5日】私と母は大法を修煉しています。 半年前、母に深刻な病状が現れ、家族が病院に連れて行ったところ、医師から三度の危篤宣告を受け「後のことを準備するように」と言われました。しかし、同修たちの助けのもと、母は自分自身に存在する原因を見つけると、厳正な声明を発表しました。そして、体に奇跡的な変化が起こりました。

 母が退院した後、私は故郷に戻って母の面倒を見ることにしました。母のことを知った故郷の同修たちが、母を励ましに駆けつけてくれました。母は、足に小さな傷があって、しばらくはベッドから降りられなかったのですが、同修たちの粘り強い発正念のもと、すべてが元通りに回復しました。周りの人たちも不思議に思いました。

 今日の昼、母から電話があって、「親戚が見舞いに来てくれたので、早く帰ってきてほしい」と言いました。その親戚の男性は、数年前から胃ガンを患っており、少し前には、危うく命を落とすところだったと聞いたので、私と母は、男性に「法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい」と心からの九文字を唱えるようにと教えたことがありました。母は電話で、「彼は、『奇跡的な薬を飲んだので、元気になった』と言っているので、この薬を買ってきてほしい」と頼みました。それを聞いて母の言葉に驚きましたが、まずは家に帰ってから、彼に事情を聞いたほうがいいと思いました。

 家に戻る道中で、「母はいつも、根本から大法に基づいて物事を認識することができない。ぼんやりしており、意気地がない。常人に真相を伝えているのに、逆に常人から『奇跡の薬』を買おうともしている。大法に泥を塗っているのではないか......」などと、母に言いたいことばかりを考えていました。

 家に戻って親戚の男性に会うと、確かに顔色が前より良くなっていると感じました。彼の話を聞いて、彼は健康食品のマルチ商法をやっていることが分かりました。彼はこの薬を飲み始めた時期が、ちょうど私たちが彼に「心からの九文字」を唱えるように教えたときだったのです。しかし、彼は「奇跡の薬」だと信じていたのでした。

 ここで自分のことを重点的に話したいと思います。

 私は、彼がマルチ商法をやっていると分かった後、このように気づきました。「私は帰り道、母の欠点ばかりを考えていた。それらの言葉を、口から一気に吐き出さなければならない。私はなぜ我慢できず、それを吐き出したいのか? そのとき、何が私を支配していたのだろうか?」。その瞬間、師父の説法を思い出しました。「あなたが修煉者でありさえすれば、いかなる環境、いかなる状況下でも、遭遇したいかなる厄介なことや不愉快なこと、ひいては大法の仕事のためであっても、皆さんが思っているどれほど良いことや、どれほど神聖なことであっても、わたしはそれらを利用して皆さんの執着心を取り除き、皆さんの魔性を暴露させ、それを取り去っているのです。皆さんの向上こそが、最も重要だからです」[1]

 私は自分の目的や、これらをする理由はさておき、その瞬間に曝け出された自分の後天的な思想、観念、業力を見分けることができました!  最も簡単に整理できたのは、焦り、怒り、不平不満、失望であり、次いで自分を堅持する心が現れ、いかに母を説得するかという雄弁さでした。そしてよく考えてみると、名声への執着(常人に笑われることを恐れる)、共産主義的な考え方(家族や同修を動員して母を「批判」させる)もありました。

 表面的には、母のため、同修のため、さらには大法のためであるように見えますが、これらの悪い心が間違いなく存在していることに気づきました。普段の他人との日常的な付き合いの中では、なかなか表には出せないかもしれず、あるいはだんだんと少なくなるかもしれません。おそらく、このような状況の中では、自分は法に則っており、正しいという考えに隠されている時にこそ、それが現れているのです。私は今、それを取り除かなければ、いつを待とうとするのでしょうか。

 おそらく、「正しいことをやっている」という隠れ蓑のもとで疎かにされた心は、最後に残された部分だと思うのです。取り除かれるべき、これらの心が存在するがゆえに、本来「正しいこと」と思ったことの結果が、悪くなったのです。ひいては、「他人のためを思ってやっているのに、どうして分かってくれないのだろうか」と思ってしまうかもしれないのです。これらの心を取り除くことを分かっていなければ、旧勢力がこれらの人心を掴んで拡大させてしまい、同修間の隔たりがさらに深くなる可能性もあるのです。最終的に、人を救うことにも影響を及ぼすことになりかねず、それが旧勢力の目的だからです。

 修煉の中で感じることは人それぞれですが、私が感じることの一つは、自分が悪い心を持っていること、あるいは、自分を支配している後天的な観念に気づき、それが自分ではないことを分別することです。それを取り除こうと思うたび、頭の中の花崗岩が割れるような、あるいは砂でできた殻が身体から「スーッ」と落ちるような感覚がするのです。頭が急に軽くなったり、額が明るくなるような、はっきりとした感覚を覚えることもあります。

 この場を借りて、私のもう一つの修煉体験を共有したいと思います。数年前、私は人間の観念に振り回されてしまいました。お金を借りて、商売をすることから始まり、お金を儲けるために自分の会社に執着し、ますます商売に心を使いました。法を学ぶことが少なくなり、長い間法を学ばなかったことさえありました。知らず知らずのうちに、一日中自分のキャリアと仕事に忙殺され、学法の時間がなくなりました。人を救い、真相を伝えることは尚さらできませんでした。

 それだけではなく、一日中リソースを見つけることや、仕事の提携、計画、プログラムの作成に突っ込んでいたのです。しかし、結果として多くの苦労は、全く効果がありませんでした。多額の負債を負ってしまい、銀行のブラックリストに載せられ、従業員の給料も期限内に支給できなくなり、何度も裁判所に起訴されました。友人や親戚から借りたお金を返済できないので、関係も徐々に疎遠になり、債権者が何度も家まで返済を求めたりしました。自分は何度も自殺を考えました......。このような状況で、心を静めて学法することができるでしょうか? 人を救えますか? 法を実証し、修煉する意志がすっかり薄れてしまったのです。

 その時は、「自分がこのようになっていてはいけない」と分かってはいたのですが、その原因が分かりませんでした。一日中絶望的なネガティブな状態に陥り、苦しくなり、意気消沈の毎日で、自分自身に失望していたのです。周囲の人々に真相を伝えることが、どれほど効果的であったかは想像できません。これは旧勢力の望むことではありませんか? 修煉を諦めさせるだけでなく、もっと重要なのは、師が法を正すことを手伝うことに参加しなくなり、救われるべき多くの人々が機会を失うことなのです!

 ある日、私は突然、「今まで何をしていたとしても、今持っているネガティブな考えは、すべて取り除くべきものなのだ!  私は常人の中で、間違ったことをしていた(借金を返さないなど)が、それでも私は今、この瞬間から、これらの後天的な悪い観念を取り除かなければならない!  起き上がろう!  そして、今から一番低いところから始めよう!」と、ようやく気づいたのでした。その瞬間、頭の上から重さ数トンの石が落ちてきて、一気に砕け散ったような気がしました。

 以前は、物事を行うことと、自分の心の関係についてよく考えていました。たとえ自分の見方が正しくて、物事を正しく行っていても、自分の心性が向上していなければ、やはり駄目だと思っていました。しかし、今回のことで、「もし間違ったことの中でも、依然として法を用いて、自分と照らし合わせ、大法に照らして心を修め、師と共に家に帰りたいと願う限り、大法は無辺なのです。計り知れないほどの広大なる佛恩が、すべてを正しい道に戻ることに導いてくださる」ということを悟りました。

 幸いなことに、私はこの点を悟ることができました。その後、法の勉強を通して、ようやくそのような苦境から徐々に抜け出し、法を正す進展について行けるようになりました。また、着実に修煉の中で、常人と違った苦楽や、最後になればなるほどの細微さをますます体験することができ、法を正す時期の大法弟子の責任の重大さを、ますます体験できるようになりました。

 おそらく、こうした具体的なことを通してのみ、様々な人心をさらけ出すことができるのです。従って、常人の中で遭遇する多くのことはみな機縁であり、毎回の機縁は非常に得難いことなのです!

 この体験を書こうとする直前、歓喜心と、名利心が再び見えたので、すぐにそれらを掴み、発正念をして取り除きました。心を静めてから執筆を始めました。しかし、書いているうちに、自分がまだ抜け殻の上でいろいろなことをしているように感じたので、それがどんな心なのかは分かりませんでしたが、後天から形成されたものだと分かったので、取り除きました。

 以上が、私自身の修煉体験と悟りです。明慧のプラットフォームを借りて、同修の皆さんと比して学び比して修し、共に精進していけたらと思います。個人の修煉状態はそれぞれなので、これはあくまで参考のためのものです。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『精進要旨』「再認識」

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2023/7/24/463312.html)
 
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