文/中国の大法弟子
【明慧日本2023年10月2日】私の両親は私が5歳のときから法輪大法の煉功を始め、現在私は30歳です。大法は私にとって長い間一緒だったので、運命的に縁があるに違いありません。
1999年に中国共産党(CCP)が法輪大法への迫害を開始し、警察が学習者を不法に逮捕し始めたとき、私は小学生でした。学校では先生達が大法の事を誤解し、大法はテレビ放送が主張しているようなものだと考えるようになりました。
学校では生徒に大法を中傷するメッセージを書く用紙を配布しました。妹はその用紙を破ってしまいました。私は用紙を完成できなかったら先生に叱られるのではないかと思い泣きました。
母は天安門広場の焼身自殺事件について私に話してくれ、大法は正しい修煉法で、それを守ることは崇高なことだと言いました。次の日学校に行くと、先生は提出書類を提出しなかった私を責めず、学校の成績を褒めてくれました。その時、私は大法の不思議な力を実感しました。
揺るぎない信念の力
私の成績はあまり良くありませんでした。私が高校受験をしようとしていたとき、先生は母に、私の学力では合格できないから、専門学校への進学を考えた方がよいと言いました。
母は諦めずに、「法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい」と毎日言い、大法と李師父(大法の創始者)を信じるようにと私に言いました。高校受験の為の試験を受けて、入学基準を30点上回る成績で合格したので、私はさらに大法を信じるようになりました。
高校生の時に病気で倒れてしまいました。先生は母にそのことを伝え、私をタクシーに乗せて病院に行く様に言いました。すぐに母が来てくれて、母を見るとすぐに気分が良くなりました。私は病院に行く必要はない、家に帰って師父の講義を聞きたいと言いました。
私は師父の講義を聞きながら眠ってしまいました。目覚めた時、不快感は消えていました。師父が私を助けてくださったことに感謝しました。
大学に通い始めたある朝、私はトイレの掃除を任されました。2000元(4万円程)相当のHuaweiの携帯電話を見つけたので、クラスメートは幸運だと言ってくれました。私は師父の言葉を思い出しました。
真・善・忍は良い人か悪い人かを判断する唯一の基準『轉法輪』
携帯電話の持ち主も心配しているだろうと思い、返すことにしました。私は良い人になりたかったのですが、クラスメートは私が電話を返したので愚かだと思いました。しかし、私は他人の持ち物を奪ったら徳を失うのはわかっていました。
私はその電話番号に電話して、同級生の家族に知らせました。私が彼女の携帯電話を返すと、彼女は私に感謝の気持ちを伝えるための礼状を書きたいと言ったので、私は丁重にお断りしました。
パンデミックの時に師父が私を救ってくださった
2021年7月に新型コロナウイルスのワクチン接種を受けた後、髪の毛が抜け始め、体重が9キロ以上減りました。同僚は私がダイエットの薬を服用していると思い、夫は私に健康診断を受けるよう勧めました。
絶食後に血糖値を測ってみました。A1C テストの結果は20%以上で、正常範囲は約3.9 ~ 6.1%であるはずです。心配になって母に言いました。母は大法だけが私を救ってくださるので、しっかり修煉しなさいと言いました。私は毎日『轉法輪』を読み、母と一緒に煉功するようになりました。もう自分の健康について考えるのをやめたので、血糖値は最終的に改善されました。
2022年12月、私の地域では新型コロナウイルスのパンデミックが非常に深刻でした。私は仕事中に悪寒を感じ、体温は39.5度ありました。上司は私を家に送り、私は母親にウイルスに感染した可能性があると話しました。母は師父の講義を聞いたほうがいいと言いました。
顔が熱くて赤くなり、ベッドに横たわっていると惨めな気分になりました。私は師父の講義を聞きながら寝たり起きたりを繰り返していました。その夜には体温も下がり、元気が出てきました。水を飲んで顔を洗いました。煉功の準備をしていると、強力なエネルギーが私を包み、暖かく感じました。
煉功が終わった後、母が私の体温を測ると正常に戻っていました。その後に大盛りの麺を食べたら、不快感はなくなりました。師父が私を守ってくださったのはわかっていました。
私は休暇中も毎日法の勉強と煉功を続けました。ある夜、窓から落ちる夢を見ました。私はパニックにならず、「法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい」を思い出しました。私は師父に助けを求めました。それから私は病院で自分の姿を見て、母は私が足を骨折したと言いました。彼女はまた、私が高い建物から落ちた後、まだ生きていたのは奇跡だと言いました。師父がおられなかったら私は死んでいたでしょう。
私がその夢のことを母に話すと、危険に遭遇したとき、最初に師父と大法のことを考えたのは良かったと言われました。
私は何年にもわたってさまざまな経験をしてきた事で、師父がずっと私と一緒にいて下さったことを確信しました。私は十分に修煉していませんでしたが、慈悲深い師父は決して私を見捨てず、見守ってくださいました。私はこれからの修煉の道について師父に改めて感謝し、熱心に法を学び、煉功して参ります。ありがとうございました。