すべての魔難は偶然ではない
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 文/中国の大法弟子 

 【明慧日本2023年10月31日】私は最近、「茫」という記事を読み、自分の修煉においての二つの出来事を思い出しました。

 明慧ネットで、一人の女性大法弟子が監禁され、毒を盛られ、拷問を受けて死ぬほど苦しんだという記事を読みました。 その時、私は邪悪を憎みながらも、無意識のうちに、「なぜ師父が阻止されなかったのだろうか?」と思いました。 しかし、私はすぐにこの一念が間違っていることに気づき、この不適切な考えをすぐに取り除きました。

 夜、私は夢を見ました。かつて私は甥を殺し、彼の指を8本失わせたため、甥が誰かを連れて私をどこまでも追いかけてくる夢で、 私は震えあがりました。その恐怖はあまりにもリアルで、 大罪を犯したので、必ず死ぬとわかっていました。逃げ場はなく、ただしばらく隠れているしかありませんでした。 私は村の隅から隅まで走ったのですが、2人が村中私を追いかけてきました。あともう少しで追いつくところで、突然一人の男性が現れて、甥たちを止めました。私はその人の外観を見ることも、その人が言ったことも聞くことはできませんでした。しかしこの男性は、明らかに私を殺すことを断念するように、甥を説得していたということが分かりました。 しばらくして、甥は本当に私を追うことをやめて、もう一人の男を連れて去って行きました。先ほど仲介をしていた男性も姿を消しました。 私はほっと一息をついたのですが、それから間もなくして、今度は兄が追ってきました。兄は怒りの極まりで、自分の息子の仇を討つために私を殺そうとしました。兄は、私を捕えて決着をつけなければ気が済まない勢いでした。私はまた必死に走りに走り、怯えて体中の細胞が震え、恐怖に陥り、絶望しました。 経験したことのない人には、その恐怖がどんなに恐ろしいものかわからないと思います。もう逃げられないと分かりました。 しかし、少しの間でもと思い、私は懸命に走り、ついに母の家まで走りました。 家の外には兄が立っており、憤激した表情で私を見ていました。 私は、「兄さん、もう一日だけ、母さんと過ごす日をください」と言うと、 兄は何も言わずに自分の意念で私にこう伝えました。「 息子を殺したとき、なぜもう一日猶予をくれなかったんだ?」その時、私は冷や汗をかいて目が覚めました。

 目が覚めたとき、なぜ兄の家族が私からお金を借りて返さなかったのかがわかりました。 実際、兄の家族はいつも私からお金を借りていました。 当時、兄の家族と私は良好な関係が続いており、私は喜んでお金を貸し、喜んで兄の家を助け、少しでも助けられることが嬉しかったのです。 それでも兄たちが借り続けても私は断りませんでした。しかし、その友好関係は、私の家にお金が必要となったことで兄にお金の返済を求め、拒否されるまででした。 それ以来、私たちは敵同士のようになりました。 今思えば、もし私が大法を修煉していなければ、命で返さなければならなかったでしょう。 慈悲深く偉大な師父は、私のためにこの返済の大難関を取り除いてくださったのです! 言葉を尽くしても師父への感謝の気持ちを表すことができません。師父、ありがとうございます。

 私たちは迷いの中で修煉をしているのです。前世で何をしたか、殺生したか、生き物を傷つけたか、お金をだまし取ったか、人をいじめたか、そういったことは現世ではわからないのです。 もし、私たちがこれらのことをすべてやっていたとしたら、債務者たちはその債務を欲しがり、借りを返すのが天の掟なので、私たちが遭遇する魔難はすべて偶然ではなく、因果応報に関係しているのです。 そして、私たちが苦しむこの魔難は、師父が私たちのためにそのほとんどを背負ってくださった後に残ったほんの少しなのです。 それでも師父に不平不満が言えるでしょうか?

 また、私は若い頃、占いが好きでした。毎年正月になると、隣村の盲者の男性が私の村に来て占いをしていました。 私が26歳のとき、彼に一度占ってもらいました。 すると、27歳から57歳までの30年間が人生で一番いい時期だと言われました。 そのとき私は「27歳になったら卒業して働きに出てお金を稼ごう」と思いました。 それ以外のことは何も聞かずに、聞こうとも思いませんでした。 そして56歳で退職し、57歳の6月24日から下痢をするようになり、下痢をし始めた当初は、師父が体を清めてくださっているのだと思い、気にも留めませんでした。

 しかし、下痢の状況は日々深刻になり、身体はどんどん痩せていき、見る影もないほどやせ細り、そして排泄物は水分だけで、最後に便意があるだけで何も出てきませんでした。その後、お腹が張って痛みが出てきました。 そのとき、お腹の中に腫瘍があり、ソファに座るたびに、腫瘍の塊りがお腹の上部にぶつかる感じがしました。 すると私は少し怖くなって、師父の写真の前で、跪いて師父に、「師父、私は大法弟子で、私が法輪大法を修煉していることを多くの人が知っています。大法に泥を塗りたくないです。師父の顔に泥を塗りたくないです。私を助けてください。私はこれから必ず精進し、寸刻を大切に人々を救うことに努めます」と懇願しました。 100日目になると下痢はおさまり、数日に一度、お腹が温かくなり、ガスが出るようになって、 その後、お腹の塊はだんだんと消えて元に戻りました。

 この時、占い師が言っていたことを思い出しました。占い師は、私が57歳になった後どうなるかを知っていたのでしたが、何も言いませんでした、母も私も聞こうとはしませんでした。 今考えると、もし私が大法を修煉していなかったら、その結果は想像できたはずです。 実際、私の人生は師父が伸ばしてくださった人生であり、私の魔難は、慈悲深く偉大な師父が私のために背負ってくださったのであり、報いるべき恩義を感じた私は師父に借りがあり、慈悲深い師父の私たちに授かった恩の重いことは、天に極まりがないようなものです。

 私たちは、ただただ精進し、人心の執着を早く取り除き、より多くの人々を救って、そうして初めて師父の慈悲なる済度に応えることができるのです。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2023/10/7/466776.html)
 
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