再び嫉妬心を取り除く
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2024年3月11日】このタイトルを書いたのは、以前、嫉妬心を取り除くという心性交流の記事を書いたのですが 、私自身の中に再び嫉妬心が現れたため、それを暴露するために書きました。

 毎朝、煉功を始める前に口をすすぎ、水を数口飲みます。 コップ一杯の水を持って窓の前に立ち、窓の外、時折星の明かりが灯る暗いビル群を眺めます。 数日前、窓の外を眺めながら、私はあることを考えました。人々がまだ眠っている間、私はすでに起きて、煉功をしていました。 その時「自分は他人と自分を比べている。 嫉妬心だ!」と気づきました。

 法を得たばかりの頃の事を思い出しました。当時、私は簡易住宅に住んでいました。そこの住民たちは9時になると水汲み場に行って洗面器に水を貯めて、顔を洗っているのをよく見かけます。しかし、私はすでに煉功を終えて、法を学び、洗濯と食事をして、布団カバーとシーツも洗い終えています。 まるで他人より寿命がずっと長く延びたと感じ、とても嬉しく誇らしく思いました。

 また、師父の功法を教える動画を観ながら「神通加持法」を煉っているとき、内力(前腕の力で後腕を動かせば、力強く感じる)がある事を確認できますが、自分の動きが正しい位置にないといつも不満を感じていて、 そして自分に不満がある度に、自分より動きの悪い人はたくさんいるとすぐに納得した事を思い出しました。

 もう30年も前のことですが、朝市で老夫婦が薄皮に具沢山のビーフパイを売っていました。絶品で朝食用によく買っていました。奥さんがいつも荷台にニンニクを数本積んでいるのを見て「ニンニクって餡に使うのかな?  どうやって生地を作り、詰め物をするのか、いつも彼女に聞きたかったのですが、口を開くことはありませんでした。 なぜならば「彼女は自分のノウハウを他人に教えたがらないはずだから、彼女に聞けば、迷惑をかけてしまうかもしれない」と思ったからです!  当時の私は、相手を思いやっているつもりでした。 今考えると「自分のものを他人と共有して、他人に有利になって欲しくない」という気持ちを持っていたのは自分であり、小さな心で他人を見ていました。

 こうして自分を見てみますと、他人と自分を比べて、他人が自分より劣っているとわかると、心のバランスがとれてホッとし、他人が自分より優れていてうまくいっているとわかると、密かに相手を追い越そうと努力をします。 この心理は修煉者の間でも時折見られます。 嫉妬心を持つ人は、自分より他人が優れているのを許せません。 このような心を持っていると、他人が成功しているのを見て、どうして「心から喜ぶ」ことができるのでしょうか。 純粋に「心から喜ぶ」ことができるかどうかが、嫉妬心があるかどうかを判断する最も直感的な尺度であります。

 この時、自分の身体に現れた様々な嫉妬の表れが「走馬灯」のように一コマづつ映し出され、自分の過去の行動を(様々な形で)振り返ると、本当に情けなく感じました。 自分がはっきり見えてきた時が、これらの嫉妬心を修めて、一層一層、取り除いていることでもあると分かっています。 このような常人の心を認めません。私たちがどれだけの常人の心を捨てられるかによって、師父がいくらでも執着心を取り除いてくださるのです。すべては師父がなされているのです。 師父に感謝致します!

 弟子として、師父の弟子に対する高い期待に応える唯一の方法は、法をもっと学び、法に同化し、徐々に常人の状態から抜け出して、まずは他人のために配慮できる生命まで修める事です。「皆さんは帰ってからも時間を無駄にせず、着実に修煉するよう切に希望します」 (『転法輪』)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2024/3/4/473840.html)
 
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