文/吉林省の大法弟子
【明慧日本2024年3月13日】1997年夏、私と職場の同僚が同時に全身に赤く盛り上がった蕁麻疹(じんましん)ができました。同僚は病院で注射を受けましたが、私は医師には私の蕁麻疹を治せないと分かっていました。何故なら私は修煉者で、この蕁麻疹は業力だからです。師父がこの業力を私の体の表面に押し出して消滅しておられるので、常人の方法で業力を押し戻すことはできません。
ちょうどその頃、直属機関が各職場の先進労働者を地方の職場に参観に連れて行くことになり、私も選ばれました。しかし、困ったことに、リーダーが会議で「誰にも休暇を取らせない」と言っていたのです。これは明らかに私への当てつけでした。
夜、帰宅して鏡を見ると、顔は真っ赤になり、目は細く開いていました。とても人前に出られるような姿ではありません。私は心の中で師父に「師父、明日は参観に行き、多くの人が私に会います。皆、私が修煉者であることを知っています。皆は私のこの姿を見たら、おかしいと思うでしょう? 私は法輪大法に泥を塗ることになるでしょうか? 師父、どうか助けてください」とお願いしました。
夜中に寝返りを打ちながら、明日のことにどう対処すべきか気にかかって眠れませんでした。明け方、まず鏡を見ました。「わあ! 顔にあった蕁麻疹が消えていて、いつものように跡形もない」と嬉しくて何度も叫びました。「師父、ありがとうございます! 師父、ありがとうございます!」
職場に着いたら、みんなが私の顔の蕁麻疹がどうしてなくなったのか不思議でした。「私の師父が取り除いてくださいました」と言いました。みんなは不思議に思い、「この法輪功は本当にすごい!」と言いました。
参観後、夜に家に帰ると蕁麻疹がまた顔に戻ってきました。消えるべき業力がまだ全部消されていないのだと理解しました。引き続き消していきます。師父の巧みな手配に感謝します。何も支障もありませんでした。
あっという間に業を消して14日目、蕁麻疹はまだ良くなっていません。その夜、夢を見ました。自宅で短パンをはいてベッドの端に座り、右足を伸ばしてベッドの上に置いていました。足は依然膨らんで一つになっていた蕁麻疹が小さな赤いブツブツに変わっており、とても痒くて、我慢できません。右手のひらで膝から太ももの根元に向かって一気に擦ったら、驚くべき光景が現れました。それぞれの赤い腫れたブツから白く太った黒い頭の小さな肉虫が地面に転がり落ちて転がりました。その時、怖くて目が覚めました。朝起きたら、顔や体のすべての蕁麻疹がなくなっていました。昨夜、全能の師父が別の空間で虫を取り除いてくださったのです。蕁麻疹も同時に消えたと分かりました。師父、ありがとうございます! 師父、ありがとうございます! 「弟子が正念足りれば 師は回天の力有り」(『洪吟二』「師徒の恩)でした。
私たち大法弟子が皆、師と大法を固く信じ、 修煉中に起こる身体の異常な状態を病気として扱わなければ、すべての問題は解決できると学びました。それはただ、魔練の時間の長さが異なるだけです。なぜなら、個々人の業力の大きさが異なるため、業力を消す際の症状の軽重と時間の長短が異なるからです。師父はある年配の大法弟子に、業力を消す過程で「真に修煉すれば、真に世話をする」という大きな文字を示されました。その年配の弟子は師父の励ましを受けて、その試練を乗り越えました。誰にとっても容易ではありませんが、師父が見守っていてくださるので、すべて乗り越えることができます。
半月の時間が経ち、私と同僚は蕁麻疹が同じように消え、全てなくなりました。しかし、修煉するかしないか、師父がおられるかおられないかは、根本的に異なります。彼女は人間の道を歩んでおり、私は神の道を歩んでいます。これは、天と地ほども違う二つの道です。
法輪大法の超自然的な性質と、修煉者と非修煉者の違いを比較によって証明してくださった慈悲深く偉大な師父に感謝します。この出来事を通じて、職場の同僚も大法の神奇を目の当たりにし、大法弟子が師父のご加護と病気のない健康な体を持っていることを羨ましく思いました。
私たちは正法時期の大法弟子であり、すでに三界外に出て、五行の中にはいません。すでに佛体として修煉しています。どうして病気になることがあるでしょうか? 絶対にありえません。
再び、偉大な師父の慈悲深い救いに感謝します! 師父、ありがとうございます! 師父に感謝します!
合掌
交流の中で不適切な点があれば、同修の方々からの慈悲深いご指摘をお願いします。