明慧多言語記者2024年交流まとめ集(二)
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 【明慧日本2025年3月6日】(前文に続く)

 インドの記者B

 あけましておめでとうございます。この機会をいただき、過去一年の修煉を振り返ることができることに心から感謝します。

 明慧海外報道チームの一員となることは、私にとって光栄であり、また重い責任でもあります。昨年、私は積極的に記事を執筆し、法輪功迫害の実態を明らかにし、大法弟子の不屈の意志を示し、正念に満ちた物語を通じて読者に啓発を与えました。

 この過程を通じて、私は自分が担っている神聖な使命をより深く理解するようになりました。明慧の記者として、私たちはすべての記事が正確で明確であり、大法の原則に従っていることを確保しなければなりません。また、報道は単に事実を伝えるだけでなく、人々に啓発を与え、大法の尊厳を守り、そしてこの歴史的な瞬間に法を実証することだと認識しました。

 修煉の面では、この役割が私の忍耐力、寛容さ、そして無私で協力する能力を絶えず試し、向上させてきました。さまざまな責任をバランスよくこなす中で、純粋な心を保つことは、私にとって継続的な修煉の授業のようなものです。また、自己疑念を取り除き、師父のご按排を本当に信じることの重要性にも気づきました。

 この一年、私は厳しい試練を乗り越え、さらに信念を固めました。2024年2月、私は母親を失いました。これは私にとって巨大な試練でした。しかし、この経験を通じて、私は師父の無限の慈悲と、正しい信念の力を深く感じました。母親は生命の最後の瞬間まで大法を堅持しており、私はそのことを通じて情の執着を放下し、修煉の道をより一層確固たるものにする力を得ました。

 また、私はいくつかの誤解や試練を経験しましたが、それが心性を向上させる機会であることにすぐに気づき、執着を取り除き、正しい信念を固めることになりました。私はそれらの表面的な問題に惑わされることなく、智慧、寛容さ、思いやりの心を培っていけるよう試練として捉えました。これらの経験は私に穏やかさを保たせ、人間の観念を突破する手助けとなり、恨みや恐れを持たず、心から修煉することを学びました。

 家庭においては、夫が突然健康上の試練を経験しました。これは私にとって、人間の観念を捨て、正念を保ち、師父のご按排を信じるかどうか試されることになりました。私は恐怖に左右されることなく、「すべては師父がコントロールされている」と自分に言い聞かせ、いかなる形式の妨害を否定し続けました。夫は「法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい」と絶えず唱え、大法に対する固い信念を示しました。彼の正念と忍耐強さは私を励まし、私にとって本当の修煉は外面的な表れではなく、心の中での大法に対する信念であることを再認識させてくれました。

 息子も修煉の中で素晴らしい忍耐力と正念を示しました。学業や健康面で困難に直面しましたが、彼の信念は揺らぐことはありませんでした。息子は私に「何があっても、どんな状況でも、私は修煉をやめません」と言いました。

 娘は多くを語りませんが、常に私を支えてくれ、私に力を与えてくれました。娘を通じて、修煉の道で家族が互いに励まし合い、共に成長する力を感じています。

 私は師父の慈悲深い守りに深く感謝し、明慧の神聖な使命を果たすとともに、自分を向上し続けさせることに感謝しています。新しい年に、私は、さらに固い信念と純粋な心で前進し、より力強い記事を執筆し、大法を実証するために自分の力を尽くしたいと思っています。

 ブルガリアの記者

 2025年4月、私は明慧海外報道チームに参加して2年目を迎えます。2023年3月、ブルガリアの協調人から、明慧ネットでブルガリアでの活動を報道して欲しいと言われました。この依頼を受けたとき、私はためらうことなくその仕事を引き受けました。これは師父から再び与えられたチャンスだと感じたからです。

 最初の頃、私はいくつかの不安を姉に話しました。自分は写真家でもなく、すべての活動に参加することも不可能であり、他の同修に素材を提供してもらわなければならないからです。

 当時、明慧の訓練をまだ受け終わっていませんでしたが、私は3月25日にプロヴディフで行われた活動に関する報道を期日通りに提出しました。しかし、この記事が明慧ネットに掲載されたとき、私はその内容が自分の原稿と大きく異なっていることに気づきました。その時、私は心中穏やかではありませんでした。なぜこんなにも変更されたのか理解できず、どこで間違ったのかもわかりませんでした。

 私は失礼なことをされたと思っていませんでしたが、編集者たちが私たちに特定の書き方を強要しているように思い、少し抵抗を感じました。それでも、私は明慧編集者に積極的に教えてもらうことにしました。この出来事は、私の中に「自分が正しいことを証明したい」という強い執着心があることに気づかせてくれました。

 私は、訓練を担当する編集者から回答をもらいましたが、記事を直した編集者からは返信がありませんでした。私は自分の立場を貫き、質問に答えてくれるよう求めました。このやり取りを通じて、私は国や文化の違いによって、考え方と性格も異なることや、ブルガリア人の複雑な心理構造に気づきました。これはブルガリアが経験した複雑な歴史的背景に起因しているものです。

 編集者の親切な口調、理解、共感、忍耐力、そして穏やかな態度が、私の頑固さを徐々に溶かしていきました。私は彼女が提案したすべての修正を受け入れました。私は一つのことに気づきました。それは、他人と違うことを表明したいとか、新しい主張を唱え、奇抜なことをしたいのは、実際には自己顕示の一種であるということです。ただ一つ理解できなかったことは、なぜ私たちの記事に対して様々な要求をするのに、他の国の報道ではこれらの基準が見られないのでしょうか。このような異なる基準について、最終的には私は自分の意見を押し通すことはありませんでした。編集者は「多くの時、私たちはある行動の背後に隠された他の要素を知っていません」と説明しました。私はそれを受け入れました。

 私は、中国共産党の迫害を受けている中国の修煉者たちにとって、他国からの支援を感じることがどれほど重要であるかを理解しました。彼らは、私たちブルガリア人が経験した規模が異なっていても、私たちも共産主義の邪悪さを深く理解していることを受け入れるのが難しいかもしれません。1944年9月9日のブルガリア共産党クーデター後に、ブルガリアの知識人や軍事政治エリートが大規模に虐殺された歴史を彼らに説明する機会はまだありません。

 私は理性の面で理解するだけでなく、心で慈悲を感じ取るようになりました。明慧ネットで働くことが本当に修煉者の事であることを実感しました。私はこのプロジェクトに参加して以来、他の修煉者の体験談を読む時間を増やしました。明慧ネットでの仕事が非常に厳粛であることに気づきました。私たちが投稿して明慧ネットに掲載された全ての記事は、ブルガリアの大法弟子の修煉を証し、私たちの努力をより効果的にするものだったからです。

 2024年、私はイタリアの協調人が書いた記事を読みました。それは2023年にイタリアでの神韻公演中に直面した困難と奇跡についての記事でした。このことがきっかけで、私はブルガリアが神韻公演を支援するために行った貢献について記事を共有しようと思いました。私は編集者の意見を求めず、直接記事を送りました。

 その記事は掲載されませんでしたが、私はその理由について深く考えることはなく、ただ簡単に確認しただけで気に留めませんでした。後になって、私は編集者とある同修の修煉の文章について深く話し合ったときに、初めて分かりました。

 私は、個人的な賞賛や誇示に対する執着ではなく、「愛国心」に基づく強い執着を持っていたことに気づきました。それはブルガリアとブルガリア人の貢献を世界に示したいという思いでした。私はブルガリアを強調する記事を書くとき、それがイタリアの同修たちの貢献を無意識に弱めてしまったことに気づきました。それが私の本意ではありませんでしたが、そのことに気づいたとき、とても恥ずかしくなりました。

 明慧編集者との交流を通じて、私は大法に関わるすべてのプロジェクトにおいて、動機がどれほど重要であるかを深く理解しました。私たちの目的は、個人がどれだけ多くのことをしたか、何をしたかを示すことではなく、人々に大法の偉大さを感じさせることだとよく覚えました。

 私はこのチームの一員であることの意味を理解しました。私たちはお互いに知り合うこともなく、もしかしたら一生会うこともないかもしれませんが、それでも私たちは無条件にお互いを信頼しなければならないのです。

 私はより忍耐強くなり、人に対する先入観や判断を捨て、批判的な声にも苛立つことはありませんでした。

 私は他国の同修に対する寛容の心を持つようになりました。特に中国語を話す同修たちの投稿や翻訳に対して、彼らの言うことを完全に理解できなくても、以前より忍耐強くなりました。そのために、私は学法を1時間行い、その後1時間を使って記事の体験を共有することを好むようになりました。

 編集者の忍耐と寛容が、私のバルカン人特有の「自己本位」の傲慢を溶かしました。

 私はタイトル作成、ポイントを強調すること、副題の使い方、写真の配置などの記事作成の技術を学びました。今でも明慧の基準に従って執筆する方法を学び続けています。明慧ネットの記者チームの一員になれたことに感謝しています。

 ルーマニアの記者

 「チーム全員が全力を尽くすと、不可能も可能になります」

明慧の編集者の指導の下、2024年、ルーマニアの同修たちは恐れずに人々に大法に対する意見を尋ねたり、より深く対話したり、インタビューの要求に応じるようになりました。同時に、私は明慧編集者がルーマニアの文章に加えた修正を深く分析し、それを理解し、今後の記事に活かすように努めました。

 その後、同修たちはルーマニアの大法の活動に関する報道の質が大きく向上し、非常に魅力的になったことに気づきました。私はこの事実と、たくさんの記事が明慧の報道やトップページに掲載されたことが、彼らのインタビューに対する自信を高め、今後さらに良い結果を出すための励みになると思います。

 私はいつも常人とのやり取りが難しいと感じていましたが、同修たちの進歩は私にとっても励みとなりました。同修たちがこの仕事は不可能ではないことを証明してくれました。理論的にはこの事実を知っていましたが、実際の生活ではなかなか実行できていませんでした。これを改善するために、私は「この人と話すのは時間の無駄だ。別の人に話すべきだ。または無視するべきだ」という考えを取り除こうとしました。

 私は対話に完全に没頭し、自分のことを放下して、その人にとって最善を尽くすことに集中しました。その結果、どんなに時間がかかっても、時には数週間や数カ月後でも、状況は自然に大法の良さと法輪功迫害の実態を伝える方向に進んでいき、少なくともそれに近づくことができることに気づきました。

 次のステップは、情報デーで難しい状況を避けるのではなく、向き合うことです。私は、たとえその人が教育を受けていなかったり、思考能力が足りないように見えても、先入観があっても、修煉者として善意を持って粘り強く、誠実に耳を傾けて問題の本質を見つけようとすれば、どんなに時間がかかっても、その人は必ず大法のチラシを読んだり、大法修煉者が行っていることに興味を持つようになることに気づきました。

 私はまた、『転法輪』の第一講を再び暗唱し始めました。今、私は、毎日新しい経文の学習と発正念をすることの緊迫性を感じ、それらを最優先事項としています。これからも大法のプロジェクトを最優先として行った後、大法弟子の行うべきことをすべて全力を尽くすつもりです。

 今年、これらの方法が長期的に効果的であるかどうかを証明する年になるでしょう。また、私たちは画像の質を改善するための解決策を探しています。

 明慧チームは、私の修煉過程での重要な触媒となってくれたことに感謝します!

 この機会を与えてくださった師父に感謝します!

 大法に符合していないところがあれば、ご指摘お願いします。

 長文のため、ここでシェアを終了させていただきます。ありがとうございました。

 (終わり)

 
翻訳原文(中国語):https://www.minghui.org/mh/articles/2025/2/26/491115.html
 
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