子供弟子 大法は知恵を開いてくださった
■ 印刷版
 

文/遼寧省の子供弟子

 【明慧日本2024年3月21日】私は今年12歳で、7歳の時に母と一緒に法輪大法を学び始めました。しかし、私は遊んでばかりで、学法煉功をあまりやっていませんでした。それでも、慈悲深い師父は常に私を見守ってくださり、この5年間、私は薬を飲んだことはなく、注射を受けたこともありません。疫病が流行っても感染しませんでした。

 7歳の夏、家をリフォームしていたため、母は仕方なく、私を近所の子供たちと遊ばせました。彼らと一緒にスマートフォンを見たり、テレビを観たりしているうちに、私は悪口を言うようになりました。そして、言うことを聞かなくなり、悪い子になりました。

 その結果、小学校1年生になったとき、2+3がいくつになるかも分かりませんでした。学校では一日中眠くて、何も学べず、家に帰ってから宿題をすると手が痛くなり、疲れて眠くなりますが、遊び始めると元気になります。初めての算数テストは最下位の81点を取ったので、先生に叱られました。家に帰って泣きました。母は、勉強をうまくする方法は1つしかない、それは法を学ぶことだと言いました。私は同意しました。

 しかし、私は文字を知らないので、母が法の一文を読んで、私は従って繰り返しました。でも数行読むだけで、すぐ眠くなりました。母も喉の調子が悪く、話すのがたいへんだったので、毎晩ほんの少ししか法を学べませんでした。『轉法輪』を1回学び終えるのに約2カ月かかりました。それでも、大法は私の知恵を開いてくださいました。『轉法輪』の中の文字をほとんど覚えただけではなく、勉強もよく分かるようになりました。先生に教わらなくても習字が上手に書けて、クラスの小さな書道家だと言われました。それから、私はずっとクラスの勉強係になりました。

 私が生後10カ月くらいのとき、母が神韻のビデオを見せてくれました。同修に「こんな小さい子供が、あんな洗練されたものがわかるのだろうか?」と言われましたが、母は「世界ナンバーワンのショーを見て育てば、大人になったら鑑賞レベルも一流になるだろう」と言いました。これで、神韻のビデオを見て育った私は、知らず知らずのうちにバック転(通称バク転)を覚え、しかも、何回回転してもめまいを起こしません。

 4、5歳の頃、ある同修が家に来て、小さな傘を手にした私が神韻の音楽に合わせて踊っている姿を見て、感動のあまり泣きそうになりました。

 9歳のとき、私は町内にダンス教室があることを知り、習いたいと言い出しました。母は、みんな5、6歳から習い始めているから、ちょっと遅いと言いながら、試しにダンス教室に連れて行ってくれました。教室に着くと、私はすぐに先生について踊り始めました。動作が流暢で、前に習ったことがあるのではないかと思ったそうです。

 また、私は開脚などの基本練習をするときもあまり苦労しませんでした。少し練習するだけで、すぐにできるようになります。ただ腕が細かったため、体を支えられなくて、逆立ちができませんでした。母が第二式の功法を行ってから頑張れば、智慧と力を授けてくれると言ったので、実際にやってみると、本当に逆立ちができるようになりました。私はとても嬉しかったです。母は「師父が助けてくださったのだよ」と言いました。

 そして、踊りを習い始めて10日後、クラスでグレードテスト(能力検定試験)の申し込みが始まりました。母は私のために申し込みました。他の保護者とクラスメートたちはみんな驚いていました。何カ月学んでいても、まだテストに申し込む勇気がない人もいました。しかし、グレードテストは20日後に行うのですが、私たちの夏休みのダンスクラスはあと数日で終わってしまうので、自分の家で練習するしかありませんでした。それでも、私は見事にテストに合格し、成績も優秀でした。これはすべて、私が法を学び、功を煉る結果なのです。実は、私はほんの少ししか法を学んでおらず、煉功もあまりしていなかったのですが、大法の力は本当に大きいです!

 また、私は普段はあまり正念を発していないのですが、学校で国旗を揚げるたびに、必ず正念を発しています。ある日、国旗を揚げている時に、私は心の中で正念の口訣を唱えていたら、国旗が半分まであがり止まりました。その後、上まで上がったものの、垂れ下がったまま風に舞い上がることはありませんでした。

 さらに、クラスでスピーチコンテストに参加したとき、先生は私の発音がはっきりしていて、イメージが良いと言って、いつも私にやらせませした。ただ先生が用意した原稿は、邪党を愛しているような内容ばかりですので、私は使いませんでした。その代わりに、母が用意してくれた原稿は、大きな忍の心を持つとか、神の大地である中国を愛するとか、伝統文化を振興するなどをテーマにしたもので、私は神韻の司会者のスタイルを学び、毎回成功し、賞も獲得しました。

 ある日、学校は私たちに「党史」を書き写すように指示し、チェックもすると言っていましたので、私は怖くて、一部を書き写しました。母と交流したら、母は私に聞きました。「宇宙で一番偉いのは誰?」私は 「師父が一番偉い!」と答えました。母はまた聞きました。「学校で一番偉いのは誰?」。私は校長が一番偉いと答えました。母は「違う! 学校で一番偉いのはあなたです! あなたは大法弟子だからです。しかも、あなたの学校では、たった一人の大法の子供弟子だから……」母の話を聞いて、私は正念を持つようになり、書き写した紙を破りました。

 翌日、私は赤いスカーフをしないまま学校に行きました。学校の門に入ると、当番の生徒がチェックをしている姿を見つけました。私は赤いスカーフを身につけていないため、減点されるのを恐れて首を縮めました。考えてみると、私は大法弟子なのに、どうして首を縮めて歩くのでしょうか? 学校では私が一番偉いと思って、私は胸を張って堂々と入ると、当番の生徒は減点しませんでした。

 そして、その日学校の領導(指導して統率する人)が視察に来ました。先生は「党史」を書き写したものを開いて、机の上に置いてと言いました。私はノートを開いて適当なページをめくって机に置きました。領導が私の周りに来ると、私は少し怖かったのですが、心の中で正念の口訣を唱えると、彼は合格だと言いました。

 また、音楽の授業で、先生は私たちに共産党を賛美する歌を歌わせました。ほかの同級生らが歌っている間、私は低い声で「法輪大法は素晴らしい、真善忍は素晴らしい」を歌いました。先生は何曲も続けて歌ったので、私はうんざりして、座って絵を描きはじめました。先生が私を見て何も言いませんでした。

 しかし、私は衆生を救い済度することはあまりしていません。たまに母が法輪功真相資料を準備するのを手伝うだけでした。私の修煉もあまり精進していませんが、師父は私にとても優しく、夢の中で私に啓示を与えてくださいます。師父の慈悲深い救済に感謝いたします!

 最近、師父の経文「大法修煉は厳粛である」を読んで、震撼させられました。私はもう遊びすぎてはいけないと分かりました。これからはしっかりと修煉し、三つのことをきちんとやって、合格した大法の子供弟子になりたいと思います。

 慈悲深い師父に感謝いたします!

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2024/3/15/474087.html)
 
関連文章