文/山東省の大法弟子 天蓮
【明慧日本2024年5月15日】
偉大なる師父、こんにちは。
同修の皆さん、こんにちは。
私は今年75歳で、中年になって大法を得て、20年以上修煉しています。修煉する前の私は体中が病んでいました。腎臓病が発症すると腹部がパンパンに腫れて、排尿排便が困難になりました。神経症が発症すると、全身が混乱状態になり手足が冷たくなり、頭皮が痺れて、コントロールできないほど壁に頭をぶつけたくなり、頭部に20本の針を刺しても感覚がありません。狭心症も頻繁に発作を起こすし、発作が起こると息を吸うだけで心臓に激痛が走り、すぐにでも死んでしまうかと思うほど心配になります。ほかのめまい、胃痛、関節の腫れや痛みなどはこれらに比べれば大した病気ではないといえます。要するに、西洋薬、漢方薬、鍼治療、注射を毎日繰り返していました。当時は本当に死ぬよりも辛かったです。
1997年6月、法輪大法に出会いました。初めて『轉法輪』を手にした途端、座っていたベッドが10秒以上、震度7の地震のように揺れました。私はすぐに、この本は宝物で天書であると確信しました。
修煉してから、一回また一回、病魔と死神と戦って関を乗り越えると、一回また一回、師父は私の身体を浄化してくださいました。業力が大きかったせいか、毎回の発作も命を奪うほど重篤だったのです。修煉して数年経ったある日、午後5時頃、すでに治ったはずの腎炎が再発して、今までのどの時よりも深刻な状況になったのです。
母はこの病気で亡くなりました。治療のしようもなく退院させられた後、息を引き取るまで私はずっとそばで看病していたので、その時の母の状況をよく知っています。今回、私の腎臓病の症状は、母の最期の時とまったく同じでした。
夕方5時から始まり、ますますひどくなりました。腹部は太鼓のように腫れ上がり、尿道は筆舌に尽くしがたいほど腫れ上がり、腹部は下がり、座ることも立つこともしゃがむこともできず、全身が痛みで震えて、出産よりも苦しかったです。下腹部全体が硬く熱くなるほど腫れ上がり、透明感が出て、ちょっと触れると耐えられないほど痛むため服を着ることもできませんでした。一分一秒のように我慢しながら、どんな執着心があって旧勢力に隙に乗じられたかを内に向けて探しました。
最初に思い付いたのは恨む心と嫉妬心です。夫は気性が荒くて、よく私を罵って殴ります。ここ数日、脳に少し考える余裕があると、夫に暴力を振るわれたことを思い出しました。
また、私は嫉妬心もとても強いのです。私が作った真相資料を受け取って同修たちに分けることを担当している同修のAさんがいます。先日、Aさんは私の家に来て、「最近、CD、カレンダー、卓上カレンダー、小冊子など私の手を経過した真相資料は複数の県や市に広まって、長女は『お母さん、素晴らしいね、あなたの『事業』がこんなに規模が増大した』と褒めてくれたのよ」と私の前で誇らしげに言いました。
私は何も言わなかったのですが、心の中が非常に落ち着かなくなり、「あなたの資料って? あなたは字も読めないのに、CDを作れるのか、小冊子を作れるのか。ただ私の家に来て資料を自分の家に持ち帰り、同修たちに分けただけじゃないか。よくも自分の手柄にしたものだ。私たちのような資料を作る人こそ裏方の英雄といえるのよ。忙しい時は水を飲んだり、食事をする時間さえなくて、一番忙しい時は1週間で7000枚のDVDを作ったことがある。あなたはできるのか」と思いました。
これだけ悪い考えが出てきたのに、それを除去すべきだと意識さえしなかったのです。また、私には「忍」が足りず、自分の欠点を人に言われたくなく、虚栄心、人のプライベートに頭を突っ込む、おせっかい、かげで悪口を言う、などなどの執着心があります。
そのように内に向けて探して自分もびっくりしました。これだけ多くの執着心を持っていれば、旧勢力に隙に乗じられるのも無理ありません。そこで私は師父に「今回の病気の原因が分かりました。第一に、執着心が多い。第二に、最近、学法を怠って、真相資料を作った量に執着して、それを修煉と同等に見なした。すでに本当の修煉から踏み外した」と自分の不足を反省しました。同時に、自分が前世に作った業力の大半を師父は消去してくださいましたが、残りの少量は自分で返さなければならないことも理解しました。
その時、痛みは限界に達しました。私は引き続き内に向けて探しました。幼少時代に無知がゆえに命を大切にせず、小動物を殺したり、苗木を荒らしたりした子供でもあったので、大きい業力を作りました。また、これまでの人生で何回も中絶手術をしたことがあり、何人もの罪のない赤ん坊を殺したと言っても過言ではありません。過去の過ちを悔やんでも仕方がないので、今日、傷つけたすべての人と物に謝罪して、円満成就したら彼らに福の報いを与えると誓いました。私は何度も何度も「師父、救ってください」と叫び、同時に何度も何度も発正念の口訣を唱えました。
そのように旧勢力と膠着して、痛みはまったく軽減していません。私はもう声も出せなくなって、生死の境を彷徨ったその時、ある声がはっきりと「法は一切の執着を打破することができ、一切の邪悪を打破することができ、一切の虚言を排除することができ、法は正念を固めることができるのです」(『精進要旨二』「妨害を排除せよ」)と聞こえました。それはきっと師父の声だったのです。そうだ、こんな時こそ学法しなければと悟りました。私は震えと激痛に耐えながら引き出しから『轉法輪』を出しました。
最初は数文字、数文字しか読めません。痛みに耐えられなくなると少し休憩します。だんだんと数行読めるようになりました。それから1段落、1ページ、2ページが連続で読めるようになりました。学法をする過程で苦痛は和らいできましたが、それでも横になることも立つことも座ることも歩くこともまだできません。意識を失うのを恐れて敢えてベッドに横たわりませんでした。もし横になって死んでしまったら、きっと大法に悪影響を及ぼすだろうと心配したからです。
全身全霊で学法し続けました。その時、主意識が非常に弱っており、命が危ないと感じました。しかし大法から授かった並々ならぬ忍耐力を発揮し、固い決意をもって学法し続けました。この時の学法は師父が啓示され、師父は私に生還のチャンスを与えてくださいました。もともと痛みで体が曲がっていましたが、次の瞬間、立ち上がることができました。
そのようにして私は1ページ、2ページ、3ページと学法を続けました。痛みは続き、学法も続いています。腹部は破裂しそうなほど膨らんでいて、痛み、痛み、学法、学法。今日死んでも師父の大法を抱いて堂々と天国に行く、死んでも遺憾はない」と思いました。昨日の夕方5時から翌朝5時まで、死ぬ寸前で学法を続ける光景と難しさは筆舌に尽くしがたいものでした。ある時は本を腕に乗せて支え、またある時は両手で本を抱え、手が痛くて本を持てない時は本をテーブルの端に置いて目だけで読みました。最終的に、300ページ以上ある『轉法輪』を全部読み終えました。夜も明けました。
その時、回復の兆しが現れました。私は弱まった思考力で「死んじゃダメ、三つのことを行って衆生を救い済度したい、邪悪な旧勢力と最後まで戦いたい! 今日は絶対に勝つ、絶対負けない」と考えました。衆生を救うために自分の命を守ろうと思った時、魂の最も深いところに急に何かが変わったと感じました。そして眠気と疲れを感じ、ベッドに倒れ込み意識を失いました。
目が覚めるとなんと4時間過ぎて、すでに朝の9時でした。腹部を触ってみると、もう膨らんでいないし痛みもまったく感じず、私の体は完全に回復しました! 大法は私に強い忍耐力を与えてくださいました。大法の慈悲、素晴らしさ、超自然さを自ら体験しました。
あの夜、激痛と共に300ページあまりの『轉法輪』を一通り読み終えました。もし私の念が正しくなければ、少しでも大法を信じる気持ちが揺れるなら、その日は間違いなく人生の終わり(死ぬ)になったでしょう。慈悲深い師父は、私の命をもう一回延ばしてくださいました。人間社会の言葉を尽くしても師父に対する感謝を言い表すことができません。
その頃、私の家は資料拠点でした。翌朝、真相資料を取りに来た同修に起こされたのです。時計を見るともう9時を過ぎていました。何もなかったように同修に資料を渡しましたが、その一夜に私は正邪の戦い、生死の境目を経験したことを同修は知るようがありません。互いに忙しいので、私も同修に昨夜に起こった生死をかけた戦いについて話しませんでした。
『轉法輪』を一通り読んだだけで病院で治らなかった腎臓病が一夜にして奇跡的に治りました。修煉者に起こる奇跡は常人社会の知識と常識で説明できるものでしょうか。法輪大法は正法であり、衆生を救済できる修煉法です。
(明慧ネット第24回世界法輪大法デーの入選文章)