【慶祝5.13】70歳で不当に懲役8年の実刑判決を受けた後
■ 印刷版
 

文/黒龍江省の大法弟子

 【明慧日本2024年5月30日】私は修煉における考え方や多くのことが大法に合わなかったため、2015年、邪悪に隙を突かれ、中国共産党(以下、中共)に迫害されし連行され、その後不当に懲役8年の実刑の判決を宣告されました。その年、私はちょうど70歳でした。こんなに長い実刑で、地獄とも言われる刑務所に入れられる私のことを心配して、「このおばあさんはもう帰ってこないだろう」と思った人もいました。しかし、私は修煉者なので、悪いことを良いことに変え、刑務所を自分を磨く場所とする覚悟でした。

 8年が経ち、冤罪を終えた私は78歳になりましたが、60歳ぐらいにしか見えないとよく言われました。肌色が白くなり赤みがさしてきて、顔にしわがなく、白髪も黒くなり、体重は減ったものの、体は丈夫になりました。受刑者たちが「おばさん、私があなたの年になって、あなたのようになればいいですね」と言うと、私は「それなら、法輪功を修めなさい」と勧め、法輪大法の素晴らしさを伝えました。

 一、大法のことを伝える機会を見逃さない

 2015年11月、私は地元の公安局に連行されました。当時、私は恐れる心はなく、「普段ならここの人たちと接する機会がないのだから、今回は大法の良さと迫害の実態を伝える機会を逃すわけにはいかない」と考えました。彼らが私をどの部屋に連れて行っても「すべての人を救うべきだ」と思い、私はひたすら真実を語りました。他の事務室の者も私が真実を話すのを聞いて、見に来ました。真剣に聞いている人もいれば、立ってしばらく聞いて離れる人もいるし、聞いたことがないようで、驚いたり、同情したりする人もいました。

 私は11カ月間留置場に不当に入れられました。私が監禁された部屋には13人がいて、ほとんどが若者で、流動性も高いです。昼寝をするときは、2時間交代で当番します。彼女たちは体の調子が悪い人もいれば、眠くてなかなか続けられない人もいました。正午の発正念もしなければならないので、私はいっそのこと、彼女たちの代わりにシフトに入りました。受刑者たちは年よりの私が、自ら進んで当直をしてくれたことに感謝し、私のことを「〇〇ママ」と呼び、母親のように思ってくれていました。

 若い人は仕事がうまくできないことが多く、私は進んで手伝ってあげました。班長は感動して「さあ、一斉に『法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい』と大声で唱えましょう!」と言いました。大法の良さを知った彼女たちは、大法に救われとても幸運だと、私は本当に彼女たちのためにうれしく思いました。次第に私の修煉環境も改善され、もう一人の同修と一緒に学法煉功することができました。

 開廷の日が近づきました。「これは師父が手配されたことではない。私は迫害を認めない」と思い、悪いことを良いことに変えて、この機会を利用して、大法の良さと迫害の実態を伝え、人々を救う決意をしました。私は事前にその内容を文章のように心の中で考え、何度も覚えました。

 不当な判決の日が来ました。法廷は傍聴席が満員で、中共の関係者もいれば、親戚や友人、同修もいました。裁判長は「彼らを帰らせなさい」と言いました。私は不当に裁判にかけられた私たち4人の同修のことだと勘違い、大法を伝えるチャンスを失うのを恐れて、急いで「私はまだ話していません」と言いました。裁判員は「まだその時ではありません。あなたが話す機会はあります」と言いました。

 私の話す時が来ました。私は落ち着いていて、人を救う慈悲の心を持って、事前に心の中で準備しておいた内容を、暗記したかのように語りました。師父が大法を広められたことから始め、大法が世界中に伝わり、人々に認められ、愛されていること、そして、大法による病気治療と健康維持の奇跡的な効果から、人々が心身ともに恩恵を受けた事実を語り、最後に、法輪功迫害の実態から迫害を実行する者が犯した罪などを伝えました。

 私は頭が冷静で、言語が流暢でした。師父の私に対するご加持が伝わってきました。法廷の中は静まりかえり、私の真実を語る声だけがその空間に響き渡っていて、邪悪に剣を突き刺すように、人々を救っていました。

 監房に戻ると、刑務官が親指を立てて、「素晴らしかったですね!」と言ってくれました。真実が分かってくれたようで、私はほっとしました。人を救う機会を設けてくださった師父に感謝します。数日後、私たち4人の同修は省の女子刑務所に移送されました。行く途中、通常なら手錠をかけなければならなかったのに、警官は手錠を持っていたまま、私たちにはかけませんでした。

 二、正念を持って一つ一つの難関を乗り越える

 私が刑務所に入れられた時、状態は非常に悪く、毎日いらいらしていて、居ても立ってもいられず、心が油鍋の中で焼かれているようで耐えられませんでした。今まで私は学法が少なく、法を暗唱したこともありませんでした。それに同修と一緒にいる環境もなかったため、落ち着いて発正念することもできませんでした。これは、邪悪な要素が私を妨害していて、その目的は、大法弟子を落とすことで、私が大法弟子になれないようにすることだと分かっていました。

 「このままになってしまうのだろうか? だめだ! 絶対にダメ!」私は心の中で「師父!」と叫び、助けをお願いしました。すると、私の心は明るくなり、頭から「すべて否定するのだ! 私は大法弟子だ。私は師父にしか従わない。誰も私を動かすことはできない!」という一念がひらめきました。この堅い正念が発せられると、師父は私を妨害する悪い物質を取り除いてくださいました。しばらくして、私は元の状態に戻りました。

 刑務所の中で、迷ったり、心細く感じたりする度に、この「すべて否定する」という正念が、私を支えて難関を乗り越えてきました。私は8年間の苦難の道を歩んで、自分の修煉環境を切り開いてきました。

 三、邪悪のすべての要求に従わず

 私が刑務所に入れられた途端、刑務所側は法輪功学習者に対する転向率を100%達成するために、私を独房に入れました。2018年に、また私に「四書」を書くように命じました。そのために、囚人に事前に出来上がった「四書」を渡して、私にサインするようにしました。囚人は私の前で歩きまわりながら、「必ずサインしなければならない。ここに入ってきて、サインしない人はいない。サインしてからネットにアップすれば皆が分かる」と厳しい口調で言いました。私は彼女のそれ以上の話は聞かず、心の中で彼女を止めて、寝かせるようにと、発正念を続けました。

 しばらくすると、彼女は黙り込んで、「四書」をベッドに置いて寝てしまいました。私は彼女が眠っているのを見て、その「四書」を破りました。その音で彼女は目が覚め、私が「四書」を破ったのを見て、怒ってそれを警官に渡しに行きました。しばらくして、私の「転向」を担当する者がやって来て、「私は大隊長に『一人の人間の思想は形成されると、容易に変えることはできない』と言ったので、これからはあなたを転向しないことにする。大隊長も同意した」と言い渡しました。それ以来、私を転向させる人はいませんでした。

 刑務所では「犯」の字のついた服を着ることが義務付けられています。囚人服だけでなく、自分の服やズボンにも「犯」の字をつけなければなりません。私が着ないと、彼女たちは毎日4、5人で私に着させます。身長150cm、体重45キロの私は、決して力持ちだと言えませんが、私が拳を握り締め、両腕を胸の前に近づけ、しっかりそこに立っていると、彼女たちがいくら私を動かそうとしても無駄でしたので、私自分もびっくりしました。師父のご加護がなければ、私のような一人の老人がどうして何人もの人に勝てるのでしょうか。

 彼女たちは3カ月経っても私に囚人服を着せることに成功しませんでした。それから誰もが私に着させようとしなくなりました。私服とズボンに文字が無理やり吹き付けられましたが、私の服とズボンは少し大きかったので、私は文字を切り取ってから縫い直しました。指示されて私を監視する受刑者は、それを見ても何も言いませんでした。獄中では、罰として受刑者に小さな腰掛に座らせることがありますが、私は決して座らず、捜査を受け入れず、受刑者たちのいかなる活動にも参加せず、労役にも従いませんでした。

 四、学法の環境を切り開く

 修煉の環境が整ってからは、何よりも大事なのは同修が外部から持ち込んだ写本の『轉法輪』を入手することでした。1講につき1冊に作成された写本を、私は3冊しか入手できませんでしたが、それは大変貴重なものでした。そのほかにも『洪吟』や 『2013年米国西部国際法会での説法』などがあり、私にとって宝物でした。

 私は毎日食事、睡眠、洗面のほか、法を暗唱したり、発正念をしたり、時間を大切にしていました。夜中に目が覚めても、法の暗唱と発正念をして、時間を無駄にしたことがありませんでした。睡眠に対してもあまり深く考えくなりました。夜少ししか寝ていなくても、日中に睡眠不足を感じることはありませんでした。正念は法の中から出て来るもので、学法が多くなると、自然に正念があります。正念が足りれば、自然に修煉の道を正しく歩むことができ、次第に環境も改善されます。こうして、私は同じ監室の同修と大法を学ぶ環境を切り開きました。私たち2人が法を学んだり、暗唱したりしていても妨害されないだけでなく、私たちと一緒に法を学び、『洪吟』を暗唱する受刑者もいました。

 師父は「もし大法弟子が皆正念を持ち、正しく行うことができ、いかなる情況下でも正念で物事を考え、すべての弟子が迫害の前で恐れる心が生じなければ、誰があなたを迫害し得るのでしょうか! 完全に法に則っている人を誰もが動かすことができません。これで自分を守る能力を備えたことになるのではありませんか?」と説かれました。(『二〇〇五年サンフランシスコ法会での説法』)

 私はこの8年間の辛苦の過程で、自分の行いと体得を師父に、「世界法輪大法デー」の機会に書き出し、師父と大法に対する感謝の気持ちを表します。これからも私はさらに精進し、確実に修め、以前と同じように修煉し、最後に残されたわずかな修煉の道をしっかり歩んで行きたいと思っています。

 (明慧ネット第24回世界法輪大法デーの入選文章)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2024/5/25/477786.html)
 
関連文章