心性を高めた後の天目の所見 (1)
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文/惜縁

 【明慧日本2024年6月5日】法輪功を学ぶ前の私は、多くの気功を学んで天目が開き、別の空間が見えましたが、次元が低く、見えているのはほとんど鬼でした。その時「祝由十三科」を学び、この方法で人々の病気を治すことに夢中になっていました。しばらく治療を施し続けていると、幽霊が家に来たり、職場に会いに来たりしました。当時、なぜそうなったのか理解できませんでしたが、1996年に大法を学んで初めて「常人なら生老病死は付きもので、そうあるべきなのです。すべてに因縁関係があり、乱してはいけないのです」(『轉法輪』)と知りました。

 宇宙の法則では、人に勝手に治療を施すことは許されていません。大法を修煉する前に、私が坐禅をした時、元神が体から離れて飛び上がりましたが、地球を離れる時に神が来て私を追い返しました。大法を学んだ後、私は地球から遠くまで飛べるようになり、神に阻まれることもなく、多くの高い空間を旅することができました。その時、私はこの大法は本当に素晴らしいと思いました。

 法を学び始めた当初は、私の次元は限られていたため、天目で見えた空間の次元も比較的低かったのです。別の空間の人々は我々人類と似ていて、その空間の科学技術もそれほど発達しておらず、街を走るバスも古めかしいものでした。その空間の人々は私を見て少し新奇に思っていましたが、話しかけてくることはありませんでした。その時、私が行ける空間の地面には水や泥があり、私は今の人間の空間と同じように、足で苦労して歩いていました。一度、孫悟空が天宮で暴れたというその天宮の外まで行ったことがありますが、次元が足りず、神に阻まれて中に入れませんでした。

 法を得た後、毎回『轉法輪』や師父の他の説法の経文を読むと、書中の文字が様々な色の光を発し、文字が上下に移動して、どこそこを見ても光ります。私は自分の体内の分子や原子が様々な美しい図案を形成しているのが見えたり、数千度の鋼の中で霊体が活動しているのが見えたりしました。時には、他の空間で神が経書を取り出して私に見せてくれることもあり、そこに書かれている文字はこの世のものとは違い、見たこともないものでした。ある時、私の元神がある空間の神に囚われ、周りが暗闇に包まれました。私は掌を立てて師父の正法口訣を唱えたところ、空間がすぐに明るくなり、元神はすぐに救い出されました。

 法を学び続けるにつれて、私が存在するこの側面には特に変化が見られませんが、天目で見える次元は絶えず向上し続けました。元神が体から離れて他の空間に行く時は、もう歩くことはなく、飛び上がって一つの山峰から別の山峰へと一跳びで移動し、自由に天に飛び、海底にも潜れるようになりました。また孫悟空が天宮で暴れたというその天宮の外に行くと、今回は次元が上がっていたので、神が私を導いて中を見学させてくれました。天宮の中は映画で見たような金色に輝く宮殿でした。心性が向上すると、神が私を天河(てんが)に連れて行って沐浴させてくれることもあり、沐浴後は全身が軽くなり、こうして身体が浄化された後でなければ、他の空間に入ることは許されませんでした。

 天国世界では、至る所に様々な形の仙人がいて、彼らを見ると旧友のような感じがしました。私の次元が足りない時、彼らは私を見ても相手にしませんでしたが、私の次元が上がると、彼らは挨拶をしてくれるようになりました。他の空間では、石や壁までもが私に挨拶してきました。空や地下も通路があり、勝手に歩き回ることはできません。幽霊でさえ、指定された通路を通って出入りします。宇宙のどの空間にも護法神がいて、秩序を守っています。心性がこの次元の宇宙空間の要求に合わなければ、管理を担当する神があなたを打ち落とします。

 常人の空間では、私たち大法弟子は常人と特に変わりはありませんが、他の空間では私たちが修めた功は非常に豊富で、数十階建てのビルもマッチ箱のようなもので、手で軽く触れるだけですぐに倒れるほどです。しかし、私たちの心性が十分でないため、今はそれを使うことは許されていません。心性が長い間一つの次元に留まって向上しないと、体がますます不快に感じ、いつでも落ちそうな感じがします。さらに心性が向上できなければ、面倒なことが起きます。魔難が来るたびに、魔難の中で心性を高めると、体はとても軽く感じ、魔難が来る前よりも楽です。心性が一つの次元を突破するたびに、もう一つの非常に美しく壮麗な景色を見ることができますが、魔難を乗り越えられず、心性の向上がなければ、次の魔難はもっと大きくなります。

 (続く

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2024/5/23/477853.html)
 
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