迫害され精神異常になった鄧小敏さん 生死不明
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 【明慧日本2024年6月28日】(江西省=明慧記者)江西省南昌市の法輪功学習者・鄧小敏さんは20年前、江西省女子労働教養所で拷問を受け、重度の精神障害を引き起こし、自力での生活ができなくなった。鄧さんは女子労働教養所から帰宅した後、両親が面倒を見てくれていたが、両親が相次いで亡くなった後、異母の姉に上饒市弋陽県に連れて行かれた。2018年頃、湖南省のある県で鄧さんを見かけたという情報があった。現在、鄧さんに関する情報を入手する方法がないため、鄧さんの生死は不明である。

 鄧小敏さんが受けた迫害の事実

 鄧さんは純粋で美しく、歌も踊りも上手で、心優しく誠実である。江西師範大学で英語を専攻し卒業後、教育に従事し、南昌市に住んでいた。

 2000年、22歳の鄧さんは法輪功の無実を訴えるために北京に行ったが、連行され、故郷の弋陽県に拘禁された。手錠と足かせを付けられ1カ月間拷問された後、3年間の労働教養を宣告された。

中共酷刑示意图:多根电棍电击

拷問のイメージ図:スタンガンで電気ショックを与える

 江西省女子労働教養所に拘禁された後、鄧さんは法輪功への信念を放棄せず、本を読み、気功をする環境を求めて断食を行った。そのため、労働教養所で様々な拷問を受けた。2人の警官により交代でスタンガンで電気ショックを与えられ、何度も気絶した。強制的に鼻孔にチューブを挿入され灌食されたことによって、長期にわたる炎症と潰瘍を引き起こした。一大隊の副隊長・王俊徴に髪を捕まれて事務所に引きずり込まれ、激しい殴打を受けたこともあった。寒い冬に警官に鉄のベッドに手錠をかけられ、2カ月以上一晩中立たされた。また、2年以上にわたり独房に監禁され、暗い部屋に閉じ込められ、麻薬犯の受刑者である魏小妹による非人道的な拷問を受け、激しい暴力を受けた。

中共体罚示意图:罚站

拷問のイメージ図:ベッドに手錠をかけられ、一晩中立たされる

 鄧さんは長期にわたって拷問された末、重度の精神障害を引き起こした。それでも、労働教養所は依然として鄧さんを釈放せず、「法輪功を放棄する証明書」を書くよう強制した。

 2003年3月、鄧民さんは労働教養所から帰宅したが、身の回りのことができないため、両親による介護を受けた。2年ほどかけて少しずつ自分の身の回りができるようになったが、頭は依然としてはっきりできなかった。

 2014年5月6日頃、鄧さんの母親は亡くなり、2年後に父親も他界した。当時、鄧さんは精神異常のまま、異母の姉に上饒市弋陽県に連れて行かれた。それ以来、消息が途絶えた。その間、南昌市のある女性学習者は、鄧さんの居場所を尋ねて南昌市に連れ戻し、一緒に暮らして世話をしたいと考えていたが、その後、女性学習者は連行され、迫害により死亡した。

 2018年頃、湖南省のどこかで鄧さんを見かけたという情報があった。当時、心優しい老婦人は精神障害の鄧さんが街でうろうろしているのを見て、現地の関係部門に連絡した。関係部門は江西省に報告したという。

 現在、鄧さんに関する情報を入手する方法がないため、鄧さんの生死は不明である。

 母親の胡鳳英さん 迫害により死亡

 鄧さんの母親・胡鳳英さんも法輪功を学んだとして、中国共産党の関係者に連行され、留置場と洗脳班に送られたことがある。

 2010年4月29日、胡さんと他の2人の学習者は、法輪功の資料を配布するため樟樹市に行った。同市でタクシーに乗っていた時、タクシーの運転手に迫害の実態を伝えたところ、運転手に通報された。その後、胡さんを含む3人の学習者が連行され、15日間拘束された。

 娘が迫害により精神疾患を患った後、胡さんは娘の世話と治療のために10年間借金をし、プレッシャーに耐えながら警官からの嫌がらせに耐えていた。重圧により、胡さんは寝たきりになった。2014年5月6日ごろ、65歳の胡さんは亡くなった。

 
 
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