【明慧日本2025年3月30日】江西省九江市の法輪功学習者・田海英さんは、2024年8月20日に警官に連行され、同年12月25日に永修県裁判所で不当な裁判を受けた。現在の情報によると、田さんは不当に1年6カ月の懲役判決を受け、すでに控訴している。
田さんは今年58歳、九江市九江県沙河鎮の出身で、現在は九江市柴桑区に住んでいる。かつて中学校の非常勤教員だった。20年以上にわたり、田さんは「真・善・忍」の信念を堅持したとして、中国共産党から残酷な迫害を受けている。彼女は何度も連行・拘束され、3回にわたり不当に労働教養を科され、今回を含め2回にわたり懲役判決を受け、その累計は10年余りに及ぶ。
1999年7月20日から始まった中共による法輪功への残酷な迫害の中で、田さんは4回の不当な労働教養と1回の懲役刑を受け、合計で10年間不当に拘束された。田さんは江西女子刑務所で吊るし上げ、徹夜の拷問、暴行や罵声、強制洗脳など、何度も生命の危機に瀕するほどの迫害を受けた。長期にわたる迫害は、彼女の精神と肉体に甚大な打撃を与えた。
田さんの夫は繰り返される迫害に耐えられず、20年前に彼女と離婚し、家を売却したうえで、娘が彼女と接触することを禁じた。
以下は、田海英さんが中共による迫害を受けた経緯の概要である。
2000年10月、田さんと母親の桂水銀さんは、法輪功学習者が受けている冤罪を訴えるため北京へ向かい、天安門広場で警察に連行された。その後、地元に強制送還され、九江県の留置場に不当に拘束され、迫害を受けた。田さんは3カ月間拘束された後、さらに九江県の洗脳班に連行され、拘束と迫害が続けられた。その後、九江県公安局の警察により3000元(約6万円)を脅し取られた末に、ようやく解放された。
2001年5月、田さんは洗脳班に不当に拘束されていた学習者に法輪功に関する文章を伝えたことで、当時九江県公安局の警官らに連行され、2年間の労働教養を科された。
2004年7月9日の夜、九江県公安が田さんの自宅に押し入り、不当に家宅捜索を行ったうえ、田さんと母親を連行し、九江県公安局に拘束した。公安局副局長の陸龍来は、田さんの胸部を足で蹴り、さらに革靴を脱いで彼女の頭部を殴打した。田さんは全身に青あざや傷を負い、ひどい状態となった。その後、田さんと母親は留置場に拘束された。母親は命の危機に陥った後、ようやく自宅に帰った。一方、田さんは不当に3年間の労働教養を科された。労働教養所では、田海英さんは暴行、徹夜の拷問、過酷な体罰、野蛮な強制灌食、奴隷労働などの迫害を受けた。田さんが信念を放棄する「転向」を拒否したために拘束期間を延長され、最終的に2007年8月20日になってようやく冤罪から解放されて自宅に戻ることができた。
2009年11月20日、田さんは当局に再度連行され、九江市の留置場に入れられた。そこでは、強制的に奴隷労働をさせられたため、田さんは断食して抗議を行い、長時間にわたり「死人ベッド」と呼ばれる刑具に縛り付けられ、強制的に灌食をされた。命の危険が生じた後になって、ようやく解放された。
2009年12月29日、田さんは九江市公安局潯陽支局の国保大隊の警官により江西省女子労働教養所に強制連行され、不当に2年間の労働教養を科された。労働教養所では、法輪功学習者に毎日長時間の奴隷労働を強制し、定められた作業量を終えられなければ、侮辱的な様々な姿勢での罰として立たされることがあった。
田さんが迫害に抗議すると、刑務官によって禁閉室で吊るし上げられた。残酷な迫害により、田さんの血圧は180mmHgにまで上昇した。それにもかかわらず、刑務官は彼女を4平方メートルにも満たない部屋に閉じ込め、1日1食の食事だけを与え、食事や排泄もすべてその部屋内で行わせた。便器が満杯になる7日後になって初めて、監視役の者が同行してそれを処理させた。2010年8月27日、田さんが高血圧で生命の危険に陥ったため、労働教養所は彼女を解放し自宅へ戻した。
2008年1月3日の夜、田さんは九江県湧泉郷で法輪功の資料を配布していた際、悪意のある告発を受け、湧泉派出所の警官に連行され、九江市の瑞昌留置場に拘束された。2010年、田さんは山の中で公開で煉功したとして、再度連行され、瑞昌留置場に拘束された。1カ月後、江西省女子労働教養所に強制連行され、警察はさらに1年6カ月の労働教養を科すつもりだったが、しかし、彼女の血圧が非常に高いため、労働教養所は受け入れを拒否し、結果として田海英さんは自宅に戻った。
2012年4月7日、田さんは真相を伝える活動をしていた際、5人の警官に連行され、瑞昌留置場に強制的に収容され、4月下旬に解放された。2012年7月30日の午後、田さんは瑞昌留置場近くの道路で、2人の武警に対して「三退」(共産党、共青団、少先隊からの脱退)を勧めたとして、悪意の告発を受け、瑞昌市公安局桂林派出所のに連行され、その後再び瑞昌留置場に強制収容され受けた。
2014年6月10日、田さんは九江県病院の前で市民に法輪功迫害の実態を伝えていた際、沙河派出所に連行され、留置場に拘束された。2014年8月末、九江県裁判所は田海英さんに対して裁判を行い、わずか30分足らずで田さんに3年6カ月の不当判決を下した。2014年11月初め、田さんは江西省女子刑務所の第3監区に送られ、そこで迫害を受けた。田さんは強制的に洗脳され、眠ることを許されず、立たされ、手錠と足錠をかけられ、長時間吊るされるなどの拷問を受けた。ある期間、刑務所長の万雪紅の指示のもと、警察科長の胡瑞華が一緒に連れてきた者と共に連環手錠で手と足を繋ぎ、昼間は倉庫に吊るし、夜はベッドの頭部に吊るされるという状態が10日間続き、その結果、彼女の胸部に囊腫ができた。
2018年6月14日、田さんは他の学習者とともに、依頼した弁護士と共に九江市公安局潯陽支局に赴き、拘束された学習者・王歳紅さんの釈放を求めた際、弁護士を含めて皆は国保大隊の大隊長黎軍をはじめとする警官らに拘束された。
2021年7月29日、田さんは勤務中、警官に連行され、家宅捜索された。2022年11月15日、田海英さんは法輪功の真相資料を送る途中、九江市公安局柴桑分局沙河派出所の警察に再び連行されました。
2023年3月15日夜、田さんは九江市公安局潯陽支局、長虹派出所の私服警官に連行され、九江市留置場に不当に拘束された。2024年8月20日、田さんは再び連行され、重度の高血圧(血圧が220mmHgに達していた)を発症したため、留置場に受け入れを拒否されたが、翌日から、公安病院に15日間の行政拘留を受けた。その後、不当に逮捕状を発布された。2024年12月25日、永修県裁判所は九江市留置場で田海英さんに対して不当裁判を行った。現在、田さんは1年6カ月の不当判決を受け、すでに控訴している。
(注:法輪功学習者を迫害している主要な責任者らの情報は、中国語のページを参照)