文/中国の大法弟子
【明慧日本2024年7月8日】ある朝、私は法を写していました。しばらくして喉が渇いたので水を飲みに行き、引き出しに干しナツメを見つけたので数粒食べました。またしばらく法を写していたら、疲れて眠くなり、机に伏して仮眠を取りました。そして、夢を見ました。
夢の中で、師父が白い半袖シャツを着て、それは济南での説法の際の若いお姿で、長方形の大きなテーブルの端に座り、真剣に本を読んでいました。一方、私はその反対側に立って、口に食べ物を含み、手に飲み物を持っていました。うっかりして、厚い金色の大法の本を床に落としてしまいました。その瞬間心が痛み、師父に叱られるのが怖くて、すぐに本を拾い上げました。そっと師父を見ると、師父は何も見ていないようで、変わらず本を読んでいました。その時、窓辺の小さなスピーカーから、常人の歌が大音量で流れ始めました。おかしいと思い、すぐにスピーカーを止めました。再び師父を見ると、師父は何も聞こえなかったかのようで、周りの変化や音に影響されず、真剣に本を読み続けていました。
目が覚めた後、私は震撼しました。師父は私に「真剣に学ぶこと」を教えてくださっているのではないかと思いました。私は18年間修煉してきましたが、学びに対する集中力が足りず、苦しみに耐えることができず、真剣さも不足していました。師父の教えに感謝いたします。
ある日、私は2時間動かず、真剣に法を学ぶことを決めました。喉が渇いても飲まず、お腹が空いても食べずに、集中しました。その時、他の空間から鈴の音が聞こえ、師父が少しずつ私を励ましてくれているのを感じました。
自分が大法の弟子であること、苦しみを通じて自分を修め、衆生を救うという重大な使命を果たすために来たのだと悟りました。修煉者は常人とは違い、「苦を嘗めるをもって楽とす」(『洪吟』「その心志を苦しめる」)べきです。以来、私は昼寝をせず、お昼の休み時間でも法を学ぶことにしました。どうしても眠くなった時だけ、机に伏して少し休むようにしています。ある日、私はまた「気を緩めて」昼寝をしてしまいました。その時、夢で電動バイクに乗って、すごいスピードで走っている自分を見ました。しかし、目的地に着く直前でバイクの電池が切れ、充電する場所を探さなければなりません。この夢を見て、私は「気を緩めず」に修煉し、真剣に法を学ぶことを決意しました。そうすることで、法理が頻繁に現れるのを感じることができるのです。
ある日、夫が私に不満を言い、私の家族も悪く言いました。私は反発して言い返そうとしましたが、夫がテーブルを叩いて怒鳴り、更にひどいことを言いました。とても苦しく、恨みの心が湧きました。自分がどれだけ彼を気遣ってきたか、家族も彼に対して何もしていないのにと、不満に思い、彼に言い返そうと考えました。しかし、すぐに思い直し、私は真・善・忍を修めているので、師父の言葉に従い、「心性を守り」、内側に向けて自分を探すべきで、どれほど苦しくでも悔しくても、他人の問題を見てはいけないと自分に言い聞かせました。内省した結果、自分には自我を執着し、自己満足し、闘争心や怨恨心、嫉妬心などがあることに気付きました。それを早急に取り除かなければなりません。そう考えた瞬間、天目で師父が私を励ましているのが見えました。私は自分の過ちを認め、さまざまな執着心を暴露し、夫に謝りました。すると、夫の攻撃はピタリと止まり、表情も柔らかくなったのです。それ以来、夫はほとんど怒らなくなり、こうして妨害も消えました。
師父の慈悲深いご加護に心から感謝いたします。偉大な師父は私たち大法弟子のために多くの苦難を引き受け、さらに衆生のためにも多くを引き受けてくださっています。同修の皆さん、最後まで気を緩めず、誓約を果たし、師恩に報いましょう。