冤罪を終えた武漢市の漆玲さんが再度不当連行
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 【明慧日本2024年8月14日】湖北省武漢市の法輪功学習者・漆玲さんは6月6日の夜、同市東湖高新区の関東派出所の警察により連行され、現在、武漢市第一留置場に不当に拘束されている。

 情報によると、漆玲さんは6月5日の夜、町で住民に法輪功迫害の実態を話していた際に、中国共産党の虚言を信じ込んだ者に通報された。6月6日の午前、関東派出所の3人の警察が漆玲さんの住居の外で待ち伏せて連行を企てたが失敗した。夕方、警官らは再び訪れ、水と電気を切断し、漆玲さんの家に不当に侵入して捜索し、コンピューター、携帯電話、プレーヤー、および法輪功の資料を押収した。

 漆玲さんは1958年10月15日生まれで、武漢市武昌区の東亭小区に住んでおり、1994年5月に法輪功を学び始めた。

 漆玲さんは幼少期から体が弱く、多くの病気を患っていた。法輪功を修煉してからわずか1カ月で、全ての病気が治った。法輪功を修煉してから、彼女は身心共に恩恵を受け、家庭は和睦し、幸福になった。友人たちは、漆玲さんが健康を取り戻したのを見て、多くの人が法輪功の修煉を始めた。

 中国共産党は1999年7月に法輪功への迫害を開始し、漆玲さんは法輪功を学ぶことを堅持したとして、何度も連行され、洗脳班に送られ、不当に労働教養および判刑を受けた。

 1999年12月8日、漆玲さんは北京へ法輪功のための陳情に行き、警察により湖北省駐京弁に連行され、暴行を受け、背中に手錠をかけられた。その後、東亭派出所の警察に武漢に連行され、宝豊路女子留置場に27日間不法に拘束された。

 2000年5月12日、漆玲さんと他の法輪功学習者が李先生の誕生日を祝ったため、武昌区東亭派出所の警察に連行され、宝豊路女子留置場に7カ月間不法に拘束された。その間、警察は漆玲さんを「大」の字型の木板に縛り、ズボンを脱ぎ、大小便は木板の穴を通して行い、飲食も木の上で行った。2001年、漆玲さんは武昌公安局法制科により1年間不当に労働教養を強いられた。何湾労働教養所では、刑務官が漆玲さんに奴隷労働を強制し、毎日洗脳を行い、三書を書くよう強要し、受刑者に近くで監視させていた。迫害により、漆玲さんは腰椎を骨折し、半年間自力で生活することができなかった。

 2006年12月10日、漆玲さんは法輪功迫害の実態が書かれた資料を配布したとして、警察と保安により連行され、二支溝女子留置場に15日間不当に拘束された後、楊園洗脳班に3日間洗脳教育を強要された。

 漆玲さんの父親は、娘が迫害され続けたことで長期間にわたって精神的ショックを受け、終日涙に暮れ、2008年に悲しみの中で亡くなった。

 2013年12月21日、漆玲さんは自宅で武昌公安支局国保警察および東亭派出所警察に連行され、楊園洗脳班に拘束されて迫害を受け、その間、24時間監視され、三書を書くよう強要された。

 2016年12月23日、漆玲さんは青山区で人々に法輪功迫害の真実を伝えた際、何者かに通報され、武漢市青山区の鋼花派出所の警官に連行され、その後3年6カ月の不法判刑を受け、武漢市宝豊路の女子刑務所に拘禁された。

 漆玲さんは2020年6月22日に冤罪を終えて出所した。それから4年経ち、最近再び連行された。

 (注:法輪功学習者を迫害している主要な責任者らの情報は、中国語のページを参照)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2024/6/22/478926.html)
 
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