文/中国の大法弟子
【明慧日本2024年10月20日】2024年の神韻公演を鑑賞したところ、ある演目の内容に次のような場面がありました。多くの書生たちが10年間、厳しい勉強に励んだ後、1人の書生が石に3行の詩を書きましたが、最後の1行がどうしても思い浮かびません。この時、道家の像に宿る仙人が現れ、書生の姿に変化して書生たちのもとにやって来ました。彼らとしばらく言葉を交わした後、その仙人は筆を取り、4行目を書き上げました。それは「民の苦しみを解くために」。(大意)というものでした。そして、再び像に戻り、静かに消えていきました。
その場面を見終わった私は、涙が溢れ、心から悟りました。師父はずっと弟子のそばにいてくださったのだと!
私は、2012年に法輪大法を学び始め、夫と娘も相次いで学び始めました。師父の慈悲深いお見守りの中で、私たち家族3人は12年の修煉の道を歩んできました。この演目を観たことで私は悟りました。関門を越えるのが難しい時、大法の要求にどう従えばよいか分からない時、感情にとらわれ抜け出せない時、邪悪な干渉や迫害に遭う時、師父は直接どうすべきかを教えてくださるわけではありませんが、弟子の身近な家族の言葉を借りて啓発してくださることがあるのです。
ここで、私が修煉の中で体験した「師父が弟子のそばにいらっしゃる」という出来事を同修の皆さんとシェアしたいと思います。
2012年、私が修煉を始めたばかりの頃、夫(同修)と一緒に第二套功法「頭頂抱輪」を行っていた時、私は少し続けるのが辛くなっていました。すると夫が「その腕や脚が自分のものじゃないと思えばいいんだ」と言いました。言い終わった途端、彼は大きく息を吸い、涙が一気に流れました。私は驚きました。後で夫は「師父が灌頂してくださった」と言い、体全体に熱い流れが通り抜ける感覚があったと話しました。それ以降、彼が私を励まし助けてくれる時、師父は灌頂してくださり、彼は「他人のために」という心の素晴らしさを体感したのです。
数年前、兄の友人が母を訪ねて我が家にやってきました。その方とは初対面で、真相を伝えることを考えていなかったのですが、母が私にこっそり「あなたが知っていることを彼女に話してごらん」と言いました。そこで、私は兄の友人に法輪大法の真相を伝えたところ、彼女はとても納得して、中国共産党の団・隊組織から脱退し、さらに詳しい真相についても理解を深めました。その後、母にこの件を話すと、母は「そんなこと言ってないよ」と言うのです。これこそ、師父が母の口を借りて、兄の友人に真相を伝えるよう私に啓発してくださったのです。
私は実名で江沢民を告発した後、派出所から電話がかかってきて、派出所に行くようにと言われましたが「時間がない」と言って拒否しました。その後、職場で2人の同僚が私を監視しているように感じました。1人は男性、もう1人は女性で、特にその男性は、私がどこに行ってもついてきているようで、ほぼあらゆる場所で見かけました。当時、私はとても恐怖心が強く、内心大きなプレッシャーを感じていました。
通勤途中で、このことを娘に話すと、娘は「お母さん、本当だと思えば本当になるし、嘘だと思えば嘘になる。要はどう考えるか次第だよ」と言いました。私は、これは師父が娘の口を借りて私に教えてくださったのだと悟り、一瞬で心が軽くなり、これは私の恐怖心が招いた幻だと理解しました。恐怖心を手放した後、その男性同僚の不自然な行動もなくなりました。
私はずっと、私を大切にし、深い愛情を持って接してくれる夫を望んでいました。夫はとても良い人ですが、私には厳しい要求をする人です。私が何か間違えると、まず叱られ、その後で自分で解決するように言われます。私たちが大法を得て修煉を始めてからは、さらにその傾向が強まりました。私は法の要求に従い、心性を守りながら、さまざまな執着を修める一方で、夫に対する情も一歩一歩取り除いていきました。
ある日、過去のことを持ち出して夫と話していると、夫は「君は俺に甘やかしてほしかったんだろ?」と言いました。私は「そうだったと思います。でも今はもうそう思わない」と答えると、夫は「もし俺が本当にそうしていたら、君は修煉できたと思うか?」と言いました。この言葉は彼自身が言ったものではなく、師父が彼の口を借りて私に啓発してくださったのだと感じました。もし夫が本当に私を甘やかしていたら、私は修煉できなかったかもしれません。
ほぼ1年にわたって、兄夫婦が母の家や財産を独占し、さらに母を老人ホームに送ろうとしていました。この間、親に対する情や利益の執着を取り除く過程はとても苦しいものでしたが、最終的に私は名利や情を手放し、一人で母の介護を引き受けました。学法を続け、内に向けて探ることで、私は徐々に兄夫婦への嫉妬心や恨みの心も手放していきました。
その間、自分の心性がまだ合格していなかったために、体に不調が現れました。下腹部が常に張って痛むのですが、それは嫉妬心と恨みの心が原因でした。ある朝目覚めると、全身が痛み、下腹部も張って痛んでいました。私は夫に「もう苦しくてたまらない」と言うと、彼はすぐに「苦労があってこそ、功徳が高いんだよ」と言いました。その瞬間、師父への感謝の気持ちが内から溢れ出てきました! 嫉妬心と恨みの心を取り除き、縁ある衆生に対して真の慈悲を持って接すると、何の恨みも感じず、すべてが元に戻りました。
ある時、私は師父に「師父、無私無我、完全に他者のための慈悲とは何ですか?」と尋ねました。瞬時に、その神聖で美しい感覚を味わい、言葉では表現できないほどの美しさを感じました。それは無限の美しさ! 無限の幸福! 本当に他人のために尽くすことがこんなにも素晴らしいのだと悟りました。
師父、弟子は必ず「無私無我」、完全に衆生のために尽くす境地を修め、無私無我で縁ある全ての衆生を救度します。
私の修煉の次元はまだ限られていますので、もし法に適さないところがあれば、どうか同修の皆さんが慈悲を持ってご指摘ください。