根本的な執着を取り除く
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 明慧日本2024年11月18日】ここ数年、同修との間でトラブルが生じ、その関門を乗り越える時、私の心は落ち着かず、思わず1999年以前、法を得たばかりの頃を思い出しました。当時、大法弟子は一緒に法を学び、煉功し、その場は清らかで穏やかでした。同修の間に隔たりはなく、お互いを思いやり、ほとんどトラブルはありませんでした。皆は自分を修め、同修と一緒にいるだけで幸せを感じ、その素晴らしい時間がとても懐かしく感じます。あの頃はなんと良かったでしょう。このような感情をしばしば同修とも話し合いましたが、深く考えることはありませんでした。

 この間、学法している時に師父が説かれているのを目にしました。「功能を求めたいとか、理論を聞きたいとか、病気を治してもらいたいとか、そして法輪をもらいたいとか、どんな心理状態でもあるといっていいほどです」(『轉法輪』)この部分を読んだ時、自分が最初にどのような気持ちで大法に入ったのかを思い返しました。大法の中で自分を正して来たのかと考え、自分を探してみると、全てが正されたように感じました。

 しかし、ある日、再び師父のこの法を読んだ時に、私は自分の隠れていて気付きにくい、見つけにくい根本的な執着に気づきました。それは、人の中で安逸を求める心でした。私は同修との間にトラブルがなかった時期を懐かしんでいたのですが、それはつまり楽をしたいと思っていたということです。トラブルがあると辛くなり、トラブルのなかったあの時期がどれだけ良かったかと思い、それこそが私の根本的な執着だったのです。

 それに気づいたのですぐにそれを取り除きます。それは私ではないのです。そう悟った後は、トラブルが無いかという問題に対しても、冷静に正しく向き合えるようになりました。悩むこともなくなり、心が一気に軽くなりました。

 師父に感謝致します。

 
翻訳原文(中国語):https://www.minghui.org/mh/articles/2024/10/24/484155.html
 
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