文/中国湖北省の大法弟子の口述をもとに、同修が整理
【明慧日本2025年3月8日】ある時、私は同修と一緒に真相を伝えるシールを貼っていたところ、連行され、市の留置場に5日間拘束されました。解放される際、門番をしていた警官が言いました。「お前たち法輪功は、江沢民を訴えるなんて大胆だな?」。私は思わず立ち上がり、はっきりと言いました。「江沢民なんて、何者だっていうの?!」。すると、その警官は手を振って、「もう言うな」と私の話を制止しました。帰宅後、私は派出所や村の幹部数人を訪ねて真相を伝えました。彼らは驚いた様子で言いました。「お前のことは、大々的に知られているぞ。カナダやアメリカからもたくさん電話がかかってきて、お前のことをみんな知っている」
以下は、私の修煉の体験です。お話しすることで、同修の皆さんと交流できればと思います。
生きることも死ぬこともできない廃人
私は1947年2月5日に生まれ、以前は「食べるだけで何もできない」役立たずの廃人でした。幼い頃から病気がちで、何度死にかけたか覚えていません。私は農村で生まれましたが、中国共産党によっていわゆる「富農」という身分に分類され、家の財産はすべて共産党に奪われました。その後に住んでいたのは、四方から風が吹き込む半壊の草葺き小屋で、病気の治療や養生など望むべくもなく、ただ運命に身を任せるしかありませんでした。
6歳のときにマラリアにかかり、高熱で脳をやられ、意識がもうろうとしたまま寝込んでいました。9歳になってようやく1年生になりましたが、半日農作業をし、半日勉強するという学校生活を送っていました。2、3年ほど勉強しましたが、ほとんど字は読めませんでした。
その後、全身に腫れものができ、学校を辞めました。左脚が腫れて歩けなくなり、右側の首も大きく腫れ上がりました。母は必死にあちこち頼み込み、麝香膏(じゃこうこう)を手に入れましたが、3枚半の膏薬を貼っても首の腫れものは覆いきれませんでした。私は激痛に苦しみ、悪臭が漂い、とても耐えられないほどでした。やがて腫れものが破れ、7杯分もの膿が流れ出ました。
私は頭の先から足の先まで、どこにも健康なところがありませんでした。目は涙のう炎で、風に当たると涙が止まりません。虫が耳に入り、中耳炎になって耳が聞こえなくなりました。鼻は鼻癌を患い、詰まって息ができず、窒息しそうでした。胸膜炎にもなり、リンパ癌も患いました。左の脇の下には団子よりも大きな硬いしこりがありました。唯一、胃だけは病気にならず、食べることはできましたが、体を動かすことはできませんでした。
大家族の中で、私は多くの人の世話をしなければなりませんでした。実家では、年老いた母と叔父の面倒を見なければならず、嫁ぎ先では姑、小姑、2人の息子と娘がいました。夫は働けるのに全く働かず、ただ麻雀ばかりしていました。負けると家に帰ってきて、難癖をつけて喧嘩をふっかけてきました。
私は体が思うように動かなくても、無理をして働き続けました。農作業は多く、9人の家族の生活が私の両腕にかかっていました。もし私が死んでしまったら、年老いた者は見送れず、子供たちも育てられません。ですから、私は死ぬわけにはいかず、生きていること自体が苦しみでした。午前中は畑で働き、家に戻ると、床に板を敷いてその上に横になり、全身の血の巡りが良くなってから、やっと起き上がって火を起こし、食事を作りました。午後もまた田んぼへ行き……毎日、時間をやり過ごし、命をつなぐだけの、本当に「生きることもできず、死ぬこともできない」無力な人間でした。
法輪大法に出会い、神奇的に新しい人生を得る
1997年6月、町の定年退職した武装警察の元部長が私の家に来て、「私は夢であなたに法輪功を教えるように言われました」と言いました。私は何も知らなかったので、「法輪功とは何ですか?」と尋ねました。彼は「法輪功は病気を治し、健康を増進する効果があります」と答えました。私はそれを聞いて、病気を治し、健康を増進することが私が求めていたことだと感じました。私はすぐに心を打たれ、忙しくてもこの功法を学ばなければならないと考えました。
私の家には5つの部屋があり、昼間は忙しく働き、夜になると家族全員で集まって法輪功の煉功を行いました。驚くべきことに、私の体調は劇的に改善し、腋の下のしこりもいつの間にか消え、体が軽く感じられるようになりました。毎朝牛の世話をし、帰宅後に朝食を準備し、午前中は畑仕事をして昼食を作り、午後は再び牛の世話や畑仕事を行い、忙しく働いた後は食事を済ませ、食器を洗い、煉功の準備をしました。一日中忙しくしていても、疲れを感じることはなく、以前のように板の上に寝て身体を休める必要もなくなりました。
以前の私の手の甲は、硬貨ほどの厚い黒い皮膚に覆われていました。皮膚の下はかゆみがひどく、昼夜を問わず搔きむしっても満足できず、叩いても効果がありませんでした。その苦しみは本当に耐え難いものでした。しかし、現在では手の甲は白く清潔で、しわも少なく、老人斑も一つもありません。いつ治ったのかは覚えていませんが、数年の修煉を経て、徐々に改善されたようです。他の病気と比べれば、この程度のことは大したことではないので、特に気にしませんでした。
法輪大法は「真・善・忍」の原則に従い、修煉を通じて人々の道徳水準を高め、心身の健康を促進します。私自身、法輪大法を学び、心を修め、功法を練ることで、長年の病気が驚くべき速さで改善され、心から喜びを感じています。
家族が福に報われ、大法を支持する
家族は、私が大法を修煉してからの劇的な変化を目の当たりにしました。私が健康で穏やかな性格になったのを見て、家族全員が私の修煉を支持し、大法を応援してくれています。孫たちも一緒に『洪吟』を暗唱しています。
2008年の旧暦12月、珍しく大雪が降りました。私は従兄が運転する三輪車に、3人の子どもたちと一緒に乗り、年越しの買い物を終えて帰る途中、橋のたもとで転倒してしまいました。幼稚園に通う孫娘が地面からすぐに立ち上がり、まったく怪我もせず、にこにこしながら言いました。「おばあちゃん、師父は『圓満となって佛果を得る 苦を嘗めるをもって楽とす』(『洪吟』「その心志を苦しめる」)って言ってたよ!」
私の内孫と外孫は、順調に大学へ進学し、公務員試験に合格しました。さらに、立派な新しい家も建ちました。周りの人たちは皆、「あなたの家は大法のご加護を受けて、本当に素晴らしい!」と言っています。
善を勧める手紙を書いて人を救う
1999年7月、中国共産党の首魁・江沢民が法輪功への迫害を発動し、テレビやラジオでは法輪功に対するデマや誹謗中傷が放送されました。私たちの地域でも迫害は非常に深刻で、多くの同修が不当に逮捕され、判決を受け、中には命を奪われた人もいます。大法は誹謗され、世人は虚偽の宣伝によって毒されていきました。私は心を痛め、どうにかしなければと考えました。そして、思い悩んだ末に、縁ある人々に真相を伝える手紙を書くことを決意しました。
私が他の地域へ孫の世話をしに行ったとき、一字一句を丁寧に書いて法輪功についての紹介や共産党の悪業を暴露した手紙をしたためました。私はわずか3年間の半日制の教育しか受けていませんが、大法が私の智慧を開いてくださいました。こうして一通一通、法輪功への迫害の真実を伝える手紙を送りました。
あるとき、息子の嫁が深圳から故郷へ帰省しました。その夜、彼女の夢の中で、誰かが大声で叫びました。息子の嫁は驚いて目を覚まし、私に尋ねました。「お姑さんの勧善懲悪の手紙を、なぜ〇〇鎮に送らなかったのか!」。確かに、その町にはまだ送っていませんでした! 私は急いで手紙を送りました。
迫害の真実の手紙を村の複数の幹部に送ったところ、彼らに恐れる心を抱かせてしまいました。年末になると、彼らは私と2人の息子を呼び出し、仕事をさせないと脅しました。さらに、私を派出所に連行するとまで威嚇されました。しかし、私はまったく動じることなく、ひたすら真相を伝え、法輪大法の素晴らしさを語り続けました。その結果、彼らは何もできず、うやむやのまま終わりました。
書記と警官に善を勧める
1999年7月に迫害が始まってから、町の役人、支所の役人、派出所の人たちが数日おきにやって来て、私の修煉を止めさせようとしました。しかし、私は毎回堂々と大法の素晴らしさを伝えました。「法輪功を修煉すると、病気が治り、健康になります。私は以前、全身が病だらけで、悪くないところはありませんでした。でも、法輪功の修煉を始めてからは一度も病院に行かず、すっかり良くなりました」。すると、彼らはこう言いました。「でも、修煉して亡くなった人がいるじゃないか?」
私はこのように言いました。「『轉法輪』は、あなたたちが押収しましたね? もしかすると、読んだことがあるかもしれません。大法の修煉は、心性を高めることが重要であり、真・善・忍の基準に従って、良い人になることを求めています。ある人は、汚職を働きながら、病気が治るのでしょうか? ある人は、不正な利益をむさぼりながら、それで病気が治ることなどあり得るでしょうか? ある人は、盗みを働いたり、道に落ちているお金を拾おうとしたりする、そんな生き方をしていたら、どうして病気が治るでしょうか? 修煉とは、何よりもまず、本当に良い人になることです。徳を重んじ、善行を積み、真・善・忍の基準でより良い人になること。そうして初めて、心身ともに健康になれるのです。ただ表面的に『私は修煉者です』と名乗るだけで、病気が治るわけではありません」
そして私は、自分の体験を話しました。「私は涙のう炎が治りました。目は近視でもなく、老眼にもならず、功を煉ると鼻癌も治りました。子供の頃、虫が耳に入り、耳が聞こえなくなったのに、今でははっきり聞こえます。脇の下にあった硬い腫れ物もなくなりました。以前の私の手は、黒く硬い皮膚に覆われていましたが、今はどうですか? 黒い皮膚なんてありませんよね? 昔は三歩歩くたびに休まなければならなかったのに、今は朝に煉功した後、一日中働いても力がみなぎっています。もし私が法輪功を修煉していなかったら、とっくに閻魔様に会っていたことでしょう」。彼らは言いました。「どうして自分で自分を罵るんだ?」。私は答えました。「私はただ、事実を話しているだけです」
2001年のある日、私は畑で働いていましたが、班長が駆け寄ってきて、家に帰るように言われました。家に着くと、家の中には大勢の人が座っていて、その中に町役所の書記、さらに派出所の人や役所の職員などがいて、家の中は人で溢れていました。
私は「もしこの大法を修煉していなければ、もうとっくに死んでおり、墓の上に雑草が生えているだろう。私はなぜ死から解脱することができたのだろうか?」と思いました。私は全く恐れませんでした。家に入ると、堂々と彼らにこう言いました。「尊敬する皆様、裁判官の方、警察官の方、皆さんこんにちは! 皆さんは私が法輪功を修煉しているので、ここに来られたのだと十分に理解しています。紹介は必要ありません。皆さんも私が誰かご存知でしょう。私は自分の貴重な命、そして家族全員の貴重な命に対して、事実を話したいと思います。そして、ここにいる皆さんの貴重な命と皆さんの家族の貴重な命に対しても事実を話し、責任ある言葉を伝えたいと思います」
「今、人類は非常に特別な時期にあります。新しい宇宙と古い宇宙が交替するその接点に立っているのです。古い宇宙は解体され、新しい宇宙が誕生しようとしています。この時期、人類は大きな災難と危機に直面しています。法輪大法は仏法であり、危難が迫る前に人々を救いに来たのです。人間は、人類の最も精華なものを打ち下してしまいました。それこそが人間の最大の堕落、最大の災難、そして最大の悲しみです」
彼らは聞きました。「では、修煉とは一体どういうことなのでしょうか?」
私はこう答えました。「中国の歴史上、四大名医――扁鵲(へんじゃく)、華佗(かだ)、孫思邈(そんしばく)、李時珍(りじちん)のことは書物にも記録されています。彼らは『功能』を使って病を診断し、漢方で治療し、薬が効けば病がすぐに治りました。では、その『功能』はどこから来たのでしょうか? それは修煉によって得たものなのです」
「また、名判事・包拯(ほうじょう)は、なぜあれほど正確に事件を裁くことができたのでしょう? 証拠が見つからない時、彼は『冥界』へ行って調査し、別の空間で真相を探りました。彼はなぜ皇帝の娘婿を処刑することができたのでしょうか? それは、皇帝の娘婿がどのような罪を犯したのかを本当に知っていたからです。彼にはそれを断罪するだけの自信と覚悟がありました。彼の言動や行いに対して、誰も異議を唱えることはできなかったのです」
「法輪大法を修煉することは、『真・善・忍』の基準に従い、より良い人間になり、さらには超常的な人間となり、最終的に本来の自分に立ち返ること、すなわち仏や道、神へと円満成就することです。法輪大法は千年に一度、万年に一度しか巡り合えない、極めて高徳な大法なのです」
「あなたたちはどうしてこんなにも貴重な法を迫害できるのですか?! その行為に対して、あなたたちはどのように責任を取るつもりなのでしょうか?!」
私は多くのことを話しました。彼らは一言も発さず、静かに聞き入っていました。普段の私なら、こんなに流暢に話すことはできません。でも、その時はまるで師父が上から智慧を絶えず授けてくださっているように感じました。彼らは今回、何も奪い取りませんでした。本も、他の物も持ち去りませんでした。そして、役所に戻って会議を開き、「彼女の話は素晴らしかった」と皆が口々に言ったのです。役所の書記が私の夫に尋ねました。「おばさんはどれくらい学力があるのですか? どうしてあんなに話が上手なのでしょうか?」。夫は怖くなり、何も答えませんでした。そこで私は夫に言いました。「私は宇宙大法を学んでいるのです、そう言えばいいのです」
「ゼロ運動」の迫害が始まると、若い警官たちが家に来て嫌がらせをし、でっちあげた証拠を記録しようとしました。私は彼らに言いました。「若いお兄さんたち、あなたたちは分かっていないのです。これはあなたたちの仕事ではありません。法輪大法は、千年に一度、万年に一度しか巡り合えない宇宙大法です。誰が迫害できるというのですか? 誰がそんなことをする勇気があるのですか? こんなことをして、あなたたちは将来、どうやって責任を取るつもりなのですか?」。
そして、私は彼らに「銃口を1センチ高くする」という話をしました。これは、人に対して少しでも慈悲を持つことで、自らの運命を変えられるという教訓の話です。私は彼らに、大法弟子を善意をもって扱うように伝えました。そして、「大審判の時に、自分が裁かれることのないように」と願ったのです。
これはあくまでも個人の体得であり、不適切なところがあれば、ご指摘ください。師父の慈悲なる済度に感謝いたします!