旧勢力に按排された身体の魔難を否定する
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2025年3月13日】大法弟子として、私たちは旧勢力の按排を否定しなければならないことは分かっていますが、修煉の中で具体的な問題に直面しているとき、特に長期間続く魔難に対して、どのように否定すべきでしょうか? どのような正法の理に基づいて否定すべきでしょうか? 本当に否定できている人はどれくらいいるのでしょうか? 本文では、私自身が旧勢力の按排を否定し、身体の魔難を乗り越えた過程を、同修の皆さんと交流したいと思います。

 私の右口角のそばには白斑があり、時にはかゆくなったり、皮がむけたり、さらに、白斑の中心から膿や血が出ることもあり、良くなったかと思うとまた繰り返しました。この状態が10年以上続いていました。その間、私は常に内に向けて探し、学法煉功を強化し、大法に照らして自分を正し、また正念を発してよくない執着心を取り除き、同時に、他の空間に存在する生命とも善解を試みました。しかし、根本的な解決には至りませんでした。時間が経つにつれ、私の考えは次第に消極的になり、「三つのことに影響がなければ、多少の症状があっても気にしなくてもよいのではないか」と思うようになりました。

 ある時、私はこの問題を法の中で考えようと思うとき、突然、師父が説かれた南極のオゾンホールについての法が頭に浮かびました。「しかし、ミクロのところで、厖大な宇宙にある無数の有形無形のものは全て神であり、人類に見えないミクロのところにいます」、「彼らは人間の環境がこのようになったのを見て、一つの窓、扉を開け、地球の中の排気ガスを出しています。神はこのようにしており、意図的にそれを開けてからまた閉じるのです」(『米国西部法会での説法』)。私は思わず、「もしかすると、この異常な状態は、神が私自身の宇宙環境にある廃物を出してくださっているのではないか?」と考えました。

 しかし、次の瞬間、次のように考えました。今は正法の時期であり、大法弟子には法を実証し衆生を救い済度する使命があります。大法弟子のイメージは、衆生の救いに直接関わり、たとえ廃物を出す必要があったとしても、顔に現れる必要はないはずです。大法弟子には法輪が身体を調整し、私の身体は私が主であり、神は窓を開けて廃物を出すような方法を採用しません。旧勢力は、大法弟子のイメージが衆生の救い済度に影響を与えることを全く考えず、ただ自分たちの計画を実行しようとするだけです。さらに、彼らの目標は個人修煉に向けられています。これを正念で否定しなければなりません!

 そこで私は心を静め、意念の中で私の身体に異常を引き起こしている生命に向かって次のように語りかけました。「大法弟子の身体はすでに李洪志師父によって浄化されており、法輪が大法弟子の体を時々刻々に調整し、不正な状態を正しています。あなたたちがどのような個人修煉の理を持ち出して大法弟子を試そうとしても、大法弟子は正法の理の中で心を修め、執着を取り除くのであり、あなたたちが按排した魔難の中で修煉するのではありません。宇宙は法を正す過程にあり、大法弟子には師が法を正すことを手伝う使命があります。どれほど高い次元の生命であっても、あなたたちは正法と大法弟子との関係を正してください。正法に負の影響を与えたり、大法弟子が法を実証し衆生を救い済度するイメージを損なったりしないようにしてください。あなたたちは新たな天体宇宙に入る機会があります。もし大法に同化することができれば、あなたたち自身だけでなく、あなたたちに無限の希望を託している衆生も救われるのです!」

 翌日、口角の腫れ上がっている膿疱が破れ、皮膚が徐々に回復し、色も正常に戻り始めました。

 今この文章を書いているのは、すでに他の空間でこの問題が解決されていると確信しているからです。二つの空間には時間の差があるため、人間のこの空間ではすぐに完全には現れないかもしれません。これは修煉者の悟性と堅い信念が試されることでもあります。

 個人的な認識のため、良くないところがあれば、慈悲をもってご指摘ください。

 
翻訳原文(中国語):https://www.minghui.org/mh/articles/2025/2/26/491066.html
 
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