文/米国の大法弟子
【明慧日本2025年3月17日】中国共産党が1999年に法輪大法を迫害し始める少し前に、師父はこのように教えてくださいました。「いかなる厳しい環境下でも、皆さんは心を落ち着かせるべきです。いかなる心も動じなければ、全ての変動を制することができます!」(『米国中部法会での説法』)
当時の経験豊富な大法修煉者にとってこの教えは、魔難に対して常人のように興奮したり感情的になったりしてはならないという意味でした。同時に、魔難が起こったときに大法を守るために何もしてはならないという意味でもありませんでした。
師父は、「試練に直面し本性を見る 功成って圓満成就し、佛、道、神となる」(『精進要旨二』「真性を見る」)と説かれました。
今、アメリカで大法が直面している難局を私たちは見ていますが、師父の「いかなる心も動じなければ、全ての変動を制することができます!」という法を、私たちは依然として指針とすべきです。1999年当時、私たちはこの教えを完全に理解していなかったとしても、今は人間の観念ではなく、正念で理解すべき時です。
これは、私たちは正念を発することに重視する必要があることを意味します。たとえば、正念を発しているときに掌を横に傾けて居眠りしないように注意する必要があります。師父は、「もう一つのことについて話します。つまり、ご存知のように、私たちは皆定刻に邪悪を根絶しています。つまり正念を発することです。正念を発するという言葉は、昔はこのような言い方ではなく、昔は神通と言われ、神通を用いるとか、佛法神通と言い、常人はそれを功能と言っていました。なぜ私はそのことを正念を発することだと言ったのでしょうか? 皆さんは大法を修煉しているので、全ては最も偉大で、最も純粋で清らかでなければなりません。私たちが行った全てはあなた個人の修煉だけではなく、法のことや、将来の新しい生命、同時に未来の生命形式についても考えなければなりません」(『各地での説法二』「米国フロリダ州法会での説法」)と説かれています。
正念を発するとき、何をターゲットにすべきかと尋ねる修煉者もいます。私の意見では、災難の源である共産邪霊、あるいは人々を操って神韻を攻撃し、法輪大法に対して国境を越えた弾圧を行う邪悪な存在に焦点を当てることができます。これらは有効なターゲットであり、それらを排除することは慈悲の行為です。
さらに、師父は(『精進要旨三』「正念」)の中で、「…全ての空間は含まれないものがなく、漏れるものもありません」と説かれました。私たちは正念を発する口訣と併せて使用すると、他の次元の邪悪な要素を完全に排除するのに役立ちます。