どのように発正念して、自分が救うべき衆生を助けるか
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 【明慧日本2025年3月18日】私たちの家族には5人の法輪大法修煉者がいます。誓約を果たし、各自が大法のプロジェクトに参加していると同時に、友達、知り合い及び生活で出会った人に法輪大法の素晴らしさや迫害の真相を伝えています。多くの人が受け入れ、または感動して涙を流した人もいます。

 しかし親戚の態度は違っていました。我が家ではすでに3人の修煉者が亡くなっており、それが一部の親戚に法輪大法に対する誤解や、さらに否定的な見方を生んでしまいました。私たちはその理由を説明しようとしました。法輪大法は神聖な修煉の道であり、修煉者に対する要求は非常に高いのです。亡くなった親戚の1人は大法によって難病から逃れたいという思いから修煉を始めましたが、病気に対する恐れや執着を手放せなかったためだと伝えました。またもう二人の親戚は妻が修煉しているので彼らも修煉し始めたが、形式的になり、着実に修めることができなかったのです。結局常人と同じように亡くなってしまったのです。しかし、親戚たちは私たちの説明を聞きいれようとはしませんでした。

 多くの親戚は創造主の存在さえ信じていなかったため、私たちは神や他の空間の存在に関する文章を送ることで、彼らの理解を深めようと試みました。しかし、これらの努力はほとんど効果がありませんでした。そこで私たちは、ある「法宝」、発正念をすることにしました。私たちは特定の親戚や特定の家族を対象にして発正念をし、彼らが法輪大法に対する否定的な見方を持つ原因となっている邪悪な要素を取り除くことをしました。

 数日前の深夜、私は目が覚めて眠れなくなりました。そこで、『轉法輪』を手に取って読み始めました。法を読みながら、突然強い考えが頭に浮かんで来ました。まるで誰かが私に注意を促しているかのように、私たちが親族のために発正念する方式は正しいのか、特定の親族だけを助けようとしているのではないかと真剣に反省すべきだと感じました。

 翌朝、師父が新経文「肝心な時に人の心を見極めている」を発表されたことを知りました。その中の一文を読んだ時、まるで自分のために書かれたかのように感じました。本当に不思議です。

 「肝心な時においてどんな私心と私念でも持ち込んでしまえば、邪悪が望む作用を働くことになります」(『肝心な時に人の心を見極めている』)

 その瞬間、私ははっと悟りました。神聖なことにおいても、私たちはまだ私心や肉親の情への執着を抱えています。例えば、ある同修は自分の姉を助けるために発正念をし、またある同修は可愛がっている姪の一家だけを助けようとして発正念しています。私たちは彼らが大法を信じることを妨げる負の要素を取り除く際に、本当の修煉者のように行動しておらず、ただ自分により近い親族の空間にある邪悪の要素を取り除いているに過ぎません。このようにして彼らを救うことができるのでしょうか。

 師父はかつて私たちにはっきりと教えられました。「この世に来た生命ですが、人間になれなかった場合、動物、植物になってでも大法弟子に救われ済度されるのを待っています。皆さんがしっかり行わなかった場合、自分自身がしっかり行わなかっただけでなく、あなたが救い済度すると誓ったそれらの生命も機会を失います。皆さんの責任は重大です。未来は皆さんを待っており、宇宙の多くの生命も皆さんを待っています」(『各地での説法十三』「二〇一四年サンフランシスコ法会での説法」)

 法から悟ったことは、私たちの責任は決して特定の親戚だけではなく全ての衆生を救わなければなりません。そこには全ての親戚や友達も自然に含まれています。

 そこで、私たちは毎日決まった四つの正時に発正念をする以外、特定の時間を選んで発正念することを決めました。これは師父の新経文から得た一つの悟りに過ぎませんが、私は改めてはっきりと認識したことは、修煉者が何をするにしても、法を基準として測らなければならず、それは私たちの思考や発正念も含まれるのです。

 師父がずっと弟子を守って下さることに心から感謝し、また、衆生に対する師父の限りない慈悲に深く感謝します。以上は、現在の修煉の次元における私のわずかな体験です。

 
翻訳原文(中国語):https://www.minghui.org/mh/articles/2025/3/2/491243.html
 
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