文/中国の大法弟子
【明慧日本2025年3月20日】2025年度の「世界法輪大法デー」の投稿募集が始まりました。これを聞いて、以前、同修たちの原稿整理をしていたことを思い出しました。同修はまるで秘蔵の宝物のようで、彼らの修煉体験は、どれもが感動的な物語で素晴らしい伝説だと感じています。
これまで、私は同修たちの修煉体験や法会の投稿などの文章整理の手助けをしてきました。数は多くありませんが、深い悟りの体験があります。それは、同修たちの修煉体験は素晴らしく感動的で、異なる人には異なる物語があり、異なる体験があり、異なる視点があります。それぞれの文章からは、法の偉大さ、師父の慈悲深いご加護、そして修煉者が法に対して持つ揺るぎない信念がしっかりと表れています。私たちがこれらの体験や考えを文章に整理するとき、ほとんどはとても真摯で感動的な文章になっています。
以前、同修たちの原稿整理を手伝っていなかった頃、私は一つの誤った考えを持っていました。それは「修煉が良くできている同修だけが、素晴らしい修煉の物語がある」と思っていたことです。しかし、今はその考えが間違いであったと理解しています。私たちの同修たちは秘蔵の宝物のような存在であり、時には素晴らしい修煉物語を掘り起こす必要があります。なぜなら、多くの同修は表現が得意ではなく、書くことが苦手だからです。ですから、彼らの物語が素晴らしくない、感動的ではないということでは決してないのです。
最初、同修たちの原稿整理を始めたとき、時々同修たちの修煉状態があまり良くないのを見て、私の人間的な観念が現れ「こんな状態で本当に良い原稿が書けるのだろうか?」と思うことがありました。心の中で同修を軽視してしまうこともありました。しかし、実際に同修たちの原稿整理を手伝ったり、同修たちが自分の体験を語るのを聞いたりすると、私はしばしば衝撃を受けました。彼らの物語に引き込まれ、まるでその場にいるような感覚になり「本当に素晴らしい! こんなにも正念を持っているのだ!」と感動しました。彼らが語る過去の体験は、普段はとても平凡に思えることが多いのですが、私がそれを聞く立場になると、その感覚はまったく異なり、しばしば深く感動させられます。そのとき、私は法への正念と同修への敬意を自然と感じることがよくあります。
私たちはすでに師父と共に2、30年にわたる修煉の道を歩んできました。その間、数々の困難と危険を乗り越え、くじけずに立ち上がって進んできました。真に修煉している弟子たちは、皆それぞれに自分自身の修煉の物語を持っています。私たちがさまざまな関と試練の前で、人心を放下して神の道を歩み、生死の大劫に遭遇したとき、師父と大法の慈悲深いご加護を受けています。私たちは師父の教えを思い出し、心を修めて執着を捨て、人々に善を尽くすとき……すべてが神へと向かう道であり、生まれ変わることであり、十方の宇宙を震わせています。それはまた、師父の慈悲深い啓示であり、法輪大法の殊勝さと偉大さを実証しています。
私たちの物語が大きなものであれ、小さなものであれ、驚くべきものであれ、平凡なものであれ、そのつど私たちが真に修め確実に修める過程であり、すべては身をもって「真・善・忍」の宇宙大法を実践する体験なのです。それこそが貴重で殊勝なものであり、それは未来の人類の伝説となるのです。ですから、同修の皆さん、決して自分を見下さないでください。私たちの更なる向上は師父が心血を注いで敷いて下さった、偉大な人々が神になる道なのです!
同修の皆さんが「書けない」、「書くことがない」、「うまく書けない」、「時間がない」などの様々な人心や観念を放下し、積極的に文章を書き「世界法輪大法デー投稿募集」に力を添えてくださることを願っています。 また、書くことが得意な同修は、周りの書けない同修を積極的に助け、彼らの修煉の物語を引き出し、共に法輪大法の荘厳さと偉大さを実証しましょう。 さらに、投稿の手伝いや文章整理をお願いしたいと思います。
正邪の大戦が繰り広げられている今、師父と大法が悪人によって攻撃され、陥れられています。この時こそ、私たちは今回の投稿募集を真剣に受け止め、心を込めて自らの修煉の実体験を書き、悪人による師父と大法への誹謗中傷を正し、世の人々に法輪大法の偉大さと殊勝さを実証し、大法弟子の不屈の精神と正義と善良の姿を示しましょう。
「世界法輪大法デー」の投稿募集は、世界中の大法弟子が一体となり、広範囲に真相を伝え、大法を実証し、多くの衆生を救う絶好の機会です。どうか同修の皆さん、あらゆる妨害を排除し、さまざまな執着や観念を放下し、積極的に参加してください。来たる大劫の前に、より多くの衆生に希望と恩恵をもたらしましょう。
個人の悟りであり、不適切なところがあれば、ご指摘してください。